ひとりごと99年3月分  


このページは私の日記のようなものです。私の感じること、周りで起こったことを書きます。


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3.31

 いよいよデュトワ先生の定期の練習が始まりました。レパートリーの拡大という路線にのって今回は全て余り弾かれない曲ばかりです。レパートリーが広くてフランス物、ロシア物、現代曲と多岐に渡る先生らしい選曲です。中ではラ・ヴァルスが一番弾きますが、それでもそんなに頻繁に弾く曲ではありません。練習時間の始まりにいつも通りさっそうと先生が登場されそのラ・ヴァルスから練習が始まりました。それからラフマニノフの交響的組曲を弾きました。これがとても難しいのです。リズム、アティキュレーションが難しいのです。次にストラヴィンスキーのディヴェルティメントをやりましたがこれもなかなかの難曲です。こういう曲を要領良く練習されていく腕前は見事です。特に練習時間があまりない時のまとめ方はいつものことながらうまいです。最初にN響で振られた春の祭典の時のことは今でも鮮烈に覚えています。この変拍子の曲がごく当たり前の曲に聞こえてきたのです。その時は春の祭典はそんなに複雑な曲ではないのだと思わされました。その当時と比べると先生の指揮も今ではかなり変わられました。この春の祭典というと私がもう一つよく覚えているのは某有名指揮者が最後の変拍子のところで「私の棒を見ないで!」と言ったことです。
 このストラヴィンスキーというのはデュトワ先生のもっとも得意とする曲でしょう。今回のディヴェルティメントはチャイコフスキーの"Muse"に触発されて書かれたとヴァイオリンとピアノに編曲された版(Samuel Dushkinがヴァイオリンパートの編集をしています。)の譜面には書かれています。去年の11月の中国公演の時の「ペトルーシュカ」も当然先生の十八番です。「火の鳥」もやってみたいし、もう一度「春の祭典」もやって前の感激を再確認したいです。


3.30

 昨日書いたことの続きですが、それほど大したことのない人でも向こうの人が持っているのに日本人に欠けているのが音に対する感覚です。演奏家でも同様でこの問題は指揮者だけが抱えているわけではありません。弦楽器でも日本人は確かに指はまわるのですが、たった一音でお客さんを魅了するというような音を出せる人は大変少ないです。器用さで物事を解決しようという感じがどうしても強いのです。これは日本人に共通する問題点です。
 ヨーロッパを活動の中心にしている人の中には日本人離れした音を出す人がいますが、そういう人も日本に帰ってしばらくするといかにも日本人という音になります。これは気候のなせる業なのかもしれません。ですがいずれにしろ日本にいる人が良い音を持ち続けるというのは至難の業だというのが現実でしょう。
 向こうの指揮者はちょっと不器用だったりしても音の点についてはちゃんとあるレベルに達しています。ムントさんにしてもテンポがちょっとモタモタするような感じがするにしても、ワグナーなどただ力んで大きいだけの演奏とは一線を画してちゃんと実のある音がしています。私達も常にこういう音を出せるようにならないといけないということなのでしょう。(指揮者がどうであれ!それが私達の目指すべき線でしょう。)

 いよいよ明日からデュトワ先生の登場です。今度の定期の1曲目のストラヴィンスキーのディヴェルティメントは作曲者が自分でヴァイオリンとピアノのために編曲した版があります。前にパールマンがリサイタルで弾いたのを聞いて面白そうな曲だと思って楽譜を探しレコードを買って弾いてみたことがありますが、かなりの難曲です。でも楽しい曲です。この曲は前にも誰の指揮だったか覚えていませんが弾いたことがあります。ストラヴィンスキーがヴァイオリンのために書いた曲の中では私は一番好きな曲です。


3.29

 今日の演奏会を終わっての印象は、ムントさんは特別に印象の強い指揮者ではないのですが、やはり日本人の指揮者とは一味違う何かを持って入ということが一番強く感じたことです。この音色というか味は日本人の指揮者に決定的に欠けている部分です。テンポ感など弾いていてうなずけないところがあるにはあるのですが、この音に対する感覚だけは脱帽です。
 会場の音響について言うとどちらかと言うと昨日のみなとみらいの方が良いような気がします。私は昨日の方が好きです。

 

 今回の3連戦は段々演奏も馴染んでいったという感じです。ただ今日が一番良いかというとそうとも言えません。というのは指揮者とオケの間で微妙にずれがあり、残念ながら私達としては不本意でした。協奏曲もソリストと指揮者の間にちょっと差があるという感じでした。全体としてはゆったりとした中に良い響きがしてムント氏そのものという趣の演奏会でした。

 あさってからはいよいよデュトワ先生の定期が始まります。最初はラ・ヴァルスがメインです。次がマーラーの巨人、そして最後がプロコフィエフの5番です。(このプロコフィエフでアメリカ旅行をします。)アメリカ旅行のプロは、
グバイドゥーリナ/イン・ザ・シャドー・オブ・ザ・トゥリー
シベリウス/ヴァイオリン協奏曲(サラ・チャン)(A)
バーバー/ヴァイオリン協奏曲(イツァーク・パールマン)(B)
プロコフィエフ/交響曲第5番
Aプロはアン・アーバー、シカゴ、ワシントン、Bプロはニューヨーク、ボストンです。


3.28

 今日はみなとみらいホールでの演奏会でした。収容人員2020人の大ホールです。ステージの上で弾いているとなかなか良い響きに聞こえたのですが、会場で聞くとピアノとか打楽器とかのたたく音は良いが、弦楽器の音は演奏雑音が大きく聞こえてきてあまりきれいな音色に聞こえないという話でした。私には昨日の地元の市川文化会館よりずっとまとまっているように聞こえましたが。
 みなとみらいというのは桜木町の駅前に新しく出来た一大ニュータウンで、ショッピング、ホテル、グルメと色々な楽しみの出来る場所です。今日のホールのすぐ隣に大観覧車が出来て、そこに人がたくさん集まるので車で行くときには注意するようにお達しが出ていたのですが、行き帰りともに大したことはありませんでした。

 正面の低い建物がみなとみらいホールです。私は10時過ぎにはここに着いていたのでまだ道はガラガラでした。この地下には地下5階まで駐車場があります。

 

 やはり本物のオルガンの響きはすごいもので、昨日とは大違いでした。6月にもまたここで演奏会がありますが、とても楽しみです。先程の弦楽器の音の件ですが、ここではどのオーケストラでも弦楽器はがさついて聞こえるという話です。オペラシティーに似ているとその人は言っていました。
 今日の演奏会では1曲目のマイスタージンガーはちょっと遅いかなという感じで、2曲目の皇帝も遅めのテンポでじっくり聞かせるという弾き方なので、前半が終わったらいささか疲れました。後半のツァラトゥストラもいくぶん遅めのテンポであまり暴力的なフォルテにならないように気をつけながら弾かせるという指揮ぶりでした。

 今日は2つうれしくない話を聞きました。どちらもこの不景気に関連した話なのですが、1つ目は今朝の毎日新聞に大きく載っていたのですが、カザルスホールが親会社主婦の友社のリストラにより2000年3月で自主企画が終わりになるということです。その後は自主企画はやらずに貸しホールで行く道を模索しているというのです。2つ目は前に来年の仕事始めに市川で演奏会があると書きましたが、どうもその演奏会はキャンセルになりそうです。これは演歌をやれば会場は満員になるがクラシックでは満員にならないのでそういう採算の取れないことはやるべきではないという意見が大勢を占めているからだそうです。確かに金がなければ演奏会も出来ないでしょうが単なる貸しホールとは違うという前提で文化を支えるという趣旨でやっているであろうホールがこのような文化活動からの撤退するというのはどんなものでしょうか。こういう演奏会のキャンセルというのは最近時々ありますが、この演奏会にかかる費用以上の何千万単位の無駄を放置しておいて何で演奏会をやり玉に上げるのでしょうか。
 ラジオで東京都の財政危機に関連して芸術劇場が無駄だということを得々と言っている人がいましたが、文化施設は全て無駄だということなのでしょうか。文化施設は使う人もいれば使わない人もいます。そういうすべての人が使わないものはやめるべきものなのでしょうか。音楽に興味のない人にとっては芸術劇場は無駄かもしれませんが、自分が興味がないからといって芸術劇場が無駄だということにはならないと思うのですがいかがなものでしょうか。本を読まない人にとっては図書館は無駄、美術に興味のない人にとっては美術館は無駄ということですか。こういうことを短絡的に言う人を私は信用できません。
 同じようなことは演歌なら人が入るという発想についても言えます。私に言わせれば演歌のコンサートを文化会館で聞くために私は税金を払っているのではありません。
 音楽に限らず文化とは何かということを考え直すときが来ているのでしょう。でもこれはしょせんその人の価値観によるのであって、万人の賛成を得られるような結論は絶対に出ないでしょう。


3.27

 今日は地元市川の演奏会です。いつも市響の時に感じるのとは全然違う響きです。不思議とここでの演奏会の日は雨が降るのです。今日も雨の上に夕方になると一段と寒くなってきました。

 

 左の写真は私の座っている位置から会場を撮ったものです。ここにはオルガンがないのでオルガンを運んできてやっています。(楽屋ではどうしてここでツァラトゥストらをやるのだろうかという話で持ち切りです。)座っている場所の後ろからオルガンの音がすごい音で聞こえてくるので面食らいます。いつもの響きと今日の響きのどちらがこのホールの本当の姿なのでしょうか。質的には今日の方が良い響きですが、湿気のせいか少しもやっとしています。お客さんが入るとまた違うでしょうから結論は演奏会が終わってから出します。(18:20)

 本番が終わって色々な人の感想を聞いてみるとステージの上での印象とかなり違うことを言われました。弦楽器の音が頭の上を素通りしている感じで管楽器と打楽器の音ばかりがよく聞こえてくるというのです。会場のせいかN響の並び方の問題かやってみないと分かりませんが、私の感じではステージの前に出すぎていることが最大の原因のように感じました。
 演奏の方について言うと全体にテンポが遅く、マイスタージンガーなどテレビのコマーシャルで聴いているのが頭に残っているのでテンポが延びて聞こえたという感想を言っている人がいました。テンポが遅いことが一概に悪いとは言えないのですが、ちょっとすき間が埋まりきらないきらいはありました。でもこのゆったりしたテンポがムント氏の最大の特徴ですから、これは個性の問題です。ただツァラトゥストラの初めの4小節など普通の場合の倍くらい長いように感じましたが、これではトランペットのテーマが出るまで管楽器の息が持ちません。
 アンコールはシュミットの歌劇「ノートルダム」の間奏曲でした。この曲は初めて弾く曲です。ルバートが沢山かかるので合わせるのがとても難しい曲で、アンコールにちょいと弾くには難し過ぎます。
 チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲はソロの弾き方がよく呑み込めないので、ピタッと合ったという感じではありませんでした。客席ではあまり音がよく聞こえなかったといっている人がいました。明日からは練木さんの弾く皇帝が2曲目の協奏曲になります。(23:20)


3.26

 今日の練習はとても大変分量の多いものでした。ツァラトゥストラ、マイスタージンガー、2つの協奏曲です。ムント氏の指揮のいかにもドイツ人らしいこだわりを持った音楽感はとても参考になる部分があります。たとえばツァラトゥストラにしてもマイスタージンガーにしてもよくフォルテはただ大きいだけという演奏が多いのですが、フォルテでもよくコントロールされたものを要求されています。これについてもっとも印象的なのは、ライトナー先生です。先生は単にフォルテ1つのところを無神経に大きい音で弾くとすごく嫌そうな顔をされて「Only Forte, Yeah!」とよく言われたのです。向こうの人にとってはフォルテとフォルティッシモの違いはとても大きいもののようです。今回もマイスタージンガーでフォルテであるが柔らかい音を出すように強調されています。
 今回のソリストは2人とも楽器も違うのですが何となく似ているような気がします。何がと言われると説明しにくいのですが。
 今回の3連戦の中で一番興味のあるのは横浜みなとみらいホールです。どんな外見でどんな音がするのか楽しみです。(私はまだみなとみらいホールに行ったことがありません。)


3.25

 明日からは私の地元市川を初めとするシリーズの練習です。ウーヴェ・ムント氏の指揮で、

1.ワグナー/楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
2.チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲(戸田弥生)(市川のみ)
 ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番「皇帝」(練木繁夫)(横浜、芸術劇場)
3.R.シュトラウス/交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」

というプロです。ムントさんらしいドイツ音楽を中心とするプロで、その中でもワグナー、シュトラウスという大編成の曲です。ツァラトゥストラなどをこういう近郊の演奏会でやることは珍しいです。今回は市川、横浜、池袋ですから前回より移動の負担は少ないです。

 昨日の演奏旅行の話の続きですが、国内旅行などは今では荷物は少ないのでどうということはないのですが、海外旅行ではそうは行きません。1ヶ所しかいかないのなら天候の心配もそこだけすれば良いので楽なのですが、何ヶ所か行くとなると全てに合うようにするには大変です。私は基本的にジャケットを中心に、暑ければサマーセーター、寒いときは暖かいセーターをジャケットの中に着込む、足りなければコートを着るというふうにして対応するようにしています。それでも2週間以上にもなるとジャケット、スラックスともに予備を持って行かないといけないので急に荷物が倍くらいになります。それに外国では日本食を食べたくなった時用にご飯と缶詰めやラーメン、パックのコーヒーなどを鍋と一緒に持っていくので大変です。でも結局帰ってくるまでに一度も使わないものが結構たくさんあります。毎回今回は荷物を減らそうと思うのですが、最後の最後で荷物が増えて一回り大きな旅行カバンを持っていくことになってしまいます。それにモバイル用の用品として普段のカバンに色々な国用のコンセントのセット、200V用のコンバーター、モデムカード、モデムセーバー、HDがクラッシュしたときの予備用の起動可能な外付けHD等々たくさんのおまけがつきます。予備のHDなど今まで1度も使ったことはないのですが、万一のことを考えて一応持って行きます。前回の中国旅行の時も部屋の中は延長コードの先にナベ、Powerbookなどをタコ足配線で色々つないでいました。中国では電話機のジャックが日本と同じだったのですぐカードにつなげましたが、ヨーロッパなどではそのアダプターももって行かないといけません。というように海外旅行は準備が国内旅行の何倍も大変です。それでも外国に行くのは国内旅行と違って楽しいですが。


3.24

 今年から3月も演奏旅行になったのは私達弾く側から見るときついです。中距離地域という分類に入るのですが、東京から200km前後の距離を日帰りで往復しての演奏会の連続は大変です。宿泊を伴う演奏旅行の方がずっと楽です。家に帰ることが出来るのは良いのですが、演奏終了後家に帰るのが一仕事なのです。
 入団当時は演奏旅行というと半月くらい前からホテルや切符を手配して用意周到にやっていましたが、今ではそれこそ2〜3日前にならないとなんの準備もしません。海外旅行でも同様です。(海外旅行の場合は移動や宿泊は団でやってくれるので、自分でやるのは荷物を作ることだけです。せいぜい2時間もあれば準備はできてしまいます。国内旅行の準備は30分あれば充分です。)私の場合Powerbookを持ち歩くのでそれだけ荷物が余計になるし、自分で楽器を持ち歩くので荷物は最低でも3つあります。楽器を団に預ける人は小さい旅行カバンを1ヶ持っていくだけと身軽です。今では温度管理の出来るトラックで楽器を運んでもらえるので、楽器を預けて旅行しようかなと考慮中です。あるいはPowerbookを入れられる旅行カバンがあると良いのですが。
 今では旅行の時にホテルの斡旋があるので、自分で心当たりがないところは全部これに頼っています。列車はJRの電話予約センターに電話して切符を予約してそれを駅の窓口で発券してもらいます。これはとても便利なサービスです。
 旅行カバンは今はこの前のヨーロッパ旅行の時パリのド・ゴール空港でお土産を入れるために買ったサムソナイトのキャスター付きのカバンを使っています。衣装ケース兼用なので大きさの割に荷物が入らないのですが。入団当時はたくさん荷物を持って行ったのですが、今は着替え3組と整髪料とヒゲそりセットだけです。暇つぶしのMac関連の雑誌も1,2冊もって行きますが。
 演奏旅行中の一日は朝7時半くらいに起きてそれから風呂に入り身支度をしてから朝食を食べに行きます。それから11時前後の列車で次の演奏地に向かい、2時頃ついて昼食をとり荷物をホテルにおいて会場に行きます。会場練習、本番の後ホテルに帰り荷物を置いてから飲みに行き、ホテルに帰ってからホームページの更新をします。(旅行中は寝る前には風呂に入りません。)そして寝ます。私の悪い癖なのですがよくテレビをつけっぱなしで寝入ってしまい気がついたら朝ということがあります。定年間近になると演奏旅行が妙に楽しくなるそうですが、今はあまり関心がありません。


3.23

 昨日おとといと長距離を車で動いたのでさすがに疲れました。(2日間で700km運転しました。)同乗者がいたので話をしながら行きましたから、退屈はしませんでしたが。昨日あわてて家を出たのでディジタルカメラを忘れたのが悔やまれます。

 最近は地方にたくさん立派なホールが出来ています。演奏旅行に行くと大抵何ヶ所か新しいホールに会います。新しいホールは大体湿気がまだ落ち着いていなくて響きがぼやっとしているケースが多いです。今回のホールでは館山がとても良かったです。ヴァイオリン協奏曲を会場の2階席で聴いた人は感激していたそうです。
 問題はこの会場で何をやるかです。大ホールなどでオーケストラが演奏会を開くのはとても珍しいですからこういう会場のピアノもなかなか弾かれる機会がないので、宝の持ち腐れになってしまっているケースが多いです。それに会館の運営上入場者数だけを問題にする場所が多いのも困りものです。クラシックなど数だけを問題にされたらすぐ潰されてしまいます。
 また小ホールは発表会などによく使われるので利用される機会は多いでしょうが、大ホールともなるとなかなか使われないです。ホールは何回も使って細かいところを調整することによって更に良くなっていくのです。使われる機会がないとどこが問題なのかも分からないまま何年と過ぎる結果になってしまいます。バブルの頃に出来たホールはこういうところが多くて、立派なホールを建てただけという結果になっている所は多いです。日本中のホールを全て有効に使えればどんなにか良いでしょう。今の手持ちの施設を活用するだけでも素晴らしいと思います。今回館山まで運転していて途中にたくさんこういうホールを見かけました。演奏する側もどんどんこういうホールを使い、ホール側も良い演奏会開くことによってその土地の音楽は発展していくのです。ヨーロッパはこうして発展していったのです。日本もそうあって欲しいです。
 演奏家の皆さん、地元のホールをもっと活用しましょう。

 前に書いたホームページの更新は、このところの演奏旅行でまだ始められていません。これから始めていきます。


3.22

 今日は塩尻の演奏会でした。おとといからの悪天候と昨日の大渋滞のために一度は今日は電車で行って向こうに泊まろうと思ったのですが、朝の天気の良さと交通情報でチェーン規制をされていないことが分かったので、午前11時ごろ車で行くことにして家を出ました。すこぶる順調に途中で2回休んでいったにもかかわらず4時間ほどで塩尻に着きました。
 電車の方はというと中央線で事故が多発して午後1時の列車が50分ほど遅れて着いたようです。私は電車で行くなら午後2時の電車と決めていたので、かなりぎりぎりの時間に着くようになりいらいらしたと思うので車で行って正解でした。
 更に本番終了後家に帰るのもすこぶる順調で、3時間40分くらいで家に戻りました。(途中で軽く食事をしています。)今日は渋滞には行くときの箱崎の合流までの2kmしか付き合いませんでした。
 それにしても塩尻は寒かったです。帰りに車の外気温の表示を見たら零下3度と出ていました。

 ところで今日の塩尻市民会館レザンホールは不思議なホールです。というのはそんなに古い感じはしないのに、響きは典型的な古い会場の響きなのです。良く言うと重量感のある、悪く言うと響きの残らないホールです。でも響きの質は悪くないと思います。
 今日はあわてて車で出たので、ディジタルカメラを忘れてしまい、会場の写真を撮れませんでした。残念です。今日の会場は木のイスを使っていました。私には座面が低すぎるのとお尻の部分が痛いのであまり相性は良くありませんでした。
 指揮者もソリストも演奏会を重ねるにしたがって良さが段々強く出てきていました。指揮者は歌わせるところはすごい思い入れがあるのがよく分かります。ソリストも段々音が出てきているようです。ワグナーなどもう少し流れがあると良いのですが。フレーズの頂点で流れが止まるように見えるのです。コルンゴルドの協奏曲は私はハイフェッツの演奏の印象が強すぎて何とも言えません。


3.21

 今日は館山の南総文化ホールでの演奏会でした。演奏の印象は昨日と同様です。
 今日は車で行ったのですが大変でした。行きは8時半過ぎに家を出て、11時半にはホールに着いていましたからまあまあだったのですが、帰りは4時間かかってしまいました。帰りは千葉までは割と順調に帰ってきたのですが、そこからが大変でウンザリしました。明日は塩尻なのですが、当初の日帰りの方針はやめて泊まって帰ることにしました。天候が悪いうえに連休の終わりでは何時に家に着くか分からないからです。
 今日の会場は割と新しいホールで、私自身は初めて行きましたが私の生徒には子供のオーケストラでここに来たという子がいます。駅から少し離れたところにある複合施設のようです。

 

 なかなか立派なステージで音響的には良い響きでした。湿気の関係もあるのかもしれませんが、私は昨日より今日の方がまとまって聞こえました。ヴァイオリン協奏曲など昨日よりはハッキリ聞こえてきました。こういう良いホールで良い演奏会を続けていくということは今の状態ではなかなか難しいと思いますが、良い企画の良い演奏会が定期的に開かれることを祈っています。
 実は今日会館の喫茶店に行ったらそこで会館の方にいつもホームページを見ていますと声をかけられました。とてもうれしいです。今日は疲れたのでもう寝ます。しばらくしたら今回の演奏について書こうと思っています。


3.20

 今日は葛飾シンフォニー・ホールの演奏会でした。今日の会場練習から本番の前半までの私の印象はあまり良いものではなかったのですが、後半のベートーヴェンが始まったらそれまでとはまるで違う人が指揮しているような感じでした。ワグナーについては昨日と同じ印象でした。ベートーヴェンの7番とアンコールのカヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲については、見直しました。コルンゴルドのヴァイオリン協奏曲は諏訪内さんの楽器が前回弾いたときとは変わっているように感じました。今日はいささかナーバスになっているような印象を受けました。
 今日は雨が降っていて湿気との戦いになりました。今日の会場は良く言えば響きが柔らかいのですが、悪く言うと明瞭度に欠けるような印象です。

 

 会場の写真は開演20分前のもので、これじゃ今日は一体どうなるだろうかというくらい人が入っていなかったのですが、本番の時になったら見た目満員に近い状態までお客さんがいらっしゃいました。
 今日の大勝さんの変身ぶりを見ると明日からも期待できます。明日は館山に行くのですが、連休の初日で道が混むのではないかと心配しています。(それで明日は早く家を出るつもりです。)


3.19

 今日はNHKの放送記念日でした。毎年この日は放送記念式典があり、最後にN響の演奏があります。今年は大勝さんの指揮でワグナーのトリスタンとイゾルデの中の前奏曲と愛の死を弾きました。明日は葛飾のシンフォニー・ヒルズでの演奏会です。今日の感じでは20分もかかるこの曲で緊張感を持たせられるかどうかが最大のポイントです。フレーズが変わるたびに延びるのがどうしても気になります。凝縮されたエネルギーがフレーズの変わるところでどこかに逃げていってしまっているのです。ピリッとしないという印象です。今日ホールに行く間車の中でハイフェッツのコルンゴルドの協奏曲を2回聴きましたが、元が映画音楽だけあって内容はともかく聞いて楽しいことは間違いないです。久し振りにハイフェッツの演奏を聴きましたが、たった一音でも聴き手を納得させられる音の魅力を再確認しました。(もっとも何を弾いてもハイフェッツが前面に押し寄せてくるところが曲によっては邪魔になる事もあるのですが、この曲の場合はぴったり合っています。)ベートーヴェンの7番についてはこういうよく弾く曲の場合は普通の場合指揮者よりオーケストラの個性の方が表に強く出てきてしまいます。ですから大勝さんの7番というよりはN響の7番という感じになるでしょう。6月には「海外にポジションを持つ日本人若手指揮者」という定期の指揮者の一人として登場していただくわけですから、今後の期待の星であるわけですからどうしても注文をつけたくなります。
 今日の式典での演奏は、式典が終わった後オルガンの演奏の最中に舞台を転換して私達がステージに上り、オルガン演奏の終了後カーテンが上がるというやり方です。(毎年このやり方です。)

 写真のようにひな壇、イス、譜面代をセットした台車をスライドさせて舞台の中央に動かして固定し、イス、譜面台を並べて私達が座るという手順です。短い時間の間に手際よくセットされていきます。

 車で動いている時はほとんどNHKFMかCDを聴いていますが、FMは色々面白い曲を放送しています。この前は室内楽版のショパンのピアノ協奏曲をやっていました。そういえば今日はとても混んでいてホールに行くのに予想より30分余計にかかりました。その分音楽をたくさん聴けましたが。


3.18

 今日は大勝さんの指揮でした。今日やっただけではまだ良く分かりませんが、自然に弾くことを主眼として指揮されているようです。ただ今日の感じではまだN響に遠慮しているからかもしれませんが、フレーズの終わるたびに止まる感じがするのが気になります。遅くなるだけなら良いのですがまるで我々の反応を待っているような感じに小節線をまたぐ時に止まられると、いくら頂点に向かってcresc.と言われても次の拍が読めないのでは弓幅をどれくらい残しておけば良いのか分かりませんし、こちらとしては面食らいます。これは何回か本番をやることによってこちらが棒の癖がわかることによって対応できるかもしれないので、棒については今のところ何とも言えません。棒の感じや注文を聞いているといかにもオペラを主にやっている人だなと思いました。
 なおコルンゴルドのヴァイオリン協奏曲は前にデュトワ先生の指揮でやったことがあるそうです。私は降り番だったのかもしれません。

 私も花粉症を持っているのですが、以前はよく効く漢方薬があったのですが何年か前になくなってしまいました。今年は近くの内科で薬をもらったのですが、とてもよく効きます。私の花粉症は鼻水が止まらなくなるだけなのですが、本番も静かなところになると鼻がムズムズ言い出すという最も困り者の花粉症です。


3.17

 明日からはN響は大勝秀也さんの指揮の下ワグナーの「前奏曲と愛の死」、コルンゴルドのヴァイオリン協奏曲、ベートーヴェンの7番というプロの練習です。コルンゴルドのヴァイオリン協奏曲というのはとても珍しい曲で今まで私は弾いたことがありません。コルンゴルドという人は1897年に生まれ1957に亡くなっています。初めはヨーロッパで活躍していましたが、ハリウッドの映画音楽を手がけるようになりました。フーベルマンがコルンゴルドにヴァイオリン協奏曲を書くように説得したそうですが、実際にはハイフェッツに献呈されています。今そのハイフェッツの演奏を聴きながらこれを書いています。映画音楽がもとになっているようですがいかにもそれらしい曲です。第1,2楽章のテーマはそれぞれに前にハリウッドの映画のために書いた曲がもとになっているそうです。今回は諏訪内晶子さんがソロを弾きます。第1楽章はModerato Nobile、第2楽章はロマンス、第3楽章はフィナーレ:Allegro assai vivaceという3楽章形式で22分位かかるようです。この曲は葛飾のシンフォニー・ヒルズ、館山、塩尻で弾きます。とてもきれいなで聴いていて楽しい曲です。
 私が持っているハイフェッツのCDはハリウッドで活躍した3人の作曲家の作ったヴァイオリン曲を特集したもので、コルンゴルドのヴァイオリン協奏曲のほかにミクロス・ロジャーのヴァイオリン協奏曲と「主題と変奏曲」、ワックスマンのカルメン幻想曲が入ったものです。いかにもハイフェッツらしい演奏ばかりそろっています。ミクロス・ロジャーの協奏曲はハイフェッツが初演の前に作曲家に難しすぎるところがあるので直して欲しいと言ったら、「あなたはハイフェッツじゃないですか。」と作曲家に言われ苦笑いしたという逸話を持つ難曲です。


3.16

 ヴァイオリンに関するページを更新しようとずっと思っていたのですが、今までの日記からのリンクがかなり沢山あるので、それを全部始末するのがとても大変なのでどうしたら良いか迷っていたのです。良い方法を考えたのでこれから少しづつ更新していきます。ご期待下さい。

 最近生徒を見ていてふと思ったのですが、楽に弾く良い方法の1つに頭の向きの問題があるようです。頭の向きというのは楽器と頭の角度のことです。頭がまっすぐで顎の先で楽器を押さえるような位置にあると、目も耳も楽器から離れているので、弾いているときに冷静というか冷めた目で自分の演奏を聴くようになります。頭を少し左に倒して楽器に対して斜めに顎が当たるようにすると耳が楽器に近くなるので音が大きく聞こえるようになり、気持ち良く弾けるようになります。またこうするとポジションのシフトの時にも楽器がぶれないのでポジションの変わりが滑らかになります。この自分の音を冷静に聴くのとのって聴くのとの違いは、想像以上に大きな影響があります。頭を立てた状態で一生懸命弾いていると演奏しているときに自分の世界にのめり込めないので冷めた弾き方しか出来ないのです。少し頭を倒すとすごくのって弾けます。
 ただその時自分の演奏に無条件でのめり込んではいけません。どこかに自分の演奏を冷静に聴く自分がいないとダメです。この理性と感情のバランスをとるのが一番難しいところです。
 前に書いた楽器の肩への載せ方、弓の張り方、頭の角度など1つ1つは大したことはなくてもそれが相互に関連しあって演奏にすごい影響があります。微妙な調整が必要ですから皆さんも色々やって自分なりのやり方を見つけて下さい。(演奏するときに技術的な弾き方の問題で悩んでいるようではいけないのです。そのためにはこういうことが大切です。部分的にせよこうすれば良いというものが見つけられるということはすごい自信につながります。)


3.15

 昨日演奏旅行から帰ってきました。これからは月末まで日帰りの演奏会の連続です。こういう近郊の日帰りの方が宿泊を伴う演奏旅行より消耗するのです。たとえばこの次は最初がNHKの放送記念日で弾き、葛飾シンフォニー・ヒルズ、館山の南総文化会館、塩尻の文化会館はいずれも東京に戻ってきます。館山は列車で行くより車の方が良さそうですし、塩尻は列車では帰れませんが車なら帰れますから当然車で行きます。列車で行って泊まったとしてもこの2ヶ所の連続は疲れます。月末の市川、横浜、芸術劇場の演奏会は車では行きません。(電車の方がずっと速いから。)今では楽器と衣装は団で運んでくれるのですが私は楽器は自分で持っていっています。楽器も預けたらPowerbookだけ持っていくだけになるので身軽なのですが、預ける気にはなりません。

 実を言うと今回の旅行の前にデスクトップの方のPPPがおかしくなり、インターネット関連のソフト(PPPとPageMill、Netscape Communicatorが壊れているというメッセージが出ました。)をかなり入れ替えました。とても面倒でした。Type IIIのHDカード(170MB)にインターネット関連のソフトを入れて持ち歩いたのですが特に問題は起きませんでした。いつも一番忙しい時に限って問題が起こるのです。でも出先で動きがとれなくなったのは前に書いたNewerのボードが動かなくなったときだけです。つまりいつもトラブルに準備しているのですがその甲斐のあったためしはありません。今の状態で一番困るのはOSが不調になったときです。緊急起動用のシステムはありますが、要領的に言ってフルインストールは出来ません。

 奏法のページに弓の張り方について書きました。ごらん下さい。


3.12〜14

 明石、伊予西条、高松の演奏旅行です。こちらをごらん下さい。


3.11

 今回の指揮者はジェームス・ジャッドさんです。興奮してくるとかなり激しくなるタイプの人のようで、静かなところと激しいところの差が大きいです。ディーリアスの「楽園への道」はきれいな曲なのですが今一つピンと来ませんでした。シベリウスの2番はあまり変わったことはしていませんが、いくぶん強引に聞こえます。本番をやってみないと本当のところは分かりませんから、あすのお楽しみというところです。

 ところで前に名指揮者に指揮してもらったということを書きましたがその中でアバド氏の名前を書きましたが、ズビン・メータ氏の間違いでした。今日練習所に行ってTさんに会った時に指摘されて初めて気がつきました。こういう指揮者が常任としていていただけるオーケストラになって初めて一流と言えるのです。客演でチョコッと来て社交辞令で良いオケだと言われているだけではダメなのです。今のN響はこの2つの状態の中間にあるようです。単なる社交辞令で認めていただけるというレベルは脱していると思いますが、名指揮者が常任でいてくれるところまではいっていません。良いトレーナーも必要です。


3.10

 明日はこの次の旅行の練習です。曲目はディーリアスの「楽園への道」、モーツァルトのピアノ協奏曲イ長調KV414、シベリウスの交響曲第2番です。ピアノは児玉麻里さん、指揮は前回と同じジェームス・ジャッドさんです。前回のエルガーの「子供の魔法の杖」もなじみの薄い曲ですが、今回のディーリアスの「楽園への道」もなじみの薄い曲です。
 私のように前回降り番だと我々のよく言う「リハビリ」が必要です。なぜかというと発音のタイミングや拍子のとり方が微妙に狂ってしまうのです。オケというのは共同作業の産物ですからソロのように自分一人で弾くようなわけには行きません。1週間休むと次の練習の午前中くらいは違和感があるのです。明後日は朝早く新幹線で明石に行きます。今度の旅行は演奏地と宿泊地が違うので3日とも本番の後移動しないといけません。今回は12日は明石で演奏した後岡山に行き、13日は岡山から伊予西条まで行って演奏した後高松まで行き、14日は高松で演奏した後飛行機で東京に帰ります。クリーニングも頼めないし、夕食をいつどこで食べるかも決めづらく悩みの多い旅行です。


3.9

 ブラヴォーの件についての私の発言はタイミングと説明の仕方がとても悪かったようです。色々ご意見を頂いたのを読むにつけてつくづくそう思います。またプレーヤーの側が全て私と同じ意見であるわけでもありません。この件についてはあくまでも私自身の考えです。
 今回の出来事はスヴェトラーノフ先生の名指揮に感激したその時に2日目の土曜日に予想外のすごいブラヴォーにびっくりして楽屋で話していたことをそのままの形で書いたことが原因です。確かにその時の演奏は良かったと思いますが、あまりのブラヴォーの多さにひいきの引き倒しにならないといいなと思ったことも確かです。そう書けば良かったのです。
 これからも何回も同じようなことをするかもしれませんが、私としては弾く側の気持を感じていただきたいのでこれからも同様に書き続けていくつもりです。

 今日N響は福山から帰ってくる日です。次の旅行は今回の続きのようなスケジュールです。最初が明石、次の日が愛媛県の伊予西条、最後が高松です。高松は日曜の昼間の演奏会なので終わったら飛行機で東京に帰ります。この旅行は演奏地と泊まるところが違うので、演奏会終了後列車で移動しないといけません。(私自身は明石の日は岡山、伊予西条の日は高松に泊まります。)こうなると夕食をどこで食べるか悩みます。演奏地で終わってからゆっくり食べてそれから最終列車でホテルに行くのが良いかなと今思案中です。


3.8

 今日は年に1度の確定申告の日でした。込み合っていて時間のかかることいかんともしがたく、終わって家に帰ったらもうレッスンの時間でした。夕食後やっと練習の時間がとれました。 ところでブラヴォーについての件ですが、C定期の2日目というのは時間も良くて色々な方が来やすいし、C定期の性格上気さくな雰囲気があるので、ブラヴォーの声がかけやすいということもあるのでしょう。同じC定期でも初日と2日目を両方聴いた方は初日の方が良かったと言う方が多いのですが(私達弾いている方も同じく初日の方が良かったと思っています。)、2日目の方がブラヴォーが多かったために私達弾く方がテレビ収録のためのサクラじゃないかと邪推したのかもしれません。
 私はブラヴォーを言うことが悪いと言っているのではありません。ブラヴォーと言っていただけるのは演奏家冥利に尽きることです。ですから大変にうれしいことです。でもテレビ収録がある日は決まってすごいブラヴォーがかかるという現象に毎回会うとどうしても首をかしげたくなるというだけのことです。ブラヴォーを言うのも、大拍手をするのも、あるいはブーイングするのも、靴音高らかに退場するのも全てお客様の権利です。私達弾く側がちゃんと弾かなければそれに抗議するのも当たり前でしょう。それを通して弾く側が反省して上手くなっていくのです。(中には反省しないで開き直る人もいますが。)ですがそれをやると他のお客様に迷惑がかかります。それでもそれをやらないと自分の気持が表現できないときだけは仕方ないでしょう。でもそのブラヴォーやブーイングにはやっている人の個性がすごく反映されます。周りの人がつられてニッコリするようなブラヴォーなど最高なんですが。
 N響は1つの定期を2日やりますから収録の日ともう1日とではいやでも出来は違います。その出来が悪い方が受けると私達としては面食らってしまうのです。(拍手の方はもっと正直で大体予想した通りの拍手です。正直というのは私達が良くないと思うと拍手の勢いが悪くなります。)ただお客様はほとんどの人がたまたま行った日の演奏しか知らないわけですから2日を較べて良くない方が受けたからと言ってそれに文句を言うのは見当違いというものかも知れません。ですがいつもテレビ収録にからんでこういう現象が起きるので楽屋でそういう事が話題になるのです。(この現象は何も最近始まったことではありません。随分前からずっと続いています。)
 また私達をほめていただくのは大変ありがたいのですが、ひいきの引き倒しにだけはならないようにお願いします。1日の演奏会の中にはとても良かった部分と「?」という部分が両方あるはずです。私達も調子良い人間ですから声高らかにほめられてばかりいると思い上がってしまいます。時々は苦い薬を飲ませて下さい。(逆に1つも良いところのない演奏会というのもないはずです。どこかに良い部分はあります。それがどうしても見つからない時はブーイングしましょう。声高らかに。)それを通してお客様と一緒に私達N響も世界一流のオケに育っていくのです。よろしくお願いします。
 今言った積年の疑問とこの前のスヴェトラーノフ先生のロシアの小品集のN響の歴史にも残る名演(自分だけがそう思っている............?今回は皆さんに認めていただけると信じています。)に興奮していたことのためについ余計なことを言ってしまいました。私の言い方が悪かったせいで色々な方に不愉快な思いをさせてしまいました。すみませんでした。でもこれに懲りずにまた問題発言をするかもしれません。


3.7

 昨日いただいたメールの中にとても面白いものがあったのでそれについてお答えしながら私の考えを述べさせていただきます。この方のメールはいくつかの問題点を指摘されているのですが、その中からいくつか大きい問題を取り上げます。
1.N響は指揮者によって演奏の出来が違いすぎるのではないか。
 これは確かにその通りです。特に日本人の若い指揮者が登場したときに特にその傾向は激しいと思います。ですがN響は日本の若い指揮者を全然評価していないのかというとそうではありません。広上さんが登場した時は皆がその腕前を評価しています。またアラン・ギルバート、準・メルクルなどの人たちも高い評価を得ています。
 この指揮者があまり良くない時にも一流のオケは自分たちでアンサンブルを作っていくのです。某一流オケでそういう中途半端な指揮者がオケにうるさく注文したら「おまえの振っている通りに弾くよ!」と言われたという話があります。一流オケになるためにはそれ位のことを言えるくらいにならなければいけないのでしょう。
2.N響のメンバーはプライヴェートな場での演奏会ではとても良い面を出すのに団体として弾いているときには精彩がない。
 これも一面では当たっています。これは演奏上の問題ではないというのが私の意見です。プライヴェートな演奏会は自分たちの才覚で運営していくことが出来るので、そういう演奏会には自分も参加しているという感覚が持てるので張り切れるのです。N響では与えられた演奏会という感じがあるのです。(運営について何も言えないから。)だからN響として弾いているときでも指揮者が良いと突然演奏が良くなるのはここら辺が影響しているのではないでしょうか。ヨーロッパやアメリカのオケと違って運営の基本原則が決まっていないN響の現状では、ある部分私たちは歯車としてしか扱われていないという感覚があるのです。(楽員の意見を吸い上げるシステムがまだ有効に機能するようになっていないので、これがうまく行くようになったらかなり変わってくるでしょう。)これが1の問題の原因の1つでもあります。
3.私が「私たちの演奏もプレヴィン、スヴェトラーノフ、ブーレーズ、アバドなどの大指揮者のもと今までのN響には出せなかった音が出たというカルチャー・ショックのような演奏会をいくつも経験して伸びています。(と私自身は勝手に思っています。)」というようなことを言っている間はN響は世界一流にはなれない。
 まさにその通りです。私たち自身まだ一流と言えるところに行っていないことは充分承知しています。でも一流の仲間入りが出来るよう努力している真っ最中なのです。本当の一流になるためには必ず通らなければならない関門だと思っています。良い指揮者の時に出せる音がいつでも出せるようになった時N響は本当の一流になるのでしょう。
 ただこのたまに良い音が出せるというレベルといつでも良い音が出せるというレベルの間には越えがたい溝があります。良い指揮者に絞られて必死にやって出来たというのと、自然体で良い響きを楽に出されるのとでは勝負にならないのです。(これが出来るオケは世界的に見てもほんの少ししかないですが。)私たちの今の課題は自然に良い音を出すということでしょう。これは奏法の根幹に関わる問題ですから解決するにはとても長い時間がかかります。私たちN響だけでなく日本の音楽界全体の問題です。(私たちの生徒が最前線に出るようになったころ直るかなというくらい規模の大きい問題です。でもソリストの人たちにはこの点を克服している人が何人も出てきています。私たちオーケストラプレーヤーのレベルまで変わるのには音楽学校まで含めて大変革が必要でしょう。)
 音楽監督を持たないでやってきたから一流になれないのではないかということを言われる方が多いでのですが、この点については現在デュトワ先生のもとこの件を検証中ということです。今までのやり方の良くない点も確かにありますが、逆にそうであるからこそ色々な指揮者に接することが出来たのだという面もあります。私は音楽監督がいないからダメだという意見には全面的には賛成できません。

 私はこの方のように冷静にN響を見て下さっている方が沢山いらっしゃることを祈っています。こういう方に認めていただけるように頑張っていかないと世界には通用しないからです。でもわざわざメールを送っていただけるのですから望みがあると思っていただいていると解釈して頑張って行こうと思った次第です。(12:00 新幹線の車中にて)


3.6

 今日は演奏旅行ですが、1日だけですのでここに書きます。昨日調子良くなかったのであまり書きませんでしたが、今日も新幹線に乗ったらMacをやろうと思って予備のバッテリーも充電してきたにもかかわらず寝てしまい、目が覚めたら静岡に停車していました。40分位寝たら気分良くなりました。(今日は富士山を見ようと思っていたのにもう通り過ぎてしまいました。)

 ブラヴォーに関しての続編です。これは演奏全般についてのことなのですが、演奏のレベルというのは演奏家だけで作り上げているものではないということです。本場の名門オケがなぜ上手いかというとそれはレベルの高い聴衆の審判を受けているからです。(良いオケは良いお客さんを育てるし、良いお客さんは良いオケを育てます。どちらが先かは分かりませんが車の両輪のように一緒に動いているのでしょう。)何年か前までは最後が派手に終わる曲なら途中が少々良くなくても受けてしまっていたのです。ですが最近(ここ1〜2年)お客さんの反応はそういう部分までちゃんと見通していらっしゃるようです。全部のお客さんがそうなるところまでいっていないので、表面的にはあまりはっきりした変化はないのですが、演奏会を沢山聴いている方が多くなりその方達は私たちの心理まで分かるようです。一つにはアマチュアでオーケストラをやっている方が多く聴きにいらっしゃることも関係しているのかもしれません。こういう方達が私たちを支えてくれているのです。演奏会のマナーについても少しづつではあっても確実に良くなっていますし、私たちの演奏もプレヴィン、スヴェトラーノフ、ブーレーズ、アバドなどの大指揮者のもと今までのN響には出せなかった音が出たというカルチャー・ショックのような演奏会をいくつも経験して伸びています。(と私自身は勝手に思っています。)
 こうして成長していけば自然とブラヴォーについての問題など解決するのでしょうし、今はまだ試行錯誤の段階なのかもしれません。(先ほど書いたように演奏でお客さんを引っ張るのが我々で、拍手、ブラヴォー、批評を通して我々を引っ張っていくのがお客さんかもしれません。お客さんが強く意見を言ったのがブラヴォーあるいはブーイングなのかもしれません。ちょっと前にはブーイングが問題になりましたがそれに比べれば演奏自体は良くなっているのでしょう。その意味では外れの指揮者が少なくなったことが一番貢献しているのかもしれません。人選をしている方の眼力が良くなったのかな?)
 でも弾く側と聴く側がどうしても意見が異なるという部分もあります。これは立場の違いということで避けられない部分もあります。私も同じ指揮者でもオケの中での印象と客席で聴いた時の印象とではちょっと違いますから。(客席で見ているととても良い指揮者というのは実際いるのです。前から見ると何がしたいのかあまり伝わってこない人が。)
 そういえば最近この外れの指揮者の時の演奏が前ほど酷くならなくなって来たように思います。自分たちで何とかしようという気運がすごく出てきています。こういう時は良い指揮者の時とは違う団結力が最近出てきているように思います。(11:45新幹線車中にて)

 今日の演奏会も無事終り夕食も終わりました。いつものような演奏会と違って今日のような室内アンサンブルの演奏会はとても楽しいです。ハフナー・セレナードという曲は弦楽器からいうと休みが全然なくて肉体的にも精神的にも疲れます。1時間かかるという長さの上に伴奏音形でもとて難しいのです。聴く側から言ってもとても大変だと思います。でもとても良い曲です。あまり取り上げられないのはまず長さが一番の問題です。またバランス的に他の曲と組み合わせるのが難しいでしょう。今日のプロもかなりの通でないと重すぎると感じるでしょう。でも弾き甲斐のある曲です。今日の会場は前にもご紹介した松方ホールです。

 神戸新聞社の中にある中規模のホールで今日のような演奏会にはぴったりの大きさです。N響は最近大規模の編成のものに偏っている傾向があるのでモーツァルト・プロなどやりませんが、もっと取り上げて欲しいと思います。N響は明日は米子でマチネーの演奏会です。(私は明日東京に帰ります。)(22:45 本番の後ホテルの自室で)


3.5

 今日は一日家を片づけているだけで終わってしまいました。明日は神戸の松方ホールでの演奏会ですが、朝早く家を出るので今日は早く寝ます。

 私が今の家に引っ越してから10年経ちますが、リビングルームの模様替えを初めてしました。広さは一応の大きさがあるのですが、縦と横の割合が敷地の関係からかなり横長になっているのです。ステレオの置き方を大きく変えたのですが、今までよりステレオを聴こうという気になります。これだけでも音楽の聴き方が変わるのですから、音楽の印象というのはある意味ではかなりいい加減と言えます。同じCDでもバランスが全然違って聞こえるのです。しばらくは色々なCDを順番に聴いて行こうと思っています。

 今日はとても疲れて頭が回らないのでこれで失礼します。


3.4

 今日も6日のための練習があり、昼過ぎに練習所に行きました。昨日交響曲第35番ハフナーもやると書きましたが、ハフナーはやらないようです。ハフナー・セレナーデという曲はクライスラーがヴァイオリンソロのために「ハフナー・セレナーデよりロンド」という曲を作ったため有名です。このいわゆるモーツァルトのロンドはとても可愛い曲です。私も小さい時これを随分弾かされた覚えがあります。こういうふうに何ということのなさそうな曲が、細かい音符の処理の仕方など色々の問題がありめちゃくちゃ難しいのです。クライスラーの譜面では初めの2小節はスタッカートがあるが次の2小節はないですが、原曲は何もついていません。全部sppiccatoで弾く人もいるし、全部弓を弦に載せたまま軽く弾く人もいます。この初めだけでも色々な弾き方があります。またフレーズの終わりでrit.をするかしないかも色々なやり方があります。このハフナー・セレナーデはロンド以外にもヴァイオリンソロが活躍する曲です。

 昨日書いたブラヴォーの件です。私のところに来たメールを見るとブラヴォーと言ったという方から、私の言ったことに対して「複雑な心境である。」とか「拍手だけでは足りないような名演奏だと声をかけたくなる。(でもむやみにはブラヴォーは言いませんが、拍手だけでは足りないときもある)。」というメールをいただきました。また逆にその声をすぐ近くで聴き不愉快に感じている方もいるのです。この問題はすごく根の深い問題です。
 まず第1の点は音楽の評価は人によって違うということ。私が良いと思わなくてもそれを良いと思う方がいるのは少しも不思議ではない。
 また第2の点は感激した時にそれを表現する方法に何があるかという問題。拍手では足りなくて演奏家にそれを分かってもらいたいという人もいるということです。しかしその時それを聞かされると不愉快に感じる人もいるのです。それは自分より感激した人を見ていると何か熱が冷めるような気がするのと同じだと思います。
 たったこれだけの問題をとっても結論は出ないのです。私も考えれば考えるほど単純に結論は出せなくなりました。初めはちょっと不自然なブラヴォーの声に対して一言言いたかったのですが、自分が言いましたとはっきり名乗られる方から(1人ではなく何人かの方からそういうメールをいただきました。)「良い演奏だと感激したのでブラヴォーと言いました。」と言われると、なるほどと思う反面他の方のためには感激の表現方法をもっと考えて欲しいとも思うのです。
 これはお客様と私達演奏する側の対話の場所がない事も原因の一つかもしれません。ヨーロッパのオケなどでは開演前にプレーヤーがロビーに出てお茶を飲んでいるので、そこでお客様と話が出来たりするそうです。また今度のフィルハーモニーの対談記事のような企画も大切な接点です。経営側もこういう視点でお客さまとの接点を作っていきたいと検討しているようです。
 お客様と何年もかけて良い接点を作っていくことの方がブラヴォーに文句を言うより遥かに大切なのかもしれません。このことについてよいご意見があったらお聞かせ下さい。
 なおブラヴォーの件についてメールを下さった方にはここで書いたことをお返事とさせていただきます。(いかんせんメールの数が多いのでお一人お一人に返事を書いているわけにも行かないのでご容赦下さい。)

 もう一つご紹介することがあります。今回名演奏を聴かせて下さったスヴェトラーノフ先生が来年9月に定期とその他に5つ(?)の演奏会のためにまた来日されるそうです。お元気にまた日本に来られることを祈っております。


3.3

 今日は6日の神戸の松方ホールの演奏会の練習に行きました。去年も行きました。今年は交響曲第35番ハフナー、ピアノ協奏曲変ホ長調、ハフナー・セレナーデというプロです。この演奏会はヴァイオリンの永峰さんがコンマスで指揮者を兼ねて室内アンサンブルでやるものです。これくらいの室内アンサンブル(6-5-4-3-2)でやるとモーツァルトもオケとやるのとは違う面が出てきます。とても弾いていて楽しいアンサンブルです。N響は明日はオーチャードで演奏会ですが、そのゲネプロと本番の間に練習所でまた練習をします。

 最近N響でもiMacを買った人が何人かいます。また最新版のG3Macを買った人もいます。皆その速度にはびっくりしています。私もPowerbookがG3化したのでその速度は味わっています。これを味わうとデスクトップの8500もG3化したいのですが、ただではないので今は見送っています。(車も買ったことですし。)でも全体的なバランスと値段から言うと新しいG3Macを買う方がずっと良いでしょう。(互換性の問題はあるにしても。)今は30万も出せば今の私のものより遥かに速くて快適なものが手に入るのです。私がMacを始めた時のIIci(8MB/100MB)の環境など今の人には信じられないでしょう。その当時私はすべてをそろえるのに120万位の金を使いました。その速度たるや今見たら亀みたいなものです。(そのIIciはまだ家に置いてあるのですがタンスの上で放ってあります。)

 今日のひとりごとをアップロードしようと思ってインターネットに接続し、メールを読んだらブラヴォーについてたくさんのメールが寄せられていました。私の言い方が不適切だったのかもしれませんが、反響が大きいので明日これについて再度書きたいと思います。(一日色々考えさせて下さい。)


3.2

 ブラヴォーについての件ですが、それを近くで聞いた方からメールをいただきました。その方の要旨はこの前のC定期は金曜日の方が良いと思うがブラヴォーの声は圧倒的に土曜日の方が多く、テレビを意識しているとしか思えないということです。N響ないしNHKがサクラを雇っているのではないかというのです。これは私たち楽員も時々話題にするのですが、演奏の出来と関係なくテレビの収録の日だとブラヴォーの声がかかるのはやはりおかしいのです。ブラヴォーを言っている方は一人ではないでしょうから、昨日メールをくださった方は演奏に感激して言って下さっていると信じたいですが、一般的に言ってまゆつば物のブラヴォーが多すぎます。ですから私はブラヴォーの声より拍手の方がお客様の反応を知るのに役立つというのです。
 ブラヴォーの声だけが大向こうからかかっても拍手の方はぱらぱらと散漫な音でしか聞こえないというとき、私はこの演奏は失敗だったと思うわけです。こんなことはお客様の方でもじゅうじゅうご承知だと思います。サクラなど雇わなくてもとどうしても感じます。(サクラかどうかは私には本当のところは分かりません。でも今回のスヴェトラーノフ先生の演奏はブラヴォーの声がなくても拍手だけで充分演奏が良かったと分かります。)それに演奏自体でお客様に認めていただけるように努力することの方が先々遥かに自分たちのためになると思うのです。
 このブラヴォーの掛け声というのは演奏家を育てることにはならないと思うのです。私たちだって自分たちの演奏がどうだったかくらいは分かっています。今日は昨日より良くないなと思っているときに、拍手の方は正直な反応をしているのにブラヴォーの声だけが前日の何倍もかかると馬鹿にされた気分になるのです。
 とても強い言い方で申し訳ありませんが、音楽の内容に関係なくブラヴォーを言うことで自分の気持ちを発散するのはやめていただきたいです。弾く側と聴く側が同じ土俵の上で今日は良かったからブラヴォーを言うというような、双方(弾く側と聴く側)のコミュニケーションとしてのブラヴォーなら私たちとしてはとても有り難いですし嬉しくなります。そうなれば私たちが良くないと思っているときにブラヴォーがたくさん来るというような矛盾はなくなると思います。大体弾く側が首をひねっているのに聴いている側がそれを名演奏だと思うなどということは絶対にありません。(私だけが良くないと思っているが他のプレーヤーは良いと思っていることが絶対ないとは言えませんが。)
 でもプレーヤーと聴衆の接点というのはどこに求めれば良いのでしょうか?何か良いご意見があったら教えて下さい。

 4月から地方に行かれるためこの前のC定期が東京で聞く最後のN響の演奏会だという方が、最後を飾るにふさわしい演奏会だったと感想を寄せて下さいました。これからは放送で楽しんで下さい。またN響が演奏旅行で行きましたらぜひお聴き下さい。社会人としての良いスタートをお祈りしています。


3.1

 今日から3月、今日は暖かい一日でしたが明日は更に暖かいという予報で4月上旬の気候になるそうです。

 今日は先週の定期のお客様からメールをいただきました。その中で「BSでの鑑賞にしようかと思ったが、わざわざ足を運んで良かった。」と言っていただき、とてもうれしかったです。もう一つ「27日(土)の演奏会の時のブラヴォーは私が言いました。でも今回の演奏はとても素晴らしくどうしても声を出さずにはいられませんでした。」というメールもいただきました。私が不自然なブラヴォーだと書いたことに対してのメールですが、このようにブラヴォーを言ったご本人からメールをいただいたのは珍しいことです。(前にも1件そういうメールをいただいたことがあります。)この方の長いN響経験の中でもこのようなことはなかったというくだりを読んでいて、私自身もこの何年かこんなに弾いていて興奮する演奏会をやったことなかったなと思い返して、聴いていらっしゃる方も同じことを感じただけなのだと思い、この前の発言は不注意だったかなと思い返しています。最後に「N響ファンより・・ ほんとにスベトラーノフはよかった・・・。」と書いて下さっていて、私の発言で気を悪くされたかなと反省しました。
 それにしても2月の定期は素晴らしかったなと思い返しています。また近いうちにまた来日してくれないかなと予定表を見ているのですが来年3月までには入っていませんでした。とても残念です。でも他の指揮者の名前を見ていても色々期待できそうな演奏会がめじろ押しでN響にいることの幸せを感じています。最近指揮者に恵まれていますね。これはこの前N響の組合の話の中でも話題になっていました。妙にギャラだけ高い指揮者やソリストより実力のある人が来てくれるので招来に期待が持てるという結論が出ました。ある演奏会では指揮者と一緒にやられているソリストがソロをしていましたが、そのソリストは日本人のソリストと比べてギャラは安いのに腕は遥かに上を行っています。同じことはあるアマチュアオケの演奏会でも感じました。私が聴いていてとてもそんなギャラがとれる腕ではないと思うのに結構いいギャラを取っているのです。(差し当たりギャラを上げれば儲けにはなりますが、そんなことをしているとこの不景気の時代それに相応しい演奏をしなければ次から呼んでもらえません。バブルの時代にギャラを上げたソリストは今になって困っているはずです。N響だってそうなのですが、最近は良い演奏会が多いのでその点はクリアできているのではないかと個人的には思っています。)

 今年から3月は定期がなくなり演奏旅行(近郊の演奏会も含む)をするようになり、今月は土日は全部演奏会という予定になりました。明日からはオーチャード、清水、米子、福山という演奏旅行の練習が始まります。私はそれは休みですが、その旅行の中日6日に神戸に行って去年もやった神戸新聞社の松方ホールでの演奏会に出演します。


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