■ 古代エジプトのハリネズミ ■
日本で出版されている唯一のハリネズミ飼育書,『ハリネズミクラブ』をお持ちの方は,目次の欄外を飾る,国際色豊かなハリネズミ工芸品の数々をご記憶のことだろう。松本篤弘氏のコレクションであるという。
その中でもひときわ目をひくものの一つが,鮮やかなコバルト・ブルーの,エジプト産の置き物だ。これはおそらく,カイロにあるエジプト博物館のショップで売られているものではないかと思われる。というのも,古代エジプトの遺跡からは,このような青いハリネズミが,1つならず出土しているからだ。
たとえばそのうちの1つは,長さ12センチ,第12王朝のものだが,『エジプト 美の起源』(吉村作治(文),熊瀬川紀(写真),岩出まゆみ(解説),小学館〈ショトル・ミュージアム〉,1997.07.)で解説されている(p.46)。
別の1つ(右)は,カイロのエジプト博物館所蔵のもので,テーベ Thebes (Luxor area - west bank) で1893年に発掘された。長さ5.3センチ,第11王朝のものと見られる。これは,Mark T. Rigby さんの個人サイト RIGBY'S WORLD OF EGYPT と ancientworlds.net で紹介されているが(写真と解説文は共通),『エジプト 美の起源』に記載されているものとは,サイズも色も異なっている。
左の2点の写真(Tour Egypt の「今日の写真」コーナーと,エジプト博物館の公式ページで紹介されている)も,上のものとは色調がまったく異なるし,サイズも違う(高さ5.3cm,長さ7cm)。ただしこれは,形が上のもののとあまりにも似ているし,出土地も同じテーベである。所蔵館がエジプト博物館という点まで共通する。よく見ると,上のものの「長さ」とこちらの「高さ」が同じ 5.3cm なので,察するに,上の「長さ4.3cm」というのは表記ミスで,やはり同じ品なのではないかと思われる。色は復元クリーニングが施されて変わったのだろう。上の方の写真は,文字どおり古色蒼然としていて,本来のファイアンスの色のようには思われない。
Tour Egypt の解説子によれば,ハリネズミは,古王国時代のレリーフに,舟の舳先飾りとして,また,独立の粘土像として現れる。ギリシャ・ローマ時代には,(本稿でも後で示すように)油や香料入れとしてハリネズミ型の瓶が多く作られたが,これらは主に,前610年ごろにギリシャ人が河西デルタに建設した植民市,ナウクラティス Naukratis の遺跡で発見されている。
前2000-1800年ごろ(中王国時代初期)
高さ12.7cm 幅20.5cm 奥行8.1cm
ルーブル美術館所蔵
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松本コレクションにあるものは,このような出土品のレプリカということになるのだろう。これらは,とりわけ古代エジプトで数多く作られた独特の焼き物で,「ファイアンス」faience と呼ばれている。石英の粉(珪藻土)を雌型に入れて型取りしたもの(胎)に,多くは青や緑のガラス質の釉薬(ゆうやく;うわぐすり)をかけて焼いたもの。最初に出現したのは先王国時代のことだが,中王国時代に入り,遷都により芸術活動が再開されると,犬,ネコをはじめ,カバ,ヒヒ,そしてハリネズミなど,多様な動物のファイアンス像が作られた。特に,表面にロータス(ハス)を描いたカバのファイアンスはよく知られており,一般的にはエジプシャン・ファイアンスというと一番にこれが思い出されるほどだ。
ファイアンスは墓の副葬品として作られたようだが,Rigby さんのサイトの解説では,ハリネズミのファイアンスが副葬品とされたのは,防御の力を期待してのことであろうという。呪術的な力を期待されたということだろうか。像が作られた動物のそれぞれに呪術的な意味を求めるのも,少々無理がありそうな気がするのだが。
上の2つは結局同一の出土品と考えられるが,後で見るように,ギリシャ語圏に輸出された香油瓶などは,サイズも異なる複数の品が,非常によく似た形で製作されている。これらは,我が国にもあるさまざまな縁起物や民芸品(招き猫や達磨やこけしのような)と同じように(あるいはそれらよりもいっそう),時代や地域によって厳密に決められた型にのっとって作ることを要求されていたのかもしれない。そもそもエジプト人は,壁画を描く際にも壁面に方眼を引いてから決まった様式通どおりに制作した人たちであるし,ファイアンスという大量生産に適した製法がほかならぬ彼らだけに愛されたのは,なによりまったく同形のものを手軽に大量に製作できるがゆえであったのかもしれない。
★ Too Trivial! ★
「ファイアンス」という同じ名で呼ばれる焼き物がもう一系統があるが,こちらはヨーロッパのもので,混同の恐れはない。
上のものもそうだが,最近,世界各地の博物館の収蔵品の,公的または私的に撮られた画像が,ウェブ上で公開されるようになってきた。それらを渉猟する楽しみの一部は,それぞれの画像につけられた解説の内容を見比べる楽しみだ。
左は,アメリカのブルックリン美術館 Brooklyn Museum of Art に所蔵の,別のファイアンス・ハリネズミである。こちらでその写真と解説が見られる。第12〜第13王朝のころのもので,独立の動物像としては最大のものの一つだというが,実寸は不詳。
ブルックリン美術館のサイトの解説によれば,ハリネズミの姿は墳墓のレリーフや壁画の砂漠の景色の中にしばしば描かれ,また,陶器やアミュレットのデザインにその姿が使われることもあったという。ときにはそのデザインが,定番のフンコロガシ(オオタマオシコガネ)に代わって,“スカラベ scarab ”(甲虫石;護符・装飾品)に使われることさえあった。
なお,こちらのサイト(さらにこちらのページ)では,ブルックリン収蔵の出土品の,いくぶん単純化されたレプリカ(右)を購入することができる。
左は,アメリカはオレゴン州のポートランド美術館 Portland Art Museum に収蔵されるゲイヤー・アンダースン・スカラベ・コレクションにあるスカラベだ。このコレクションを見ると,スカラベのデザインが,必ずしもオオタマオシコガネばかりではなかったことがよくわかる。
オオタマオシコガネがスカラベに使われたのは,この虫が再生の象徴とされたからだが,ハリネズミも,餌の乏しい時期には地下の巣穴にこもり,餌が豊富になると再び現れることから,同じように死後の復活についてのの信仰がこの動物に重ねられていたのかもしれない,とブルックリン美術館の解説子は述べている。
ankhs
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ポートランド美術館の解説子も,同意見のようだ。右のスカラベには−−写真では見えないが−−アンクのマーク(右:永遠の生命のシンボル)がついているという。もしも本来の甲虫型のスカラベにもっとよく似たデザインであれば,一種の冗談作品だった可能性を考えることもできたのだが。
さて,右の写真は,こちらのユニークな−−英国在住のハリネズミのぬいぐるみ君による−−ウェブダイアリーの,1999年6月3日の項からリンクされていたエジプトもの。大英博物館に展示されているという。ファイル名からすると,第12王朝のものらしい。
左は,こちらのアルバムにあった,同じ出土品の写真。こちらの情報によれば,この化粧品容器は,新王国時代,前664-332年ごろのものと見られている。
なお,上の日記の同じ日のページで,大英博物館のミュージアム・グッズらしい,別のファイアンス焼きのレプリカの写真(ぬいぐるみ君とのツーショット)も見ることができる。かわいらしいデザインで,あまりオリジナルに忠実ではなさそうだ。
左は,大英博物館に展示されている,もう一つのファイアンスのハリネズミだ。上と同じアルバムに出ていた。前6世紀のものと見られる香水瓶で,エジプトではなく,サルデーニャ島オリスターノ県のタッロス Tharros で発見された。
こちらのサイトによれば,タッロスは前750年ごろから(前510年,古代カルタゴ人に征服されるまで)この島を支配したフェニキア人たちが,海上貿易の拠点として建設した町の一つである。このハリネズミも,彼らがエジプトから取り寄せたものなのだろう。
ちなみに,前238年以降の古代ローマ人による支配の時代になると,この町はカラリスと並んで,サルデーニャ島で最も重要な都市となっている。
上のハリネズミ型のアリバロス aryballos(香油瓶)は,英国の ArtWorld Project のサイトの,こちらとこちらのページで見つけたファイアンスだ。サイス王朝時代 Saite period(第26王朝,664-525B.C.),河西デルタのギリシャ人植民地,ナウクラティスで,ギリシャ世界に輸出するために作られたと考えられる。長さ5.8cm。
デザインは,上に挙げた2つの大英博物館展示品と非常によく似ている。特に,額の部分の造形や耳の形を見比べていただきたい。ハリネズミの姿を的確にとらえた上で適度にデフォルメを加えた造形は漫画的ですらあり,時代の古さを感じさせない。
解説子によれば,ハリネズミは砂漠の生き物であるから,エジプトでは渾沌の神セト Seth に与するものと見られていた。ボールのように丸くなることでヘビや捕食者から身を守る能力(後のヨーロッパで知られていた)は,エジプトでもすでに認められていたかもしれない。冬眠し,春になると現れることから,この動物は(エジプト人の信じた)「(死後の)復活」とも関係づけられていたかもしれない(……と解説子は語るが,それを言うなら,冬眠ではなく夏眠だろう)。
このことを念頭に置いて見ると−−と,解説子はさらに想像力の翼を広げる−−この香油瓶は,何を意図してデザインされたと考えられるだろうか? 中身はヘビ除けの薬品だったのかも。あるいは,ヘビ毒の解毒剤だったとか。いや,純粋に,デザインのかわいらしさを狙ったものだったのか。それとも,もっと大事な船荷を安定させるための脚荷として詰められ,港に着いてメインの荷物が降ろされればお役御免となって,港の市場でお手軽に換金された,一山いくらの雑貨でしかなかったのだろうか?
このようなファイアンス製のハリネズミ・アリバロスは,ほかに,ボストン美術館 Museum of Fine Arts, Boston にも所蔵されており(第26王朝(664-525 B.C.)期のもの),the AMICO Library のプレヴューで hedgehog で検索すれば,その画像を見ることができる。
ボストン美術館には,ほかに,前1200-1000年ごろに作られたハリネズミ型の陶器の花瓶(ファイアンスではない)があるが,これも同じ AMICO で画像を参照することができる。
右は,メトロポリタン美術館のコレクションの1つ。東ギリシャから出土したファイアンスの香油瓶で,前6世紀後半のものと見られる。高さ11.1cm。
解説によれば,このような容器の多くは,魚,ヤギ,ウサギ,サル,そしてバッタなど,動物の形に作られることが多かったが,ハリネズミ型のものこそ,最も一般的で,またおそらく最も成功したデザインであるという。シンプルで安定感がある上に愛嬌もあるハリネズミの体形は,このような容器にピッタリなのだ。写真のものは特に大きく,よくできている例である。上の3例とよく似ているが,瓶の口の前部にスフィンクスのような頭がついている。ちょこんと顔を出している前足といい,ハリネズミの額の縁取りといい,これはもしかすると,エジプトのスフィンクスのデザインを意識したパロディ作品だったのかもしれない……と解説子は結んでいる。
左は,ルーヴル美術館 Louvre Museum 所蔵の,スフィンクス頭付きのハリネズミ型ファイアンス・アリバロス。前550〜500年のもの。このような容器は東ギリシャの工房で多く作られたもので,とりわけコリントの球形のアリバロス(右下のもののような)の影響が認められるという(フランス語の解説を解読してくださったバツマル師に感謝する)。
右のものは,同じルーブルの収蔵品だが,口の部分に,スフィンクスの頭ではなく,牛らしき動物があしらわれている。
右下のような,網目模様がついているだけのシンプルなアリバロスは,見るからに,ハリネズミ型アリバロスや,一緒に展示されている魚型のアリバロス(これまた網目模様でウロコが表現されている)の原型らしく思われる。何しろ模様のタイプがまったく同じだから,こっちの方は丸くなったハリネズミだと主張しても,何とか通らなくはなさそうだ。
このほか,ルーヴル美術館には,ハリネズミ型のアリバロスとして,前6世紀のギリシャのファイアンス・アリバロスが2つと,前560-540年のテラコッタのアリバロスが1つある。
ファイアンスもテラコッタも同じような色合いなのは,どういうわけだろう。ファイアンスの2点うち,1点はこれまでのものとだいたい同じような形だが,もう1点は頭の位置をかなり高く上げた体勢をとっており,さらにテラコッタのものは,額の生え際,反り上がった鼻面,体の下に隠れた肢などを強調した従来のものとは明らかに方向の異なったデフォルメが施されており,目を引く。
バツマル師に解読していただいたこのページの解説によれば,これらの香油瓶は,ギリシャ本土においては,運動競技の選手たちが,競技の際に体に塗布する油を好んで収めたものとのことで,女性の化粧品容器としてのイメージが,ここへきて大きく一変させられてしまう。
右は,ドイツのサイトで見つけたミュージアム・グッズの写真。限りなくブタっぽいハリネズミだが,これはかなりオリジナルに近そうな感じだ。開口部があり,やはり容器として作られたもののように見える。
ナイル川の上流,ヌビア地方のアスワンにあるエレファンティネ島 Elephantine Island には,サテト女神 Satet(サティス Satis, Sates, サティ Sati とも呼ばれる)の神殿の遺跡がある。古代エジプトについて非常に詳しく解説している Tour Egypt のサイトによれば,ここからは,1990年まで行われた,ギュンター・ドリアー博士 Dr. Gunter Dryer 率いるドイツの調査隊による発掘の際に,古代エジプトの民が神殿に納めた,さまざまな願かけ品や奉納品が出土している。
奉納品には,鳥,カエル,ワニ,ライオン,ブタ,カバ,ネコ,ハリネズミなど少数の動物を含むいくつかのタイプがあったが,数の点で目立ったのは,片側に動物の顔(おそらくハリネズミと思われる)が付いた,楕円形の小さなファイアンスの飾り板(プラーク plaque)である。このサテト神殿からは,この飾り板が41個も出土しているが,このような飾り板はここ以外ではほとんど見つかっておらず,かろうじてテル・イブラヒム・アワド Tell Ibrahim Awad で数点が発見されているに過ぎない。
このような飾り板が元もとどういう意味を持つ品物だったかは現在のところ不明で,今後の研究をまつしかないが,エジプトでも最も古い神殿の一つであるここ(当初からサテト女神の神殿であったのかどうかは不明)から掘り出された願かけ品・奉納品には,子どもの像や,子ザルを抱えてうずくまる母ザルの像が多く見られることから,ここが,子宝を望む女性たちによって信仰される神殿であった可能性が考えられている。
神殿に祭られているサテト女神は,両側にアンテロープの角が付いた,白冠をかぶった女性の姿で表される。白冠は上エジプトの象徴である。エレファンティネ島のあるアスワンは,古代エジプト王国の南部国境であり,サテト女神はこの国境の守護神でもあった。
だが,エジプト人にとって,「ラーの目」の別名を持つサテトは,何よりナイル川の毎年の氾濫,およびそれがもたらしてくれる肥沃さを司る女神であり,転じて,豊穣と愛の女神でもあった。新王国時代以降は,「エレファンティネ三柱神」として,この島にクヌム神 Khnum・サテト女神・アヌケト女神 Anuket / Anqet がセットで祭られるようになり,サテト女神はクヌム神の妻,アヌケト女神はクヌム神とサテト女神の娘とされたが,逆にアヌケトをサテトの母または姉とする資料もある。クヌム神はエジプト神話の創造神で,非常に重要な神の一人だが,エレファンティネ島はこの神の主要信仰地である。Tour Egypt によれば,この3人の神は,最初期の王朝のころから,それぞれにこの島に祭られてきたというが,サテト・アヌケトの2女神が,最も有力なクヌム神に,家族として合祀されることになったのだろう。
この三柱の神は,後に合祀されるだけあって,重要な共通点をもつ。それは,いずれもナイル川の氾濫と関係の深い,豊穣と生産の神であるということだ。エジプトとスーダンを隔てる「第一瀑布」(現在のアスワンハイダム)にほど近いエレファンティネ島には,上流からの氾濫の到来を確かめるためにナイル川の水位を測定する「ナイロメーター」があり,このことも彼らがここに祭られていることと関係がありそうだ(現に,三柱神は第一瀑布を司る神ともされている)。
エレファンティネ島が,産児を祈願する女性が通う聖地であったという仮説が正しければ(クヌム神が,ろくろの上で人間およびその他の生き物を創造した陶工神であり,生き物を永久に創造し続ける労苦から解放されるために,あらゆるメスの生き物の子宮に同じようなろくろを組み込んだと伝えられていることを思い出してみても,それはいかにもありそうな話のように思えるが),サテト女神への奉納品は,子宝祈願の女性が願をかけて奉納した品と,願いがかなった女性がお礼参りで献納した品であったと考えられる。私見だが,母ハリネズミが子ハリを後ろに引き連れて歩く姿は,他のいかなる地域とも変わらず,エジプトでもごく自然に観察されただろうから,そのような神殿への奉納品にハリネズミのモチーフが用いられたことは,むしろごく自然なことではないだろうか。ただし,ハリネズミと安産祈願との関係については,もう一つ,興味深い説明がある。次項「古ヨーロッパの女神とハリネズミ土器」をご参照いただきたい。
この飾り板の形状と「願かけ」との連想からは,日本の「絵馬」も連想される。
ところで,『ハリネズミクラブ』の松本コレクションの写真に添えられたコメントには,「エジプト古代,兎とハリネズミを天秤棒で運ぶ男の壁画が残っている。」とある。この壁画は,黒川哲朗『[図説] 古代エジプトの動物』(六興出版,1987.08.,絶版)で見ることができる(右)。知らずに見ると,アルマジロかと思ってしまいそうだ(だが,アルマジロはもちろん,新大陸の生き物である)。
天秤棒でハリネズミとウサギを運ぶ男
(『古代エジプトの動物』p.119 より転載)
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同書によれば,エジプト美術では,ハリネズミはウサギととともに,狩りの獲物として描かれていたという。また,ランプや小さな壺にも,しばしばハリネズミの形をしたものが見られるという。
「狩りの獲物」として描かれた例としては,古代エジプト王国の高級官僚 Nigh-ahnk-knee-sut(読みは Ny-Ankh-Nesut,つまり,ナイ・アンク・ネサト。Ny-Ahnk-Nesut とするサイトもあるが,スペリング・ミスだろう。
(部分拡大)
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アンク ankh とは,上にも掲げた,不死を象徴する図形である。我が国で「ツタンカーメン」と通称されている少年王の名も,より正確には Tut Ankh Amun/Amon である)の墓所内にあった有名なレリーフ「Procession of Offering Bearers(供物のの行列)」(たとえば,ダラス博物館のサイトに大き目の画像がある)に,かごに入れられたハリネズミの姿が認められる……と,中近東・アフリカ・地中海世界の文物を紹介する教育サイト ODYSSEY online の解説子が記している(が,いったいどれがそれなのだろう?)。墓所内の絵やレリーフに描かれたものは,墓所の主の来世の生活を豊かにすると考えられていたが,解説子は,「カゴに入れられたハリネズミが,本当に来世の生活を快適にするのに役立つんだろうか?」と的確なツッコミを入れている。
下の壁画は,第5王朝(前2381-2353年)のラー・エム・カイ Ra-em-kai の墓で発見された「砂漠の狩り The Hunt In The Desert 」と題するものだ。アンテロープを狩っている下段の2人の狩人のうち,左の男の上に描かれたハリネズミは,乾いた土の上を鼻先で探っている。
(ニューヨーク・メトロポリタン美術館所蔵:『古代エジプトの動物』p.119)
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 「砂漠の狩り」 The Hunt In The Desert |
 部分 |
「小さな壺」の例としては,上に4例を見たが,ファイアンス以外のものとしては,エジプト後期のハリネズミ型の青銅の壺が,ルーヴル美術館に所蔵されているという。右の絵は,シュヴァリエ・ゲールブラン『世界シンボル大事典』(大修館書店)に出ていたものが,一見してわかるように,非常にユニークなデザインである。
また,左のような系統の壺もある。これは英国最古の公営美術/博物館,オックスフォードの アッシュモレアン・ミュージアム Ashmolean Museum にある品。
ロータス(蓮)をあしらったハリネズミ型の赤い壺。前1500年ごろのもので,その大きさと,口の小さなデザインから,これも香料のようなものの容器として作られたのではないかと考えられる。
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エジプト・サイトの Rigby さんの解説によれば,古代エジプトでは,ハリネズミの油または脂肪が,ハゲに効くと考えられていたという。ブルックリン美術館の解説はさらに詳しく,それによれば,第18王朝初期の the Ebers Papyrus のテクストに,脂肪または油に混ぜたハリネズミの針を使ってハゲを治す処方箋が含まれているというのだ。
古代エジプト人たちがハリネズミを狩猟の対象としたのは,この動物を食べることではなく,油脂を取って毛生え薬を作ることが目的だったのだろうか。
ちなみに,エジプトに棲息するハリネズミとしては,オオミミハリネズミとエチオピアハリネズミの2種が挙げられる。
なお,『コレクター蒐集』(ティボール・フィッシャー,野口百合子訳,東京創元社,2003.04.;原著 The Collector Collector, 1997)は,太古から無数の人間の手を渡り歩き,人間観察を続けてきた不思議な器(椀,壺など,好きな形に変形することができる)を語り手とする楽しい小説だが−−もしまだなら,ぜひ一読をお勧めしたい−−この作品中では,かつて主人公の器が「牛の形の瓶(かめ)」としてエリコ(パレスティナの古代都市)の蒐集家のもとにいたときのコレクション仲間として,「ベス(エジプト神話の神)やハリネズミやアヒルや乳を与える女の模様、それに彼が天才の技と考えている火入れ時の失敗による模様などのある、珍品の壺」が挙げられている。
また,あるとき彼は,青いサイの置き物として,ミイラとともに墓から掘り出され,強迫観念に取り付かれた墓泥棒(正確には墓泥棒泥棒)とともにフィンランドまで旅をすることになる。
確かに,青いカバや青いハリネズミならいざ知らず,エジプトの青いサイは,なかなかの珍品かもしれない。
(1998.?. 最終推敲:2004.04.29.)