
このページは下から上へ順番に日付が新しいものになっています。
ページの最後に97年9月から月単位にまとめたページに飛べるようになっています。以前のものを読みたい方はこちらからどうぞ。
長岡、新潟の演奏旅行です。こちらをお読み下さい。
今日はオーチャード定期でした。ヴァイオリンソロづくめの演奏会でした。クリヴィヌさんの指揮は特にテンポの変わり目が独特なため、弾く方は大変です。仲間でこの前の定期を客席で聴いた人は、棒を見ているとどうやって弾いたら良いかよく分からないと言っていました。今回は曲が音大の学生なら必ず弾く曲ですから、少々のことがあっても何とか合わせられます。もしこれがあまり弾かれない(私達が知らない)曲だったらもっと大変だったでしょう。
堀米さんのポエームとツィガーヌは私が想像していたのとはいささか違う表情を見せていました。言葉で表現するのはちょっと難しいのですが。長岡新潟の皆さん是非聴きにいらして下さい。前回の定期では全体に普段より弱音で弾かせる部分が多かったのですが、今回のシェヘラザードは特に弱音を要求されるということはありません。と言うよりクライマックスなど気合いもろともにフォルテで弾かされます。
どうしてもタイミングがとれないところとしては、曲の最後などで3つの同じ音の和音があるようなところで、最後の1つだけがそれより前の音とは完全に切り離されていることです。他の人はどうなのか知りませんが、私は最後の音が待ちきれないような気分になります。
明日は朝早く車で長岡に向かうので今日はこれくらいにします。これから明日の用意をします。
今日もオーチャード定期の練習でした。死の舞踏、ショーソンのポエームの2曲はオーケストラで弾かれることは珍しいと思います。CDでポエームを聴くことはよくありますが、オケ伴で弾かれることはまずないでしょう。この曲の始めの部分はソロヴァイオリンにとってボーイングの試験のような感じです。夢のような雰囲気の中で単純なメロディーを弾くのは弓の返しやロングトーンのムラのなさなどすごく弾く者にプレッシャーになるものです。このポエームという曲はすごく綺麗ですが派手なところのない地味で内容の濃い曲です。私自身はもっともっと弾かれて良い曲だと思います。ツィゴイネルワイゼン、序奏とロンド、ツィガーヌなどに較べると時間が倍ぐらいかかる割に派手なところがなく、特に終わりが静かに消えるように終わるので受けないのでしょう。ツィガーヌの方は私自身はツィゴイネルワイゼンよりずっと好きです。先ほど上げた3曲の中では序奏とロンドが一番好きですが、次にツィガーヌが好きです。
このようなヴァイオリンの曲を取り上げるのは指揮者の希望なのでしょうが、それにしてもコンマスのソロが2曲、ソリストが2曲とオールヴァイオリンソロというプログラムはいささかやり過ぎの感があります。でもヴァイオリン弾きから見るととても面白いです。
今回は明日オーチャード定期で、その後長岡、新潟の演奏会が続きます。以前はこのような形で演奏会が続くこと(東京の演奏会と地方公演を同じプロで、東京の演奏会の後続けてやるということ)はほとんどなかったのです。東京で夜の演奏会の次の日乗り打ちで演奏会をやるというのは非常に疲れるのです。(9時過ぎに演奏会が終わった次の日移動して演奏するわけですから。)まあ時代とともに交通事情も変わるし、社会環境も変わるので、昔のままが一概に良いとは言えないのですが、演奏旅行の性格もだんだん変わってきています。
今日はオーチャード定期の練習です。今回のプログラムは死の舞踏、ショーソンのポエーム、ツィガーヌ、シェヘラザードというプロです。とても変わっているのは今回のプロは4曲ともヴァイオリンのソロがある事です。死の舞踏とシェヘラザードはコンマスの堀さん、ポエームとツィガーヌは堀米さんのソロです。もともとヴァイオリニストの指揮者が選ぶ曲らしいという感じです。クリヴィヌさんはいかにもヴァイオリニストらしく気持ち良くルバートをかけられるのですが、こちらは気持ちだけはよく分かるのですが指揮者の気に入るように弾くのはとても難しいです。1つにはオーケストラは何十人という人の集合体ですから、ピアニスト一人だけとの合奏の場合のように自由にテンポを変えられません。勿論指揮者自身もそのことは百も承知だとは思うのですが、実際に棒で簡単にテンポを変えられると面食らいます。でもフレーズを歌っているのを聴くとなるほどなと納得はいくのですが。
クリヴィヌさんはとても面白い人です。今日練習の途中で a tempoと書いてあるところですぐにテンポを戻さずゆっくり目に弾かせるので、a
tempoと書いてありますがと質問した人がいました。クリヴィヌさんからは「今週だけは少しゆっくり弾いて下さい。来週になったら忘れて良いから。」という返事が返ってきました。
今週の木曜日は長岡、金曜日は新潟の演奏会ですが、今回は車で行ってみようと思っています。新幹線の方が楽なのは重々承知なのですが。今回は新潟の演奏会の後帰ろうと思えば帰ることは出来るのですが、新潟に泊ろうと思っています。
昨日ダイエーが優勝したため近くのコルトンプラザがとても混んでいました。ちょっと買い物に行ってもコルトンプラザに通じる道は皆混んでいました。普段でも日曜日はかなり混むのですが、今日は更に上をいっていました。
昨日いただいたメールの中に昨日の演奏会で梯さんの演奏を聴き、普段はスマートなディジタルな音を好んで聴いているのに、昨日はそういう事とは違う音楽の世界があるということを再確認したというメールがありました。このような感想を抱かせる演奏というのはとても珍しいものですが、昨日はまさにその例外に属するものだったようです。
昨日の本番中にひょんなことから思いついて楽器を持つ力のバランスをほんのちょっと変えたのですが、それが正解だったようでとても調子が良く大変うれしいです。いくつになってもいつも何か新しい発見が出来るようにすべきだなと思いました。但しいつになっても自分のやり方が決まらないのではダメなのですが。アマチュアの人を見ているとそういう意味では冒険をする人はとても少ないです。今の自分の限界が分かっていても新しい弾き方をやってみようとしないのです。楽器の持ち方、弓の持ち方といった基本中の基本をしっかりしておかないといけないということが身に染みていないせいだろうと想像しています。
本当に上手くなりたいのか、楽しんで弾けば良いのかというに2つの選択肢があるのですが、弾いて楽しければ良いという方が圧倒的に多いです。私達はちゃんと弾けないと気持ちが悪いし、仕事にならないのです。でもアマチュアオケは皆で合わせて弾いて楽しいというだけでも充分楽しめてしまうので、たとえばあるパッセージを絶対弾けるようにしようという気にならなくてもすんでしまうのです。アマチュアでも人によってかなり違うので(たとえばコンマスや各パートの首席の人たちは必要上すごく苦労してちゃんと弾こうと練習しています。)、一概にアマチュアだからとは言えないのですが、やはりそういう傾向が強いです。
今日はC定期2日目ですからマチネーなわけで、皆さん演奏会に来やすいせいかすごくお客様が多かったです。朝比奈先生登場以来だとの話でした。今日私は12時過ぎにはホールに着いていたのですが、12時半を過ぎたころにはもうホールの入り口前に列が出来始めていました。開場10分前頃にはかなりの人が集まっていて、今日もすごいなと思いました。お昼に会場に着いたときには梯さんはステージの上で練習をされていました。横にはお母様がいて、細かく注意をされているようでした。新しい曲を覚えるときなどお母様の手助けがなければダメでしょうから、お母様とは良いコンビでやっていらっしゃるのでしょう。今日はアンコールにショパンの子守歌を弾かれました。(昨日はアンコールはありませんでした。)
今日の演奏会を聴いた人の話だと、ラヴェルは勿論良かったのですが、イタリアも良かったという話でした。今回の定期をとして強く感じたのは、クリヴィヌさんのように音量を控えめに弾かせていても、会場で聴いていて物足りなく感じないということです。日本の会場で弾いているとだんだん力に任せて弾くようになるのですが、ヨーロッパの人たちは不思議に良く響く音で弾きます。決して特別に大きい音ではないのに、良く響いて会場の奥まで音が届くのです。アメリカの演奏家はどちらかというと日本型に近い感じがしますが。今日など弾いていて「こんなんで大丈夫なのだろうか。」と心配になるくらい楽に弾いているのに、ちゃんと聞こえているようです。自分で弾く時にもすごく参考になるなと思いました。
今日の演奏会は梯Dayの様相を呈していました。いつもの定期以上に満員の盛況で、ラヴェルのピアノ協奏曲の反響はすごかったでした。ゲネプロの時は降り番の人が客席に一杯いて聴いていましたし、本番の時は楽屋のロビーのモニターの前に沢山の人がいました。
1曲目のシューベルト=ウェーベルンは10分足らずの短い曲でした。次の浄夜はクリヴィヌさんの良さが浮き出た演奏でした。テンポなどとても自由に扱われていて馴れない私達にとってはとても大変な曲でした。でも弱音などとても綺麗で印象的だったと思います。3曲目のラヴェルのピアノ協奏曲は先程書いた通りです。最後にイタリアですが、これも全体に弱音をとても大事にした演奏だったと思います。ヨーロッパの良く響く石造りの会場だともっと効果的なのでしょうが、NHKホールだといささか音量が足りないかなという懸念はあるのですが。本番の時にもとてもリラックスした指揮ぶりで、こちらも弾いていて思わずにこっとするというとても柔らかいキャラクターの指揮者です。
聞いた話では今回の件はほとんど完売という状態だそうです。(ちゃんと確認したわけではありませんが。)ほとんどの人が梯さんを聴きに来ていらっしゃるのだと思いますから、すごいことです。それだけインパクトの大きい演奏会だということなのでしょう。
今日は休日だったため道が空いていてとても助かりました。N響は勿論練習がありましたが。今回の定期の聞き所はヴィオラの梯さんのご子息剛之さんのソロによるラヴェルのピアノ協奏曲でしょう。私は降り番なのですが、練習の初めのところだけちょっと聴いたところではロン・ティボーの本選で弾かれた曲だけあってとても馴れた感じでした。梯さんは生まれてすぐ失明されて苦労されて日本ではハンディキャップのある人を受け入れる社会的素地がないということで、ウィーンにお母様と一緒に行かれたということです。5年前のエトリンゲンの青少年国際コンクールで優勝され、去年のロン・ティボー国際コンクールで堂々2位に入賞されたのは皆さんもよくご存知でしょう。
今回の定期は盛りだくさんの内容です。編成はいつもの16型ではなく14型になっています。管の人は楽なのでしょうが、弦はとても大変です。浄夜は難しいし、イタリアは休むところがない上に細かいところを粒を揃えて弾くのが難しいです。でも聴く分にはとても楽しい演奏会だと思います。
明日が休日の所為か今日は朝から道が混んでいて大変でした。クリヴィヌさんの練習は今日は2日目です。早口でちょっと小声でフランス語をベラベラとしゃべられるので、普段ほとんどドイツ語か英語で練習をされる私達としてはいささか面食らいます。ごく一部の人を除いてフランス語は通じにくいことが分かったクリヴィヌさんは英語でしゃべっています。とても明るい人で、ジョークも連発されます。身振りや歌っている姿からは曲に対するイメージがよく伝わって来るのですが、実際に弾いていると棒の動きが分からないことがあり、いささか苦労します。曲のイメージの説明はとても明るくて、ご自分もヴァイオリンを弾かれていたので注意の仕方もとても要領が良いです。ルバートの仕方など歌われているのは分かるのですが、棒を見ているとちょっと悩ましく見えます。イタリアなどはかわいらしい感じです。浄夜についてはとても強い思い入れがあるようで、すごく細かく要求されています。私達の戸惑いも時間とともに解消しているので演奏会は多分楽しめるものになると信じます。
このところ書いている譜面書きのソフトの話ですが、Finaleについては日本の販売元のカメオが対応してくれるようなので一安心しました。Sibeliusはとても高機能なソフトですからしばらく使ってもFinaleとどちらが良いかは結論が出ないでしょう。(1つ気に入らないのはSibeliusの登録の仕方です。インストーラーを使った後Sibeliusを起動するとシリアル番号とインストールしたパソコンのコンピューター番号が必要なのですが、インストールを再度するとコンピューター番号が違うものになってしまい、一度手に入れた登録番号は間違っているというメッセージが出て拒否されてしまうのです。それにサポートがちゃんと受けられない危険もあります。私は行きつけのスリースカンパニーに輸入してもらっていますので、サポートは向こうのソフト会社に直接しなければいけないのです。)後はどちらが能率的に譜面が書けるかですが、この点については今までFinaleを使って慣れているので細かいことをどうすれば良いかが分かっている分私自身の問題としてはFinaleの方が残りそうな気がしています。私はFinaleはMacを始めたころからつき合っているので、譜面を書くというとFinaleを基準に考えてしまう癖が身についているからです。これから新しく使う人とか、Finaleに慣れていない人にとってはNightingaleもSibeliusも選択肢に入ると思います。
今日はエマニュエル・クリヴィヌさんの練習初日です。このクリヴィヌという人はもともとはとても有望なヴァイオリニストだったようで、練習の時の注意を聞いていても弦のことをよく知っていることが伝わってきます。イタリアから練習が始まりました。練習の仕方はとても要領が良いです。2曲目はシューベルト(ウェーベルン)のドイツ舞曲です。3曲目はシェーンベルクの浄夜でした。シェーンベルクについてはとても思い入れがあるようで、初めはルバートとかよく分からずついて行くのが大変でしたが、しばらくしたら大体分かってきました。練習中にしゃべる言葉は英語なのですが、自分の思いを伝えたくなると出てくるのはフランス語で、なかなか思いは伝わらないようです。音楽の方はフランス人なのにドイツ音楽を魅力的に音にしています。とても楽しめる定期になりそうです。
一日練習したらグッタリ来ました。でも妙に充実感がありました。とても面白い人です。
最近新しいソフトが出ても、アップデートをしても私がMacを始めたころのようにドキドキするような気持ちになれません。最大の原因は今持っているソフトでもその機能はほとんど使い切っていない状態なので、新しい機能がついたとしてもそれがあまり魅力には映らなくなっているのだと思います。それはハードについても言えます。G4が出ましたが、どうしてもそれが欲しいとは思いません。今のG3のカードでどのMacもそこそこのスピードが出ているので、まだしばらくは現状のままで大丈夫でしょう。これもOSが変わって、古いCPUでは動かないソフトが多くなってくると放っておくわけにはいかなくなるでしょう。その時に安く手に入る機種に乗り換えるので充分のようです。(ある時に最高の機種を手に入れても、半年もすれば入門機種が一世代前の最先端と同じ性能を持つからです。)
これだけ早くCPUやインターフェースが変わっていくと、どんなに魅力的なものが出てもそれに入れ込むと次の世代になったときそれがお荷物になってしまいそうで、今持っているものを使えなくなるまで使い切るのが一番賢い選択になりそうです。
今日はNHKの509スタジオで録音がありました。今日久し振りに509に行ったらスタジオ前の風景ががらっと変わっていました。今までは廊下の巾が広くとってあったのですが、今日行ったらそれぞれのスタジオに付属の部屋が出来ていて廊下の幅が狭くなっていて違うところに来たような気がしました。今日は名曲アルバムの収録で、白鳥の湖、中国の民謡、プッチーニのジャンニスキッキの3曲でした。
明日からはN響初登場のエマニュエル・クリヴィヌさんのC定期です。
このところ時間が全然なくて今日もSibeliusはいじれませんでした。今まで愛用してきたFinaleの方もFinale2000がアメリカで出ているのですが、日本では私は英語版も登録してあるのにいまだにアップグレードの案内が来ません。日本でちゃんと対応してもらえると思うのでアメリカのCoda社ではなく日本のカメオに英語版の登録もしてあるのにです。(英語版と日本語版の両方登録してあります。)うわさによるとSibeliusに刺激されてFinale2000もすごく良くなっているというのですが、実物を見ていないので何とも言えません。
ところでお願いなのですが、時々本文のないメールをいただくことが最近3回ほどあります。折角情報を下さるのだったらぜひ本文付きでお願いします。
昨日楽しみにしていた譜面書きのソフトSibeliusが来たのですが、夜まで時間がなく昨日はほとんどなにも出来ませんでした。今日ちょっとやってみたのですがまだこのソフトを評価できるところまで分かりません。(そんなにすぐ分かるようなソフトではなさそうです。)ただどうやっても譜面を音を出して再生させることだけが出来ないのです。OMSの設定のミスのようなのですが、いくらやっても分かりません。同じ設定でFinaleからはちゃんと音が出るのですが。もう少し色々研究してみないと何とも言えません。
ところで昨日は市響の練習に行きました。メンデルスゾーンのイタリアとプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」の抜粋(曲目はN響のCDのものを拝借しています。)イタリアというのは聴く分には楽しいのですが、弾く側から言うと難曲です。まず1楽章が6/8であるところから問題です。昨日は本番の指揮者の早川先生が振られていました。ゆっくりしたテンポでちゃんと弾くことからやっていくという主旨のもとかなり遅めのテンポで問題があるとすぐ止って直すというやり方なので、時間が足りません。その後ヴァイオリンとヴィオラのトップと早川先生と私でこれからの練習の問題点を出していきました。来週の分奏の宿題もたくさん出されています。ヴァイオリンにとっては特に「タイボルトの死」は難物です。これはN響が録音したときもデュトワ先生に何度もヴァイオリンだけ弾かされました。たしかにそれだけ難しいです。
これが終わって家に帰ったらほとんど12:00で、その後Sibeliusをインストールして動かしてみたのですが、音を出すところでつまずいてしまい3時くらいまで悪戦苦闘しましたがダメでした。今日も少しやってみたのですがやはりダメです。本国アメリカではFinale2000が出ているのに、日本ではカメオからなんの案内もありません。日本でのサポートを期待してカメオに英語版と日本語版の両方を登録しているにも関わらずです。(メールでカメオに問い合わせたら8月中に案内を出すと言っていたのに何の音沙汰もありません。)
17日の演奏会の時に「スターバト・マーテル」の曲間で拍手が起こりそうでしたが、今日それについてメールをいただきました。メールを下さった方は拍手に対して「しーっ」と周りの人が言っていたが、そこまで沈黙を強要しなくても良いのではないかというご意見でした。これについては指揮者デュトワ先生が拍手をしないよう手で止めていらしたのですから、やはり拍手はしない方が良いだろうと思います。これは私の想像ですが、デュトワ先生はこの曲は宗教曲であり、始めから終わりまで通して一つのものだと思っていらっしゃるのでしょう。またソリストの役割もオペラのようにそれこそアリアが終わるたびに大拍手というのとは違うものだという考えだと思います。私自身はもっとおおらかでも良いように感じましたが、これは指揮者の曲に対するイメージの問題です。デュトワ先生は拍手が起こりかけたのを手で押さえているのですから、それは尊重すべきではないでしょうか。(先生は弾いていない時にもお客さんの集中力を奪わないよう必要もないのに動かないようにおっしゃっていました。だから拍手もして欲しくなかったのだと思います。)
それにしても拍手というのは色々な側面があります。一言で簡単には言い切れません。
昨日の演奏会は我ながらとても素晴らしいものになったと思います。合唱団のバランスの良さ、声の透明感など素晴らしいです。人数が少ないのに一人一人が声を張り上げるのではなく、豊かな響きの中に良くバランスのとれたハーモニーを聞かせています。年末の第九をスウェーデン放送合唱団でやってみたいという話が楽屋で出ていました。普段とはまるで違う第九になるでしょう。もし実現すれば。
昨日は演奏会の後打ち合わせがあって家に帰ったのがとても遅くてそのまま寝てしまいました。それで今日昼過ぎに昨日の報告だけアップしました。(13:30)
今日いただいたメールの中に、「クラシックのいわゆる名曲を、オルゴール風のMIDIファイルにして、みなさんに提供するホームページ」をやっていらっしゃる方(punktさん)からのメールがありました。色々な作曲家の有名な曲を取り上げています。皆様も是非このページに立ち寄られてみて下さい。ゲネラル・パウゼというホームページです。ゲネラル・パウゼとはオーケストラで全部の楽器が休みになる小節のことです。
![]()
今日はA定期の2日目でした。今日の演奏会は昨日よりノリが良い感じで、曲間で拍手が何度も起こりかけました。今日はテンポがゆっくり目で、昨日より余裕を持たせたという感じの演奏でした。今日は小山さんと記念に写真を撮ろうかと準備をしていたのですが、そのような展開にはならず残念ながら写真は撮れませんでした。演奏自体の印象は昨日と同じです。
ホールに車で来られる方も多いと思いますが、6月から今までのNHKの駐車場が使えなくなっています。これは新しいスタジオを造るためなのですが、私達出演者もお客様もNHKの前の公営駐車場に車を入れるようになりました。下手な場所に車を入れると駐車場を出るだけで30分以上かかるようです。もうお客様も慣れていて、今日あたりはそれほど時間もかからずに外に出られました。どこに止めたら早く外に出られるかについてはまだ私達の間でも結論が出ていません。最近はどこの会場も車を止めるだけで高い金を取られるようになってしまっています。
今日はホールでの練習でした。休日だったので首都高が空いていたので家から30分位で着いてしまいました。いつもこうだと有難いのですが。ところでホールでの練習の件ですが、スウェーデン放送合唱団はとても素晴らしくて、たった30人くらいの合唱団とはとても思えません。特に音色がベタッと重い声ではなく澄んでいるのに豊かな響きのある合唱です。ソリストもなかなかの好演です。私が今までやった合唱付きの曲の中でも1番素晴らしいと思います。
今回のメゾ・ソプラノのソロ小山由美さんは私の芸大時代の後輩で、現在はシュツットガルトに本拠地を構えていらっしゃるそうです。私が入団してすぐの頃合唱団の一員として歌われていた時以来久し振りに今回お会いしてとても懐かしかったです。声の質も私の好きなタイプの方です。N響定期初登場ですが、頑張って下さい。
このような個人的なこととは関係なく今回の演奏会は楽しめると思います。皆様もお時間があったら是非聴きにいらして下さい。最近は練習の最終日にホールで練習することが時々ありますが、N響もそこで練習できて演奏会も開ける自前のホールが持てるといいなというのが夢です。夢と現実の落差はとても大きいのですが。
今日はスターバト・マーテルとプーランクの練習でした。スウェーデン放送合唱団はあの少ない人数にも関わらずとても素晴らしい響きの合唱団です。今日の練習の時でも弾いていてとても楽しめました。デュトワ先生はすごい早振りタイプの指揮者なので、弾く時に棒とともに進むとすごく先に行ってしまうので、合わせるのが難しいです。もう何回もやっているのですが、このタイミングのとりにくいことは変わりません。先生の場合曲想を私達に伝えるのが主たる目的のようで、そのまま弾けという意味でもないように感じます。今まで何回もやっている曲と違うからかも知れませんが、今回は音がじっとりまつわりつかないように何度も注意されています。ロッシーニのあるところでセカンドヴァイオリンに”Fly!
”と言われたのが印象的でした。
明日はNHKホールでの練習です。演奏会場で練習できるということはとても有難いことです。ゲネプロで初めてホールで弾くよりは、いくら慣れているところであっても練習できればその方が良いです。(これは弾く側だけの都合かも知れません。どの会場で聞いてもN響はN響なのです。その意味ではオケの弾き方が一番影響力が大きいのでしょう。同じような事が楽器と演奏家についても言えます。弾いている人は楽器が変わるとすごくうれしいのですが、聴いている側から言うと楽器の違いより弾いている人の違いの方が影響は大なのです。たとえば普段Stradを弾いている人がVuillaumeを弾いても聴いているとStradで弾いているように聞こえるというのは実際にあるのです。[昔ある批評家が「さすがにStradは良い音がする。」と書いたのですが、実際はその時はVuillaumeを弾いていたというのは有名な話です。])
いくらホールの所為で音が変わるのではないと言っても、練習所とホールでは他のパートの聞こえ方はまるで違いますから慣れるには練習はホールで来たほうがずっと良いです。
今日は久し振りにデュトワ先生の練習でしたが、すごく熱の入った練習でとても疲れました。今日は力まないで柔らかい音で弾くことを何度も何度も注意されました。こういう曲をやるときはいつもやる曲と違って先がちゃんと頭に入っていないので気疲れします。弾き慣れた曲だと譜面など見ていなくても先がどうなるか分かるものですが。
この弾き慣れているということは2面性があります。曲の姿がとてもよく見えているというのはその良い面ですが、逆に言うとその慣れに甘んじて弾き方が何となく流れてしまうという危険性を持っています。超有名曲の場合は特にその危険性があります。オケにはそれぞれ自分のテンポというものがあります。指揮者がそれと違うテンポでやろうとするとすごく抵抗があるだろうと思います。若い指揮者が色々やろうとしてもそれについていかないことが起こります。これは意地悪でやらないのではなく、今までの長年の(場合によっては悪しき伝統かも知れません。)弾き癖が無意識に出るという面も非常に強くあります。弾くものとしてはそれでは勿論いけないのですが、オーケストラは協同作業ですからうまくいかないこともあります。どう意味かというとたとえば10人のうち9人までが気をつけて弾いていても、たった1人でも注意を忘れて弾くと出来上がりはまるでダメになってしまうのです。ですから今までとは違う弾き方をさせるということは、上手く皆をまとめられない危険性を色濃く持っているのです。(オケの都合に合わせて安全運転しろといっているのではありません。それにオケとはこんなものという先入観念で全てを理解したつもりになってはいけないでしょう。)ここで指揮者の統率力がモノを言うのです。ベテランの人だと振りながらそのオケがどの程度の力があり、どこまで要求できるかがよく分かるようです。
デュトワ先生はいつもその要求のレベルが高いので、ただついていく以上に色々な所の音の表情を追及するので、我々としては練習が終わると「ああ、これだったのだ。」という感じになるわけです。(適当に妥協しないからこそ良い演奏が出来るわけですが、1日練習するとグッタリ来ます。)
いよいよ明日からはA定期の練習です。N響は宗教的合唱曲をあまり演奏しないので、ロッシーニのスターバト・マーテルもあまり演奏することはありません。プーランクの「テネブレの7つのレスポンソリウム」も勿論初めてでしょう。今回のデュトワ先生の定期は2つともスウェーデン放送合唱団の歌がついています。去年のブロムシュテット先生のバッハのロ短調ミサ曲とこの前のB定期はともに降り番だったため今回初めて共演させていただきます。とても楽しみです。今月の2つの定期はデュトワ先生から想像される曲目とはちょっと違ってレクイエムとかスターバト・マーテルとかの宗教曲です。今まで先生の取り上げてきた曲と何となく接点がないような感じがしますが。
10月の定期は指揮者がイルジ・コウトさんに変更になりました。シュタイン先生の体調が不充分なためのようですが、とても残念です。N響の指揮者には高齢な人がとても多いですが、時々突然来日不可能というようなことが起こります。事務局はちゃんと来日されるまでは不安だというケースがとても多いようです。
今日は久し振りに市響の練習に行きました。12月のファミリー交響楽の演奏会に向けての練習です。今回のプロは1曲目がメンデルスゾーンのイタリア、2曲目がプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」の抜粋です。アマチュアオーケストラとしては異例とも言える挑戦的なプロです。ロメオとジュリエットの曲目はN響がCDに録音したものをそのまま取り上げています。かなり前からロメオとジュリエットをやりたいということで、プロを作っていたようですがイタリアとのカップリングということで落ち着いたようです。弦から見るとこのプロはアマチュアでなくとも「死にそうな」プロです。イタリアは弦は休むところがほとんどなく弾き詰めになっている上に、細かいところがとても難しいのです。ロメオとジュリエットは第1,2ヴァイオリンが特に難しいです。今日もその一番難しいところから練習が始まっていましたが、皆よく健闘していました。N響が録音したときもデュトワ先生に何度もヴァイオリンだけ分奏をさせられました。前から大学のオーケストラは非常に意欲的な曲目選びをしていましたが、最近は社会人のアマチュアオーケストラもそれに負けず劣らず難曲に挑戦しています。(市響は前から大曲に挑戦し続けています。)
こうなってみるとアマチュアオケの路線というのも大変難しくなっていると思います。ちょっと前までは楽しみに弾くために同好の士が集まって演奏する場でしたが、今では学生時代大学オケでやっていた人たちが卒業してからの活躍の場としてアマチュアオケに入ってくるようになっています。こうなると世代によるアマチュアオケ感の違いも一つの大きな問題です。(若い人たちは見ていると皆かなり弾く人たちが多いです。)今日も練習を見ていると、ロメオとジュリエットに閉口している年配の方達と自分もプロオケが弾くような曲に挑戦したいという若い人たちの落差が目立ちます。私自身はやる以上は上手くなることを目指して欲しいのですが、ここまで難しい曲ばかりのオンパレードになると年配の方の面食らう姿が気になります。今までアマチュアオケ活動の先端を担って来た方達が突然自分の歯の立たない曲を続けて取り上げられるようになっているからです。技術だけがアマチュアオケにとって大切なのか、やる気だけでは認めてもらえないのかという問題です。
プロのオケの場合はどんな曲でも弾けなければ仕事にならないのです。ですがアマチュアオケの場合はどう考えるべきなのかは、簡単に結論は出せません。それぞれのオケによって答えは違うでしょう。ここしばらくはどのオケもその問題と直面して、それぞれのオケの結論を決めないといけないでしょう。この結論はどうあるべきかという建前論で解決のつく問題ではありません。(上手い人だけが必要だという路線を貫くとオケを成り立たせるだけの人を集めることがとても難しくなるからです。またコンマスとかパートのリーダーだけが弾けても、オーケストラにはならないのです。いやでも色々なレベルのまた色々な考えに人たちによる協同作業が必要になります。)
今日は1時間半くらいしか練習を見ませんでしたが、これからのことを考えて色々考えさせられました。
体の動きと音という話の続きです。
体の動きは弾く側を助ける場合もありますが、動くために弾きにくくなっている場合もあるのです。体が動いていないので一生懸命弾いていないという批評が出ることもありますが、それほど物事は単純ではありません。ピアニストでもほとんど動かずに何でも見事に弾いてしまう人もいます。これは見ているととても爽快です。逆に動いてはいるのですが、体の動きに振り回されてしまっているように見える人もいます。(こういうことは後ろから見ているとカデンツァの時などによく分かります。)
体も動きにも2つの方向があります。1つは縦方向、1つは横方向です。縦方向の動きはプラスにならないというのが定説です。弾き出しのアクセントなど縦方向の動きに見えますが腰が本当に上下に動いているのではありません。横方向の動きは演奏を助けるというのですが、これも限度があります。体の動きを支えるのは足の開いている幅です。足を開いていれば体重を左右に動かしても体はぶれません。(足を開いて体重を右足と左足にかけてみれば体がどれぐらい動けるかが分かります。足を少しづつ開いていってみるとこの体重の移動はだんだん自由になっていくのがよく分かると思います。ですから最初に構えるときに足を肩幅に開くように言われるのです。)客席から見ているとわざと動いているのか本当に内的な要求から動いているのかは判断は難しいかも知れませんが、私達のような位置から見るとそこら辺のことはよく見えます。
見ていて楽しいかということと、その動きが本当に演奏の役に立っているかということは全然次元の違う話だと私は思っています。
今日はいただいたメールに対する答えをここに書きます。
1つは、「完璧にを目指すには一日1時間では足りないし、しかし、4歳児の集中力は1時間が限度のような気がします。それと、誰にも注意されずめちゃめちゃな弾き方(ぎーぎーならしたり、弓を斜めのままひいたり)をしたいらしいのですが、一日の練習の後、それをやらせていいのでしょうか。」という質問です。
4歳児の集中力は1時間が限度という件ですが、練習はなにも連続してやらなくても良いのです。20〜30分位の短い練習を何回かやればもっと長く練習できます。誰にも注意されずに弾きたいという希望は誰でも持っています。ある程度はそうやって発散させた方が良いと思います。
もう1つは昨日の定期を聴きに来られた方が、デュトワ先生の身振りとN響の団員の体の動きのなさに違和感を感じたというものです。(この方は体を動かすのが良いと言われているのではありません。)音色はちゃんと棒に合わせて変化しているので、見た目の問題なのですが、いささかミスマッチだったという感想です。たしかにその傾向はあると思います。ヨーロッパのオケはノリの良い演奏をしているのに、N響はなぜそういう弾き方をするのかと言われると返事はいささか難しいです。1つの理由は指揮者の要求に応えるのには体を動かさないで弾いた方が合わせやすいということがあります。たしかに見ていて体が動いている方が楽しいのは事実です。
昨日の定期は選曲も良くてきれいな演奏で、新しいシーズンの始まりらしい良い演奏だったというご感想も一緒に送って下さいました。
ところで最近続いて2人の方から、日本人のヴァイオリンの音は汚いというのがヨーロッパでは定説になっているという話を聞きました。2人とも右手の人差指にものすごく力を加えてギシギシ弾く人が多いのを嘆いていらっしゃいました。若い人の中には良い教育を受けて綺麗な音で弾く人がだんだん増えているので、私はしばらくしたら解決するのではないかと思っています。最近の特徴は腕自慢の人はギシギシ弾いて、普通の人は安全運転で済ましている人が多いように見受けられます。
昨日の練習法の話の続きです。難しいところを練習する時はまず右手と左手を別に練習することです。片手づつ出来るようになってからゆっくり両手を一緒にしていくと良いです。出来るだけ単純にして確実にできるように分解してから練習することです。結果を焦って1つづつの要素が確実にできないのにそれを組み合わせる練習に取り掛かるのは最悪です。
最悪の練習法は出来上がりのテンポだけで初めから弾き、間違えたら弾き直して終わりまで弾いて終わりというものです。これは何回繰り返しても絶対に上手くなりません。(この練習法で何年やっても絶対に上手くなりません。)
中途半端な練習は悪い癖をつける役にしか立ちません。きちんと練習すると自分はちゃんとやったという自信がつくのです。これは本番で弾く時にすごい助けになります。
今日新日の新体制についてのメールでがありました。当方では確認をとっていないのでここには書きませんが、今はどのオーケストラも生き残りをかけて大変な時期に入っているようです。これはどのオケでも同じですが、一番経費のかかるのは人件費です。ここをどう上手く運用するかが事務局の腕の見せ所になるのです。うわさの段階では色々な話があるのですが、真偽のほどは定かでないのでそれについてはここでは触れません。
今日は前にお約束したボーイングの練習についてこちらに書きました。とても大切なことですから、是非参考になさって下さい。
今日は降り番ですが用事があるので練習所に行きました。デュトワ先生の練習が始まっていました。今月の定期はデュトワ先生は2つ(BとA)を振られますが、どちらもスウェーデン放送合唱団が入ります。去年の10月バッハのロ短調ミサ曲は降り番だったので今回の次のA定期で初めて弾くことになります。とても楽しみです。
ずっと書いて来た弦の話は一応解決しました。後は弦の太さの微調整が残るだけです。今日楽器屋さんに行って弦を交換してみたら、反応が大体思っていたようになっているので、これで行こうと決めました。他の楽器の場合は今までの太い弦でも発音が難しいという問題なく弾けるので、これは私の楽器特有の問題のようです。
これは私の経験から言えるのですが、思ったように弾けないときに弦を替えてみるというのも良い試みです。今ではガット弦で使えるのはピラストロしかありません。普通のオイドクサとオリーブの2つのシリーズがありますが、オイドクサでは弦の張りが弱いように感じます。ですからオリーブしか選択肢はありません。オイドクサは一時特にA線がとても不安定な時期がありましたが、最近は割と安定しています。ナイロン弦では皆さんがよく使うドミナント(私は何回かドミナントを試したのですが、いつも20分も弾くとこの音にウンザリしてしまいます。N響の人でもドミナントが良いという人はたくさんいらっしゃるのですが、私はどうしても馴染めません。)かオブリガートあたりしかないでしょう。ただオブリガートは結構高いそうで、これだったらガットの方が良いのではないかと思ってしまいます。ガット弦を作るメーカーがどんどんなくなっていく昨今ピラストロにはずっと頑張って欲しいです。
N響は今日は次の大河ドラマのテーマ撮りでしたが、私は降り番でした。明日からはB定期の練習ですが、こちらも降り番です。当初はこの時期ドイツに行く予定だったのですが、色々な事情から取りやめになってしまったのです。
この前の旅行の間中弦を替えたことに慣れようと思っていたのですが、旅行中は思ったように弾けないし慣れていない場所でしか弾けないので、どういう音が出ているかを冷静に判断できませんでした。家に戻っていつもの環境で弾いてみると絶対に今の方が良いと言えます。今までの弦だと楽器が強い弦に押さえつけられた状態になっていたようです。
ただ軽い弦にすれば良いというほど単純なことではありません。いくら簡単に発音できると言っても細すぎるとボリューム的に物足りないものになってしまいます。細すぎる弦だと音が実のない音になってしまうのです。楽に弾けることばかりを重要視して楽をするのは絶対にいけないのです。でも弦に振り回されてしまうのは考えものです。その人の肉体的音楽的条件によって出てくる結論はかなり違うものなるでしょうが、それぞれの人がちゃんと考えて自分なりの結論を出さないといけない問題です。
ですが今は弦の選択肢はあまりありません。どう考えても3〜4種類くらいしかまともな弦はありません。ですからそれほどの手間をかけなくても最善の組み合わせは見つけられるでしょう。
今日は演奏旅行から戻って初めてレッスンをしました。2週間近くレッスンが出来なかったのですが、人によって出来栄えはかなり違います。特に強く感じたのは練習をちゃんとしていないのに、先生に良いところだけを見せようと思っている子の場合の事です。弱みは見せたくないので色々先回りして注意をしようとするのですが、しょせん練習不足なのですぐに馬脚を現してしまうのです。こういう場合弾く前から体がガチガチになってスムースに弓が動かないのです。こういう子はこちらが練習してないことが分からないと思っているようですが、こちらは部屋に入ってくる時の態度で練習してないことなど見えているのです。練習してないことを隠せるとでも思っているのでしょうか。
これは大人の場合にもある事です。社会人ですから仕事で練習できないこともあるでしょうが、いつも練習してないと何でレッスンに来るのだろうと思ってしまいます。こちらは上手くなりたいと思っていることを前提としてレッスンしているので、こういう人を見ると完全に小遣い稼ぎモードに入ります。(レッスン時間の間だけ当たり障りのないことを言って、時間が来たら「はい、終わり!」と言ってレッスン代だけ頂くということです。こういう人の場合何年経っても少しも進歩しません。)
こちらはこういうレッスンは楽ですから一向に構いませんが、レッスンを受ける側はこれでためになるのでしょうか?上手くなるために弾いているのではないという場合はそれで良いのでしょうが、「じゃあ一体何のためにこのクソ面倒臭いヴァイオリンを弾いているの?」と言いたくなります。
でも時間をやりくりしてレッスンに来るだけの労はいとわないのですから、弾くことは楽しくていつかは上手くなりたいと思っているのでしょうから、何かの時に目覚めるのではないかと信じながらいつもレッスンしているのですが。
演奏旅行から帰って落ち着く暇もなく今日はあるオーディションがありました。若い人が頑張って弾いている様子は気持ちの良いものがあります。ちょっと残念なことは思いきりの良い演奏より安全に弾こうという人が多かったことです。一発勝負をかけていくという演奏を期待していたのですが。また自由曲なのになぜその曲を選んだのか理由が見えてこないという人も多いです。1つ傾向として言えることは、ヴァイオリン・ソロの曲を弾くのはよほどちゃんと弾ける人でないと損だということです。ピアノ伴奏のある曲の音色の変化にヴァイオリン・ソロで勝つのは並大抵のことではありません。審査員は全員男だったのですが、受ける人は1人だけ男で、後は全部女性です。音楽をやるのは今ではほとんど女性ということになってしまったのでしょうか。
色々注文をつけましたが、こういう場で若い人の演奏を聴くと良い刺激になります。家に帰ってから自分で弾くのもとても楽しく感じました。
演奏旅行も終り東京に帰る「のぞみ」の車中です。8.31に書いた演奏旅行モードについての話ですが、実はもう何年も前から演奏旅行モードはなくなっているのです。私が入団した頃は演奏旅行というと同じような曲目で旅行するということが行われていました。東京の定期でやる曲と違ってN響は旅行というといつも新世界しか弾かないという話があったりしたものです。これはポピュラーな曲でやってもらわないと困るという主催者の希望が強かったことも影響があったのですが。ところがここ何年かは定期と同じ曲で演奏旅行をするようになっています。これは海外のオケが日本中を回るようになって色々な曲を弾くようになったことや、定期の様子がどんどん放映されるようになったことなどが原因だと思います。ここ何年かは曲目1つをとっても気楽な演奏旅行などありません。
演奏旅行というのは私たちにとっては観光旅行ではありません。実質的に観光をしているような時間などないし、大きい都市だともう10何回目というようなことも多いですから、いまさら観光することなどありません。(新入団員にとっても観光している余裕は実質的にないと思います。)私自身について言うと移動がなくて自由時間が多くとれる時(演奏旅行の場合は4日本番があると1日休みをとることになっています。会場の予定のために3日で旅行日になることもあります。)以外は出来るだけ消耗しないように気をつけています。演奏旅行の楽しみがないのかというと唯一の楽しみは本番後の食事です。それぞれの地方の名産を地元で楽しむことです。フラッと入った店でとても美味しいものを食べられたりすることがあるので、それを楽しみに一生懸命弾いているのです。
今では指揮者が言わなくても自分たちで合わせてN響として恥ずかしくないレベルにもって行こうという意識が非常に強くなっています。昔のことを思い出して軽い気持ちで書いた言葉ですが、誤解を招くといけないのでここに書きました。