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敗北の神学と勝利の神学





 敗北を前提とした戦いは必ず敗北します。これは当たり前のことです。戦争をするときに、「わが国は必ず負けるから○○国と戦おう!」といって戦う国民がいるでしょうか。思想についても、敗北を前提とした思想は、敗北者しか生み出しません。しかし、今のキリスト教は敗北を前提としているのです。ある神学者の有名なたとえがあります。「沈みゆく船の上で真ちゅうを磨きますか。」つまり、「これから教会は弱くなり、サタンの勢力は反キリストを頂点として強大になっていくだろう。このような世界の終末の時代に、文化の建設などと言っていられますか。」ということです。みなさん気をつけてください。サタンは、「おれはサタンだぞ!」と言ってやってはきません。羊の皮を着てやってくるのです。クリスチャンを骨抜きにするには、まず、敗北感を与えることです。戦う意欲をまず奪うのです。それには、敗北の神学を植え付けることです。敗北の終末論を信じ込ませて、この世における戦いを放棄させるのです。「この世はサタンの世だから、変えることは不可能だ。これからサタンの力は世界を支配するのだ。」こう信じ込ませれば、サタンは戦う必要がないでしょう。しかし、聖書をよく見てください。神が何を言っておられるかを。この世はサタンのものなのでしょうか。「地とそれに満ちているもの、世界とその中に住むものは主のものである。」(詩篇24:1)サタンは神と神の僕たちよりも強いのでしょうか。「あなたは鉄の杖で彼ら(主と、主に油をそそがれた者とに逆らう者たち)を打ち砕き、焼き物の器のように粉々にする。」(詩篇2:9)

 神は人間に、「地を従えよ」(創世記1:28)との命令を与えられました。イエス・キリストは昇天されるときに、「全世界に出ていって、すべての国民を弟子とせよ。」(マタイ28:19)と命令されました。このような命令を与えられたお方が、同時に、「しかし、念のために言っておく。あなたがたはけっして地を従えることも、すべての国民を弟子とすることもできない。あきらめなさい。」と言うでしょうか。いや、むしろ逆に、「わたしは天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。<だから>あなたがたは行って、すべての国民を弟子としなさい。」と言っておられるのです。つまり、イエス・キリストには全権が与えられているので、私たちクリスチャンには怖い者はない、敵はいない、と言っているのです。

 神は、この世において戦うことを期待しておられます。それは、はじめから結果の分かっている戦いです。私たちは勝利するように運命づけられているのです。勝利以外に可能性のない戦いなのです。サタンは私たちが土俵に上がることを恐れています。土俵に上がれば自分が負けることがわかっているからです。「悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば悪魔はあなたがたから逃げ去ります。」(ヤコブ4:7)「平和の神は、すみやかに、あなたがたの足でサタンを踏み砕いてくださいます。」(ローマ16:20)

 さあ、立ち上がりましょう。神のために信仰の武器を取って勝利の戦いに参加しましょう。




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