[5]ハリネズミの民俗誌
■ 伝統的なイメージ ■
− トリックスターか,怒りっぽい大食漢か −
欧米で編まれたイメージ・シンボル事典の多くには「ハリネズミ」の項目があり,さまざまな地域・時代におけるハリネズミのイメージが紹介されている。
まず,これは欧米でのイメージに限定したものではあるが,オランダの英文学研究家アト・ド・フリースによる『イメージ・シンボル事典』(大修館書店,1984.03.;原著1974)の記事を見てみよう。
hedgehog ハリネズミ
1 自己防衛を表す.最大の敵はキツネでハリネズミを水の中へころがし,急所が出た所を殺す.
2 (ブドウの)泥棒,悪党を表す.アイリアヌス Aelianus(『動物の本性』 De Natura Animalium 6,54)以来,悪賢いものとされる.ゼノビウス Zenobius では,キツネは策略をいろいろ知っていても,捕まってしまう.ハリネズミは策略を1つしか知らないが,キツネに勝る.ハリネズミがブドウの木を揺すって,落ちたブドウの上を転がると,ブドウがそのとげに刺さる.
3 太陽のエンブレム:とげの球となったハリネズミは光線の出ている球を表す。イノシシの剛毛参照.
4 魔女に関連.
a タイテーニアが眠っているところでは「とげのあるハリネズミは見られぬ」Thorny hedgehogs be not seen(『夏の夜の夢』2,2).イモリ,クモ,コバネゴキブリ,ウジムシなど魔女のお気に入りの生物と同じに列挙される.b 〔民間伝承〕参照.
5 悪魔がとりつくことに関連(『あらし』2,2:『リア王』).
6 感情に欠ける人間を表す(『リチャード三世』1,2).
7 イコン.
a 「激情」Fury の持ち物.b 「感触」Touch の持ち物.この2つが対になって,互いに支え合っている(プリニウス10,83).c 「中傷」Slander の持ち物.
8 〔紋章〕
a 抵抗を表す.捕えられるよりも自殺を選ぶ(プリニウス8,56).b 先見の明があり準備のよい者.c (王冠を載せていると)フランス王ルイ12世を表す.
9 〔民間伝承〕
a 魔女に関連:ハリネズミは野原で横になっている雌ウシの乳を吸うので,牛乳の中に血が混ざることがある.b 天気の予知:ハリネズミは風が来る方向に巣を作る(プルタルコス『動物の知恵』16を参照).c (アメリカではマーモット woodchuck を表す)聖燭節(→Candlemas)の日に冬眠から覚める.自分の影を見ると(つまり太陽が出ていると)穴にもぐりこんで,冬がさらに6週間続く.
1「自己防衛」でふれられているキツネとの攻防については,当資料室の「ハリネズミ族vs.キツネ族」の項でふれた。
2では,「キツネに勝る」ことと「とげでブドウを盗む」ことの2つのイメージが併記されているが,前者については同じく「ハリネズミ族vs.キツネ族」を,後者については「“果物泥棒”として」を,また両者について「1000のトリック」の項を参照。ここではアエリアヌス Claudius Aelianus, 175-235『動物の特性について』が挙げられているが,この書は,「“果物泥棒”として」で紹介する『フィシオログス』と極めて密接な関係があると見られている。
3の「太陽のエンブレム」については不詳だが,「ブルガリアの民話」の項で紹介した伝承と関連するイメージのようだ。
4-a〜6でふれられているシェイクスピア作品におけるイメージについては,「シェイクスピアとハリネズミ」の項で詳述した(ただし,『リア王』については不詳)。
★ Too Trivial! ★7のイコンについての記述は興味深い。擬人化された「激情」や「感触」,「中傷」がハリネズミを携えたイコンは,ぜひ一度見てみたいものだ。8(紋章)-aの「捕えられるよりも自殺を選ぶ」というイメージも銘記しておきたい。bの「先見の明があり準備のよい者」というイメージは,2に記された,ブドウ(後には他の果物も)の実を針に刺して運び蓄えるという伝承から来たものだろうが,ほかに,9-b・cの風向きや寒暖を読むイメージとの関連も考えられる。
上では「とげのあるハリネズミは見られぬ」と訳されているが,「〜は姿を見せてはならぬ」というように,命令形と解するのが適切だろう。「ウジムシ」としたのは worm だろうが,「コバネゴキブリ」というのは,福田訳ではアシナガグモとなっているものだろうか? どちらかは誤訳ということになるが,どちらだろう。
ともあれ,『夏の夜の夢』の妖精の子守唄で,特に魔女と関わりが深いと考えられている動物の名が並べられているというのは,面白い指摘である。妖精たちに,そのような動物を忌避する姿勢をアピールさせることで,シェイクスピアは,「魔女」に通じるようなおどろおどろしいイメージから彼ら妖精を切り離し,かわいらしくいたずら好きでチャーミングな,新しい“妖精”イメージを創り出すことを図ったのではないかと想像することができるからだ。
6の「感情に欠ける人間」というのは,思いやりがない,つまり冷酷ということだが,『リチャード三世』での用例(アンがリチャードを罵倒するときの台詞)は,リチャードのイノシシの紋章に侮蔑を込めて言及したものと考えられるから,これだけではハリネズミという言葉に冷血漢の含意があったとする根拠としては不足であると思う。
8-cのルイ12世の紋章は,ブロワ城のルイ12世棟に数多く残されており,ウェブ上でも観光客の個人サイトに掲げられた写真を見ることができるが,これはどうも,ヤマアラシのようである。碩学でもこんな勘違いをすることがあるのだろうか。
9のaについては「“ミルク泥棒”として」の項を参照。bの「風向きを読む」習性についてのテクストは,r2_d2さんのサイト "HEDGEHOG" で紹介されているプリニウスの記事に,「この動物は自分たちのねぐらに引っ込むことによって、北風が南風に変わることを預言する」とあるし,同じく "HEDGEHOG" で見ることのできる伝アリストテレースの『動物誌』第9章の記事でも,ハリネズミが風向きの変化を知るのに役立つと考えられていたことがわかる。ビーダーマン『図説 世界シンボル事典』にも,「中世の動物寓話集は,主としてハリネズミの「明敏さ」をたたえている.危険に遭遇すると全身をまるめてトゲに覆われた球のようになるし,またそのトゲを巧みに使って果実を集める,というのである.さらにハリネズミは,入口が2つある巣を作るともいい,北風が吹きはじめると北側の入口を閉ざし,南風が冷たい霧を吹き飛ばすまで待つのだという.」とある。
cについては「ハリネズミの日」の項を参照。
★ Too Trivial! ★さて,ここからは,欧米に限らず,東西の伝統的なハリネズミ・イメージについて,個別に見ていくことにする。
上記中,(アメリカではマーモット woodchuck を表す)と訳された注意書きは混乱を招くが,hedgeghog(ハリネズミ)という語がアメリカではマーモットを表すわけではない(アメリカ英語もまだそこまで乱れてはいない−−むしろ,「マーモット」から転じて何の関係もないテンジクネズミを「モルモット」などと呼ぶようになった日本語の方が,よほどいいかげんである)。彼の国では,ハリネズミの代わりに groundhog(=マーモット,ウッドチャック)が冬の長さを占う動物ということになっているのである。
また,ここの(つまり太陽が出ていると)という注意書きは,どうだろう。この伝承には,本来の形では(太陽ではなく)月への言及があったはずだ。一方,この事典でのフリースのテクストには,太陽王・太陽英雄につながる太陽イメージの強調がしばしば感じられる。
いずれにせよ,このころに空がよく晴れていて,太陽なり月なりが雲にさえぎられていなければ,(高気圧が張り出しているということなので?)その冬はなおしばらく寒い日が続くことが予想される,というほどのことであろう。
【中央アジア】
・針毛といかつい外見にもかかわらず、針鼠は、常に人間の友であり、農業の守り神であるとみなされた。
中央アジアの未開部族にとっては、火の発明者であり、……
(『(ジャン=ポール・クレベール編『動物シンボル事典』大修館書店,1989.10.)
・この動物は,古代イラン人の神話で,高い地位を占め,中央アジアの数多くの神話にも現れる.
ブリヤート族の間では,火の創造者と考えられている.ヤマアラシが,東アフリカのキユク族の神話で,同じ役割を果たしている(FRAF).
人間は,ハリネズミの忠告を聞き入れ,おかげで,滅亡のときに,再び《太陽》と《月》にめぐり合う.農業を創造したのは,ハリネズミということになっている(HARA, 131).
要するに,ハリネズミは,文明開化の英雄であって,古代遊牧民であったトルコ系モンゴル人が定住化する初期の時代と結びついている.刺されたときの焼けつくような痛みが,おそらく火や太陽,さらに文明開化の象徴的意味の母体になっている.
(ジャン・シュヴァリエ,アラン・ゲールブラン共著『世界シンボル大事典』大修館書店,1996.12.)
「人間の友」「農業の守り神」というイメージは,ハリネズミが害虫を捕食するために英国の庭師に歓迎されていることも思い出させるが,それよりもずっとスケールが大きい。
「火の発明者」のイメージについては不詳だが,ウサギと同様の“トリックスター”のイメージがあった可能性もある(言うまでもなく,ギリシャ神話で火をはじめとするさまざまな文明の利器を人類に与えたとされる半神プロメテウスもトリックスターである)。
民話(体の大きい動物たちを出し抜いて,競走に勝ったり穴から脱出したりする)やグリム童話(ウサギと競走して勝つ)を見ると,少なくともハリネズミに(体格的・社会的な無力さを,頭脳プレイでカバーするような)利口者の配役が与えられやすかったことは間違いないだろう。
太陽との関連・世界の救い主としてのイメージについては,「ブルガリアの民話」を参照されたい。
【東アジア】
・中国や日本で富の寓意として神格化されて敬われているはりねずみは,……
(ゲルト・ハインツ=モーア『西洋シンボル事典 −キリスト教美術の記号とイメージ−』八坂書房,新装版2003.06.;原著1971)
・東アジアでもハリネズミは「貪欲」であるとみなされているが,そのため一方では富のシンボルにもなっている.
(ハンス・ビーダーマン『図説 世界シンボル事典』八坂書房,藤代幸一 監訳,2000.11.;原著1989)
これらの珍妙な誤解は,いったい何に由来するのだろう。中央アジアでのイメージや伝承を,東アジアのものと混同したのだろうか。
私の知る限りでは,中国のハリネズミは,富の象徴でもなければ,神格化もされておらず,またヨーロッパのハリネズミのような「貪欲さ」のイメージを付与されてもいない(漢和字典で「彙」乃至「蝟/[オ胃]」という漢字の項を見れば一目瞭然である)。まして日本には,誰も見たことがなかったハリネズミについて,伝統的なイメージなど,そもそも存在しないのである。ナンセンスというほかはない。
『西洋シンボル事典』の記事と『世界シンボル事典』のそれは,一方が単純に他方を包含するような形ではないことから,どうもドイツ語圏には,両事典に誤った情報を提供した,より古い時代の資料があるのではないかと疑われる。
【ヨーロッパ・中世】
・……キリスト教徒は、これを吝嗇と大食のシンボルとし、粗暴さのシンボルにもした。1220年以降のことであるが、ウード・ド・シェリントンは、『狐物語』を想起させて、次のように述べている。「大きい修道院に四足獣しかいないことがよくある。つまり、傲慢さにはライオン、欺瞞にはキツネ、大食には熊、淫乱には臭い牡山羊、粗暴には針鼠といった面々である」(ドゥビドゥール『フランスの彫刻に見られる動物誌』より引用)。
(『動物シンボル事典』)
・中世の図像では,ハリネズミが,強欲と大食のシンボルとされている.自分で落としたイチジクやブドウやリンゴの実の上を,あたり構わず転げ回り,ハリの先に実を一杯つけたまま,木々の幹にできた穴の中に実を隠し,食物をためこんで,子供を養う習性があるから,おそらくそうなったのである。
(『世界シンボル大事典』)
・……はりねずみは,中世の象徴表現では,一方では吝嗇と食欲の比喩であり,すぐに逆立つ針のために怒りのシンボルでもあるが,しかしまた一方では蛇の狩人,それゆえ悪の敵対者として肯定的な評価もなされいる。後者の意味では,はりねずみはマリアや幼児イエスと一緒に絵画に描かれ,悪魔の克服を示唆することがある。
(ハインツ=モーア『西洋シンボル事典』)
・(中世の動物寓話集は,主としてハリネズミの「明敏さ」をたたえているが,)しかし一方では,「貪欲」である点や,戦うときに相手を威嚇するようにトゲを逆立てることを受けて,短気である点などが非難されてもいる。
(ビーダーマン『図説 世界シンボル事典』)
「吝嗇(りんしょく=けち)」については,「“果物泥棒”として」の項を参照されたい。このイメージの元となったハリネズミの習性についての伝承は事実に反するのだが,ヨーロッパでは広く信じられており,現に上記『世界シンボル大事典』の記事でも,事実として記述されていることに注意したい。
これに対して,“大食”のイメージは妥当というべきだろう。一般的に,体の小さな恒温動物(獣や鳥)は大食だが,ことに食虫目の動物は代謝効率が悪く,体重のわりに大量の食物(とりわけ,カロリーの高い動物性蛋白)を必要とする。
★ Too Trivial! ★ところで,『世界ことわざ辞典』(北村孝一編,東京堂出版,1987.10.)によれば、『タルムード』には、「一杯目は羊、二杯目は獅子、三杯目は豚」という格言が載っているという。人が酒を飲むと、1杯目はおとなしく、2杯目では意気盛んになり、3杯目では薄汚く品が落ちるというのである。
スーザン・ヴァーレイとハイアウィン・オラムの絵本『アナグマさんはごきげんななめ』では、仲間の動物たちの全員が何らかの特技や性質で表彰される表彰式で、ハリネズミは“大食い”で表彰されている。
同辞典の同じページには、中世ヨーロッパの木版画(ヨハン・バーデル「酒飲み」,1614)が掲載されている。絵の中で、脇に置かれたワイン樽から、酒に酔った男の卓上に飛び出してきているのは、サル、ライオン、ブタ?といった動物たちだが、もう1匹、机の上にうずくまっている小さな動物は、どうやらハリネズミのようである。
★ Too Trivial! ★これらの動物たちが、酒を飲んだ人間が示す典型的な性質を表すものであることは言うまでもない。すなわち、動物たちのそれぞれが、“陽気”“向こう見ず”“だらしなさ”などを表しているのだ。ハリネズミが象徴するのは、やはり“怒りっぽさ”なのだろうか。
酔った人間の変貌ぶりを動物に喩えて表した『タルムード』の格言は、人間の後半生の生き様をロバやイヌやサルに喩えた、グリムの『寿命』という物語 (KHM176) や,ウマ・ウシ・イヌがそれぞれ若年・中年・老年の年を人間に与えたとするイソップの『人間の寿命』という寓話 (Chambry 139, Halm 173b) を髣髴させる。
さて,毎年,ヴァレンタイン・デイのころに期間限定で売り出されるユーハイムのチョコレート「幸福のイーゲル」についているしおりには,ハリネズミはヨーロッパでは幸運のシンボルとされている,と記されている。だが,私はこれまでのところ,そのイメージについて記した別のテクストを見たことがなく,大いに疑いを抱いている。
もし本当にそんなイメージがあるならば,各種イメージ・シンボル事典の少なくとも1冊くらいには記載がありそうなものであるし,また,たとえば,ドイツ語圏への留学生を主人公とした『ハリネズミの道』(作者も留学体験者)で,主人公が寮の仲間に野生のハリネズミを紹介されたときなどにも,当然言及があるはずなのではないだろうか。
そういえば,ハヤカワ書房「ハリネズミの本箱」シリーズの広告にある「ハリネズミは子ぼんのうで、また餌をためこむ習性が古来『知識』と『賢さ』と『豊かさ』の象徴とされています」という説明も,客観的に見れば,かなり不正確である。
私は広告制作者の誠実さというものを,基本的に信用しない。彼らにとっては,真実よりもイメージの方が,比較にならないくらい重要であるらしい。
★ Too Trivial! ★【ヨーロッパ・現代】
英国では,黒猫が目の前を横切るのは,不幸ではなく幸運のしるしである。それが大西洋を越えてアメリカに行くと,なぜかひっくり返った。日本で黒猫が横切ると不幸に見舞われると言われているのも,アメリカの俗信に習ったものだ。ワーナーだかの子ども向け短篇ドタバタアニメにも,黒猫がその魔力?を利用して,子猫を犬から守るというものがあった。
・……またドイツ人にとっては、国民のマスコットといってもいい、親しみのある小動物である。
(『動物シンボル事典』)
ハリネズミが、(「“果物泥棒”として」の項で著書を紹介したフランスのジャーナリスト,ロビーのような例外的愛好者は別にして)フランスでは英国やドイツでほど愛されていないように見えるのは、この国が旧教国であることと、何か関係があるのだろうか。
なお,上記以外のイメージとして,(「“つむじ曲がり”と“短髪”」の項でふれたように)ヨーロッパの主要言語では,いずれも「ハリネズミ」という言葉が「気難しい人・怒りっぽい人」という含意をもつが,ニワトリ氏によれば,このほかに,ブラジル・ポルトガル語の俗語では,ハリネズミを表す ourico という語に「興奮」という意味もあるようだという。
(1999.07.23. 最終推敲:2004.04.05.)
■“果物泥棒”として ■
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「果実を(特にリンゴを)盗むハリネズミ」のイメージは,日本ではほとんど知られていない一方,ヨーロッパでは,ハリネズミの最も基本的なイメージと言ってよいほどのものである。
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これには非常に長い歴史がある。遅くとも古代ローマ以来のものであり,さらに遡ることもできるかもしれない−−あるエジプト学者が示唆するように,古代エジプトにまでそのイメージのルーツを求めることは,さすがに無理だろうけれども。
このユーモラスな擬人的イメージが本当に豊かな拡がりを見せたのは,中世のヨーロッパでのことだったが,古代から中世へとこのイメージを伝える役割を担ったのはいくつかの原典であり,とりわけ重要なのは,そのうちの2つである。
★ Too Trivial! ★
アリストテレースの著作中,少なくとも『動物誌』には,このイメージは見られない。
1つは,言わずと知れた,大プリニウス Gaius Plinius Secundus 23-79 の『博物誌 Naturalis Historia 』である。プリニウスの記録した巷説によれば,この動物は,地面に落ちたリンゴの実の上を転がってそのハリに突き刺し,さらにもう1つを口にくわえて(妙に細かい描写がいかにもプリニウスらしくて微笑ましい),木のうろに運び込み,冬のために蓄えておく,というのである。
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(このテクストは,r2_d2さんのサイト "HEDGEHOG" で見ることができる。この有山閣版の邦訳(中野定雄・中野里美・中野美代による)は,英語版からの転訳のようだ)
もう一つの重要な原典は,プリニウスより少し後の時代に成立した『フィシオログス Physiologus 』である。プリニウスの『博物誌』は,澁澤龍彦の紹介などもありあまりにも有名だが,この『フィシオログス』の方は,(キリスト教世界における動物イメージや,特に想像上の生き物について,よほど興味をもっている人は除くとして)たいていの方には耳慣れないタイトルなのではないだろうか。
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だが,2世紀ごろにエジプトのアレキサンドリアで成立したと推測されるこの著者不明の動物説話集は,聖書を別にすれば,ヨーロッパ中世の実に約一千年の間,最も民衆によく読まれ親しまれた書物であったと言われているのだ。
★ Too Trivial! ★
「フィシオログス」とは「自然について語る人」というほどの意味。面倒なことに,「フィシオログス」「フィシオロゴス」「フィジオログス」「フィジオロゴス」「ピュシオロゴス」と,人によってさまざまな表記をする。
篇数はもともと48篇だが,後の版では増補され,邦訳版 (梶田昭,博品社,1994.06.,絶版;オットー・ゼール SEEL, Otto によるドイツ語版(1967)からの重訳) は55篇のものを原典に採っている。
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各篇は邦訳版で1〜3ページと,かなり短い。1篇で1種ずつ,さまざまな動物の外観や習性,そしてその動物についての伝承が語られ(想像上の動物や,ある種の植物・鉱物も含む),併せて(聖書の記事と関連づけられた)宗教・道徳上の教訓が述べられる。
『西洋シンボル事典』の前書きで,著者のハインツ=モーアがわざわざ述べているように,この本の伝えた動物イメージは,中世(特に11,12世紀)の説教,詩および造形芸術に,著しく大きな影響を与えている。フランスの動物寓話集(後述)にしても,教会の扉口や柱頭を飾る動物彫刻にしても,この本の伝えたイメージをふまえたものであることが少なくないのだ。類書はほかにもあったにせよ,聖職者から一般民衆に至るまで,当時の人々のイメージ世界に対して,この本の寄与するところが非常に大きかったであろうことが想像される。
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梶田昭の邦訳から,ハリネズミの項の全文を,以下に引用する。
ゼールは,『フィシオログス』におけるハリネズミのイメージが(この時代のものには珍しく)ネガティヴであることをいぶかしんでいる(だが,この版でもハリネズミがブドウの実を「子供に持ち帰る」としていることは,注目されてよい)。私も,−−「ハリネズミという名の悪しき霊」という表現において隠喩が逆転してしまっていることや,教区の民が喩えられているのがブドウの実なのかブドウの木なのかはっきりしないことなど,レトリック上の混乱は脇に置いておくにしても−−ゼールの疑問には同感する。
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実際,同じ『フィシオログス』の引用であるはずなのに,ビーダーマン『図説 世界シンボル事典』(八坂書房)の記事では,下に示すように,ハリネズミのイメージが180度異なり,この動物に,明らかにポジティヴなイメージを与えているのだ。
初期キリスト教時代に成立した『フィシオログス』は,ハリネズミについて次のように記している.
「ハリネズミはブドウ畑に行くと,ブドウの木に登ってその房から実を投げ落とす.そして地面を転がりながらそのトゲにブドウの実を刺して集め,それをわが子のもとへ運んでゆく.
……教会の信徒であるおまえも,このような霊のブドウの木,真実のブドウの木に歩み寄るがよい.
……かの聖バシレイオスもこう語っている.人間よ,ハリネズミを見習えと.ハリネズミは不浄な獣ではあるが,愛情深く子煩悩に生きている.
……真実のブドウの木からとれたブドウ,すなわちわれらが主イエス・キリストの御言葉を重んじ,子らを御言葉に親しませよ,そうすれば子らはよき精神を身につけて育ち,天の父をたたえるようになるだろう」.
また同書には,ハリネズミとヘビは敵同士だとも記されている.
★ Too Trivial! ★
聖バシレイオスと呼ばれる聖人として最もよく知られているのは,日本では「大バシリウス」と表記されることが多い東方教会の教父(=古代のキリスト教神学者),カエサレア(カイサレイア)のバシレイオス Basileios / St. Basil the Great (330頃-379)である。
友人のナジアンゾスのグレゴリオス,弟のニュッサのグレゴリオスとともに「カッパドキアの三教父」に数えられる彼は,東方正教会およびローマ・カトリックの聖人であるが,特に東方正教会では熱心に崇敬され(日本ハリストス正教会では「ワシリイ」と呼ばれる),「三大聖師父 Three Holy Hierarchs」の一人でもある(「聖師父」は,カトリックの「教父」にほぼ相当する東方正教会の概念だが,教父と違って,時代は問わないようだ)。ニコライ堂(東京復活大聖堂)の東面(至聖所)のステンドグラスにも,三大聖師父の姿があるという。一方,カトリックでは建築家の守護聖人とされ,記念日は6月14日,エンブレムは聖堂の模型,書物である。
『フィシオログス』にその言葉を引かれているのは,この人だろうか。実は,『フィシオログス』の最初の成立年代は,このカエサレアのバシレイオスの生きた時代より,いくらか古い。だからこれは,彼ではなく,同名の別の聖人(知名度はカエサレアのバシレイオスよりずっと低いが,複数いるようだ)かもしれないのだが,もう一つ考えられるのは,この一節が後世の−−彼を同時代の教父,または過去の聖人として知る時代の人による−−挿入であるのかもしれないということだ(ちなみに,ゼール版『フィシオログス』のこの章には,聖バシレイオスについてのテクストは見当たらない)。
この聖バシレイオスは「彼の説教は常に大聴衆を引き付け、少数の教養ある人々および大多数の無教養な人々の両者を喜ばせ、力づけた」(『世界説教史』)といわれる説教の名手でもあったから,脅しをかける代わりに愛を説いたハリネズミの箴言も,この人にこそふさわしいように思われる。
なお,ゼール版の『フィシオログス』では,「セイウチ」の章の註で,大バシレイオスすなわちカエサレアのバシレイオスが『フィシオログス』のこの章の記述と関連するところの多い説話を残していることが指摘されている。カエサレアのバシレイオスが説教において動物イメージを用いることがあったことを示す,ささやかな証拠としたい。
★ Too Trivial! ★なお,ウェブ上では,野次馬集団提供の“barbaroi!”に,なんと『自然究理家(Physiologos)』の全訳がある。
『フィシオログス』では,ほかに,「ハリネズミ」の前章にあたる「13 セイレーンとケンタウロス」冒頭で,以下のように記している。
「預言者イザヤはいう。バビロンでは、妖怪とセイレーンとハリネズミが踊る。」(梶田昭 訳)
註には「イザヤ書13章21〜22節」とあるが,それはおそらく「妖怪とセイレーン」のことであって,ハリネズミが登場するのは,(新共同訳では「山あらし」と訳されているが)14章23節である。いずれも,バビロンの滅亡と廃墟化を予言した章句で,家々が,あるいは都が,そのような動物たちの巣食う廃墟となるだろうというのだ。
セプトゥアギンタ Septuaginta(七十人訳聖書)には,セイレーンやケンタウロスが登場するが,むろんヘブライ語で書かれたユダヤ教の聖典である旧約聖書原典に,そのようなギリシャの怪物たちが跳梁跋扈していたわけはない。七十人訳聖書は,紀元前3世紀半ばから前1世紀までの間に,徐々に翻訳・改訂された,古代ギリシャ語訳のユダヤ教聖典(旧約聖書)の総称だが,この訳業は,パレスチナから地中海沿岸のギリシャ語圏に移住していったユダヤ人たちが,次第にヘブライ語を読めなくなってきたために必要となったものであった。それが行われたのは,当時ヘレニズム文化の中心地であったエジプトのアレクサンドリアであり (これは後に『フィシオログス』が書かれたと考えられている都市でもある),翻訳に当たったユダヤ学者たち自身,パレスチナ周辺に生息する動植物の名前には,必ずしも通暁していなかったと考えられる。
J.K.ユイスマンスのペダンティックな小説『大伽藍』の抄訳から,登場人物の一人,博覧強記のプロン神父が,主人公である学究肌の青年デュルタルに与えた言葉を引用する。
しかしながら,古い教会や修道院の柱頭彫刻などで,セイレーンやケンタウロスの姿を楽しむことができるのは(上の『大伽藍』抄訳にもいくつかの写真が収録されている),まちがいなくそのような粗忽な聖書翻訳者たちのおかげであり,また少なくとも部分的には,キリスト教の信者でありながら異教の影響も受けるどっちつかずな者たちをそれら合成動物になぞらえるイメージを伝えた『フィシオログス』のおかげでもあるかもしれない。
「だろうと思って、フィリオンとレゼートルによる専門的研究をもとに、聖書の翻訳者たちが犯したミス、つまり彼らは実在する動物に幻獣の名前をつけてしまったのですが、それを選び出しておきました。これがまあその詮索の結果ですけどね。
聖書には神話上の動物というのはただの一頭も出てこないのです。ヘブライ語原文は、それをギリシャ語やラテン語に翻訳した者たちによって歪曲させられてしまったんですね。それで、「イザヤ書」や「ヨブ記」のいくつかの章におけるあの人を面食らわせるような摩訶不思議な動物誌は、なんのことはない、ふつうの生き物の一覧に過ぎないわけなのです。
たとえば預言者が伝えるオノケンタウロスやセイレーンは、それらを示すヘブライ語にあたってみれば、ずばりジャッカルにほかなりません。ラミ、あの吸血鬼、半分ヘビで半分女というのはヴィーヴルと同じですが、実は夜の鳥、ミミズクかフクロウのことですし、サチュロス、ファウヌスといった半獣神、ラテン語訳聖書に出てくるそれら毛むくじゃらの生き物は、結局のところ、野生の牡ヤギ、モーセの言語では「スキリム」と言うのですが、それにほかなりません。」
(野村喜和夫訳『神の植物・神の動物 −J.K.ユイスマンス『大伽藍』より−』八坂書房,2003.02.)
内容から言えば,底本はゼール版と近いようだ−−細部は異なるし,最後の一節はゼール版には見当たらないものだが,大筋は同じである。つまり,ハリネズミはまたしても悪役なのだ。 訳文は上に引用したゼール/博品社版より読みやすい。
いずれにせよ,ハリネズミがその針で果実を盗み,子どものところまで運ぶ,あるいは,冬に備えてそれらを備蓄するというのは迷信であり,この動物は,世界中に十数種いるうちのどの一つをとっても,そのような習性をもつものはない。
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だが中世,そしてそれ以降のヨーロッパでは,この「果実をハリに刺して盗むハリネズミ」の伝承が,広く知れわたった。荒俣 宏『世界大博物図鑑 第5巻[哺乳類]』(平凡社,1988.04.)によれば,“ベスティアリ bestiary”と呼ばれた中世の動物寓話集(フランス語では“ベスティエール bestiaires”)においては,ハリネズミは人間の“霊的果実”(=魂あるいは信仰心)をさらい取る悪魔にも喩えられたという。これはもちろん『フィシオログス』に由来するイメージなのだろうが,ゼール版とビーダーマン版の違いを見ると,ハリネズミを悪魔のシンボルとしたゼール版の方の原典は,後世の人による筆写の際に歪曲を受けているのではないか,との疑惑も打ち消しがたくなってくる。
★ Too Trivial! ★『世界大博物図鑑』の記事にもどれば,他方では,この同じ伝承から,ルネサンス期にはこの動物が“強欲”の、あるいは“先見の明”の象徴ともなったともいう。“大食”のシンボルともなったことは,「伝統的なイメージ」の項でふれた(“吝嗇”のシンボルとも書いたが,“強欲”と“吝嗇”は語義が近く,原語は同じかもしれない)。
異端を「ブドウの木を荒らす小ギツネたち the little foxes that spoil the vines」に喩えたのは,12世紀のフランスの神学者であり,クレルヴォーの修道院長であったベルナールである。この言葉は旧約聖書中の「ソロモンの雅歌」2章15節「われわれのために狐を捕えよ、ぶどうの園を荒らす狐を捕えよ、われわれのぶどう園は花盛りだから」という箇所を典拠とする。
アメリカの哲学者ダンハムが,その著『英雄と異端』(みすず書房)において,このベルナールの言葉について論じているということだ。それによれば,小ギツネたち(=異端)が憎むべきなのは,ブドウの実 grapes =個々の信徒を盗み食いするためというよりも,集団でブドウの木 vines =キリスト教の組織体を損壊するがゆえであるという。(以上,山下正男『動物と西欧思想』による)
ときに,『にんじん』や詩集『博物誌』を残したフランスの作家ルナールは,自分の作風を真似る群小作家たちについて訊かれたとき,「そういう輩をプティ・ルナール族(=小ギツネ族)と言うのさ」とうそぶいたというが,もしかすると,このような言葉を念頭に置いたものだろうか。
ところで,88の西洋星座の中に「こぎつね座 Vulpecula」があるが,おそらくこれは,ベルナールの言葉とは何の関係もないだろう。
というのも,この星座は,夏の大三角形のはくちょう座とわし座の間に広がる,4等星が1つあるほかは5等星以下の星しかない空間を埋めるために作られた新興星座であり,何のもっともらしい由緒来歴も備えていないのだから。この星座の創造主であるヨハンネス・ヘヴェリウス(17世紀ポーランドの天文学者)は,ワシや白鳥からの連想で,ここにガチョウをくわえた小ギツネの姿を思い描いた。当初は「小ギツネとガチョウ Vulpeculacum Ansere」座と呼ばれていたともいい,星座絵でも多くはガチョウをくわえた姿で描かれている。
ただし,この非常に地味な星座は,全天でもこれ以上美しい恒星はないともいわれるはくちょう座のベータ星,アルビレオ Albireo のすぐ南隣という恵まれた位置にあるし,またこぎつね座自身,「亜鈴状星雲」の名で知られる美しい大型の惑星状星雲(M27)を持っているおかげで,星好きの間ではわりによく知られた存在である。
大食のシンボル,などというとユーモラスな印象を受けるが,キリスト教文化において,「大食(貪食)gluttony」はれっきとした「7つの大罪(悪徳)seven deadly sins」の一つであり,もちろん「貪欲(強欲)covetousness」もそうである。
右は、木の実を体の針にいくつも刺して巣穴に運ぶハリネズミを描いたベスティアリ。『大博物図鑑』(p.95) では同じベスティアリを12世紀のものとするが,上記画像の掲載元のサイトでは13世紀のものとしている。この木の実は,『フィシオログス』で言及されたようなブドウではなく,プリニウスの述べているのと同じリンゴである。
なお,the AMICO Library には,1270年ごろにフランドルで書かれた羊皮紙本の,ブドウの木に登ってブドウを落とすハリネズミの挿し絵が登録されている(J. Paul Getty Museum 所蔵)。
テンペラで描かれ,金箔を施されたもので,残念ながら画像が小さいのでたいへん見づらいのだが,興味のある方は,プレヴューで hedgehog と打ち込んで探してみていただきたい。
ちなみに,やや意外だが,中世にしばしば作られた,擬人化された「大罪(悪徳)」たちの図像においては,ハリネズミは犬やフクロウとともに,「憤怒 anger」のアトリビュート(持ち物)であるという(ハインツ=モーア『西洋シンボル事典』による)。これについても「伝統的なイメージ」の項で紹介した『西洋シンボル事典』の記事に言及があったが,『動物シンボル事典』の「粗暴」や『イメージ・シンボル事典』の「激情」というのも,同じものを指しているのだろう。つまり,ハリネズミは,七つの大罪のうち,貪欲・大食・憤怒と,実に3つと関連づけられていることになる。
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もっとも,ビーダーマン『図説 世界シンボル事典』では,中世の動物寓話集で,主としてハリネズミの「明敏さ」がたたえられたことが強調され,バロック期の詩人ホーベルク男爵の詩集『預言者ダビデ王の遊歩薬草園』(1675)に収められた詩が紹介されている。
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果実がたわわに実る秋,
ハリネズミはそれをせっせと巣穴へ運び込む.
神の祝福によりて豊かな賜物を授かりしときは,
それを賢く,思慮深くいただくよう心せよ.
★ Too Trivial! ★平凡社『動物大百科 6 有袋類ほか』(1986.11.) p.10 には,1300年ころの別のベスティアリが掲載されている。この解説文も,ハリネズミについての誤った伝承の責任を,プリニウスに帰している。
bestiary(仏:Bestiaires)は,中世の動物寓話集(人間を風刺した物語詩)と,上のような絵画や彫刻(城などに掲げられた)の両方に使われた呼び名である。語源は「獣」を表す "beast" 。
フランスの動物ジャーナリスト、ロビー Roby の『動物の変わりものたち』(水野明路・高橋正男 訳,八坂書房,1988.06.;原著1968.)にも、以下のような記述がある。
もって回った,慎重ぶった言い回しで,著者は自身の不信感を暗示しているようだ。
……(ハリネズミは)また、かなり変わった芸当ができるといわれている。リンゴの上でからだをころがし、背中のとげに突き刺さったそれを、隠れ家へ進んで行くという。続けて観察した人たちはそのことを語るが、この種の事実は、反論の余地がないくらい証明される可能性はあるとしても、現在までのところ確かな証拠は一つも発表されていない。私自身何匹かハリネズミを飼いならし、またたくさんのハリネズミを観察したが、ふつうでは見られないこの光景を見とどけようといつも待っている始末である。……
(p.66)
一方,18世紀の英国の文人、オリヴァー・ゴールドスミス GOLDSMITH, Oliver は,当時非常に人々の人気を博した彼の『動物誌』の中で,この伝説を,もっときっぱりと否定している。
さらに,ジャン=ポール・クレベール編『動物シンボル事典』(大修館書店,1989.10.)でも、ハリネズミの項の挿し絵には、「果実を背の針にさして運ぶという。しかし、だれひとり見たことはない。」との言葉が付せられている。
また庭園や果樹園では大きな害をなすといわれており、つまり果物の山の上をごろごろと転がって、針に突き刺して大量の果物を持っていってしまうというわけである。しかしこの非難も前のものと同じで、根拠は怪しいものである。なぜならこの針は、たとえわざわざくっつけようとしてみたところで、そううまくは果物なぞ刺さらないような生えかたをしているのである。
(玉井 東助 訳,『ゴールドスミス動物誌〔3〕』原書房,1994.10.)
この伝承には、我が国でつい最近まで使われていた「ねずみが引いていく」という,食べ物を放置することを警告するときの言い回しと、それに伴うユーモラスなイメージ−−1匹のネズミが仰向けになって獲物を腹の上に抱え込み、その尾をもう1匹がくわえて引いていく,というもの−−を,何となく思い出させるものがある。
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齧歯類に属する少なからぬ動物が−−よく知られているのはリスの仲間だが−−,食物貯蔵の仕事に多くの時間を捧げている。ハリネズミは齧歯目ではなく食虫目だが,同じグループに属するモグラも,捕えたミミズの頭部を咬んで麻痺状態にし,大量のミミズを貯蔵室に溜め込む。同じく食虫目に属するトガリネズミ類は,毒をもつ数少ない哺乳類のグループだが,プラリナトガリネズミは,カタツムリや甲虫を毒で麻痺させて貯蔵するという(デズモンド・モリス『アニマル・ウォッチング』)。
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このような小動物たちの貯蔵の習性が,無責任な観察者によって,起きているときは常に餌をあさり歩いているように見えるハリネズミにまで敷衍されたとしても不思議はない。食虫目の仲間が貯蔵する食物として上に挙げたミミズ,カタツムリ,甲虫は,いずれもハリネズミの主要な食物である。
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ところで,アリソン・アトリーの,『チム・ラビットのぼうけん』所収の「なぞなぞ かけた」の中で,主人公の出会う老ハリネズミは,かご一杯の山梨を抱えて歩いているが,これはもしかすると,このイメージを踏襲したものかもしれない。
何しろアトリーは,他の作品(リトル・グレイ・ラビット・シリーズ)の中では,ハリネズミに牛乳屋という仕事を割り当てるばかりでなく,ときには卵泥棒までさせているのだ。
★ Too Trivial! ★
Penguin Books に、"Terrible Pet" という本がある。
編者の Sarah Kennedy は、英国のテレビやラジオの番組で司会等を務めるタレントで、上記『アニマル・ウォッチング』のほか『裸のサル』『マン・ウォッチング』等を著わした動物行動学者デズモンド・モリス MORRIS, Desmond とともに、「動物の国」という番組の進行役も務めているらしい。BBCラジオ2の彼女の番組「夜明けのパトロール」に寄せられた、動物に関する読者のお便りを集めたのが、この "Terrible Pet" である。発刊は1996年で、一度ハードカバーで刊行されたものを同じ年のうちにペーパーバックに落としたもののようだ。
この本のトリを飾る、「左、右、左、右」と題されたエピソードを、以下にご紹介する。投稿者とその夫君は、午前2時ごろ、奇妙な音に起こされる。夫妻は、猫の朝食用の缶詰めを、庭に置いた古い洗面器の下に隠している。きっと野良猫が、何とかあの猫缶にありつこうと頑張っているのだろうと、一度は寝直すことにした夫妻だが、結局は好奇心に負けて見に行ってしまう。裏口を開けて覗いてみると、何と! 件の洗面器が、庭の小道をまっしぐらに逃げていくではないか。夫君がそっと洗面器を持ち上げてみると、その下には、見たこともないほどデッカいハリネズミが……頭の上には、例の猫缶がしっかり乗っている。猫缶を取り上げると、ハリネズミはそそくさと逃げていってしまう。
それからは、ハリネズミにも彼専用の餌皿を出しておいてやるようになったが、庭の小道を洗面器が逃げていくあの光景は、忘れようにも忘れようがないという。
"a tin of cat food stuck on his head" という表現は、「頭の上に突き刺さった」と取れないこともないが、これはあり得ないから、ここではやはり「貼り付いていた」ととるべきなのだろう。
★ Too Trivial! ★
森の仲間たちの助力がなければ3日と生き延びられそうにない無邪気なハリ太郎や,記憶力が限りなくゼロに近いハリネズミのプルプルたちは,“強欲”や“先見の明”のイメージを,見事に裏切ってくれる。
他項で見たように,ハリネズミを「農業の守り神」と見る民族があるなら,キリスト教会による「悪魔」のイメージの付与は,そのことと何か関係があるかもしれない。別項の「妖精/異民族」のイメージや,ロマ(ジプシー)がハリネズミを特別視していること,ゴビ砂漠でハリネズミのハリが一種のお守りに使われることも,考える材料としては面白い。
いぬかわが「リンゴハリ」と呼んでいるこのイメージは,西はブリテン諸島から東はロシアに至る全ヨーロッパに共通のものだが,絵本や雑貨などを見ると,ロシアでは特に根強く残っているようだ。
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最後になったが,以前当サイトの掲示板で,Trinketer さんより,この根強い伝承の説明を試みた英国の本の記事をご紹介いただいた。たいへん興味深い内容なので,いずれ本項でもご紹介させていただきたいと思う。
(2001.09.26. 最終推敲:2004.05.16.)