ひとりごと99年2月分  


このページは私の日記のようなものです。私の感じること、周りで起こったことを書きます。


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2.28

 昨日書いたブラヴォーの件ですが、私が言いたかったのはテレビ収録になると必ずブラヴォーが来るというのはおかしいということで、つまりサクラではないかということです。昨日などあれだけの演奏が出来たのですからサクラなど使わなくてもちゃんと画面と音を通して伝わると思うのですが、昨日のようなブラヴォーを聞くと楽屋ではあれはサクラだよなというような話で持ち切りでした。おととい初日と昨日を比べて拍手の方はほとんど同じ感じなのにカメラの入った昨日に限って何でブラヴォーがあれだけあるのでしょう。皆さんもこれから観察してみて下さい。(今の状態だとテレビカメラが見えたら今日はブラヴォーがあるなと思って良いです。)
 このブラヴォーの声にも声の主の人柄が出ます。音楽に関係なく騒げば良いというタイプ、拍手では足りなくて本当の意味でのブラヴォーを言う人、サクラと色々なタイプがあります。音楽の内容に関係なくいつでもブラヴォーさえ言っておけばよいという感じの声を出している人がいるのです。私達だって誉められればうれしいですが、その褒め方が見当違いだと気分が冷たくなるのです。

 スヴェトラーノフ先生のような人が日本に来るようになったということはロシアの政治状態、経済状態が悪いことが直接の原因でしょう。ですが私達から見ると指揮者としての基本を体現している人ですから、事情がどうであれ来て振っていただけるだけで私達はうれしいのです。


2.27

 この前車を再開して今回の定期から乗ってきています。遅刻しないために電車の時より1時間余計に時間を見ています。今日は割と早く着いたので、ゆっくり昼食をとりました。
 普段は大作の交響曲を弾いているN響ですが、今回のような小品集は気分的に疲れます。どんなに大作であっても交響曲だと1つのイメージとキャラクターが続くので、弾く側は気持ちの対策が立てやすいのですが、小品集はどんどんキャラクターが変わっていくからです。今月の定期はどれもやったという満足感があります。今日はスヴェトラーノフ先生の最後の定期ですが、うまくいくことを祈りつつ頑張っていこうと思っています。(13:20)

 今日も始まるときに客席を見るとお客さんがすごく多く見えます。指揮者が良いせいでしょうが最近はお客さんがどの定期でも多くなっています。曲の合間の拍手も一時期に比べてずっと厚い音がします。ありがたいことです。今日の本番は衛星放送で実況中継されていますが、それを見た人の話ではいつもの定期と私たちプレーヤーの表情がとても満足感があるように見えたという話です。今日で今回の一連の定期は終わりましたが、先生には近いうちにまた来ていただきたいです。お元気でまたいらして下さい。
 先輩の話では今回のような感激を味わったのはロブロ・フォン・マタチッチ以来だとのことです。ホンのちょっとした所でも素晴らしさが味わえます。たとえば「ルスランとリュドミラ」ではチェロの2度目のテーマではピアニッシモに徹していますが、これが素晴らしい効果を上げています。「ロメオとジュリエット」の最初も音量を上げずに教会のオルガンのような効果を上げるようにと言われていますが、これもとても効果が上がっています。こういう所が何ヶ所もあるのですが、聴いているとごく自然に聞こえます。普通これくらい工夫を凝らすとわざとらしさがついて回るのですが、今回はちっとも不自然に聞こえません。こんな指揮者はちょっと他にはいないでしょう。
 ところで1つ気になることがあります。それはブラヴォーの掛け声のことですが、テレビ収録があるときに限ってものすごいブラヴォーがあることです。終演後楽屋でひとしきり不自然だと話し合っていました。単なる偶然だということにしておきましょう。(21:10)


2.26

 今日の演奏会は何年に一度というくらいの良い演奏会でした。ポピュラーコンサートでありながらこれだけの内容があるのは、指揮者の指導力の賜物です。今日も楽屋で話し合っていたのですが、「すごい爺さんだ!」という印象が私達の偽らざる感想です。先月のスクロヴァチェフスキー先生もすごかったのですが、スヴェトラーノフ先生の方がスケールと言い音楽感と言いテンポ感と言い更に数段上を行くというのが私達の感想です。ロシアが傾いたおかげで私達が先生の指揮の下演奏することが出来るのです。私達にとっては最高の幸せです。
 今日は演奏の最中も終わってからも先生はとてもうれしそうでした。70才になってもなおこのエネルギーを持ち続けられるというのは素晴らしいことです。楽屋で一番話題になっていたのは本番でも練習と同じテンポで振られていたことです。これは簡単そうに見えてとても難しいことです。先生以上の年の指揮者でこれだけのしっかりしたテンポ感を持っている人はほとんどいません。このポピュラープログラムをこれだけ聴かせられるということは並大抵の腕前ではないということです。今日のような演奏会だとステージの上の配置の問題などなんの問題にもならないのです。本質的にちゃんと良い音で鳴っていれば前であろうが後ろであろうが関係ないのです。


2.25

 今日の練習でもスヴェトラーノフ先生はハッキリしたイメージをもって曲に対するように、曲の感じを細かく説明されて私達にイメージを伝えて下さいました。今日もさかんに書いてないところで遅くしないように強調されていました。昨日カラオケで練習した先生の自作の詩曲は今日はソロ付きでやりました。普通の協奏曲のようにヴィルトゥオーゾタイプの曲ではありません。静かに昔を懐かしむような曲で(だからこそ〜ダヴィッド・オイストラフの思い出に〜なのでしょう。)、長いカデンツァとそれに続く1節は激しいのですが、ほとんどはまさに詩曲です。今回のプロは前半は「ロメオとジュリエット」とこの詩曲と共に内省的な曲です。後半はルスランに始まって明るい曲の連続です。非常に強いコントラストです。弾いていても楽しめるのですから、聴かれる方にもとても楽しいと自信をもって言えます。

 昨日ご紹介したように夕方5時から昨年ご卒業なさった小出さんを送るパーティーがありました。

 

 フルート・セクションの主催によるパーティーで、左の写真は小出さんを中央に左は細川さん、右は小出さんの奥様です。右の写真は小出さんに贈ったコートを試着している様子です。この回には先輩のファゴットの近藤さん、フルートの木下さん、植村さんもいらっしゃっていました。


2.24

 今日の練習で最も印象に残ったのはチャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」です。普通は譜面に p もしくは pp と書いてあってもかなり大きい音で弾いていたのですが、ちゃんと書いてある通りに弾くように注意されその通りに弾くと今までとはまるで違う響きがします。ロシアの指揮者がよく言うようにスヴェトラーノフ先生もチャイコフスキーの時は書いてないところでルバートしないように注意されています。たとえば日本では cresc. すると大抵 rit. をかけるのですが、cresc. しても in tempo で行くように厳しく注意されます。主部の Allegro giusto の部分は死闘を表しているので甘くならないように、その後の Des-Dur の部分は愛を表しているのでホルンの音形に細かい優しい表情をつけるようになど色々な注文がつきました。特にバランスについては譜面の通りに弱音を大事にするよう何度も注意されていました。このためよく弾かれるチャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」とは一味も二味も違う演奏になっています。
 また今日はカラオケ(ソロなしということ)でスヴェトラーノフ先生の詩曲を練習しました。オケパートはほとんどが静かで、カデンツァの後 ffff というところがある以外は完全な伴奏音形です。ソロがどのような音形か分からないので何とも言えませんが、とてもきれいな曲です。明日のソロ合わせが楽しみです。

 明日は練習の後去年卒業された小出さんの送別会が練習所の隣のレストランで開かれます。私も久し振りに小出さんに会います。


2.23

 今日はロシアの小品の練習でした。スヴェトラーノフ先生の得意中の得意の曲目です。
 前回は体調不十分で、練習所の会談を手すりにつかまりながら上がっていた先生ですが、今回はご自分でどんどん上っていらっしゃいます。顔色も大変良くご機嫌です。
 今日はスペイン奇想曲から練習が始まりました。いつものことながら最初はまず通して弾きます。その後要領よく何ヶ所か注意されるとオケの音ががらっと変わります。メリハリの利いた豪快な演奏という印象です。歌劇「ボリス・ゴドノフ」の序奏とポロネーズの練習の時、先生にはこの曲に思い入れがあるという話をされ、12,3歳の時にもうステージで活動されていたそうですが、この曲の時にはこのように踊ったという姿を通訳の松岡さんの手を取りながら私達に見せて下さったのです。これには皆大拍手で見入ってしまいました。
 また先生は色々なパートのところまでさっと歩いて行かれ注文をつけられるのですが、ある時ハープに注文があるらしくハープの人のところに歩いて行かれたのですが、間違えて第1ヴァイオリンの一番後ろのプルトの所に行かれてから隣のハープのところに行かれたのです。その様子がまるで純真な子供のように見えてとても可愛く見え、皆が大爆笑しました。
 今日の練習の最後に先生はN響は良い音楽家が集まっているので、とても良い響きがしていて、まるでボリショイに戻ったような気がするといって誉めて下さいました。先生はとてもN響を評価して下さっているそうです。
 小品のあまり得意でないN響ですが、今回は先生のおかげでなかなかの出来になりそうな予感がします。楽しいプロですから皆様も是非聴きにいらして下さい。私としてもお奨めできます。


2.22

 昨日の座談会にあたって今年の1月2月の印象があまりに強いので、何となく昔話のような印象がありました。最近は外れの指揮者が少ないです。昨日の話にも出たのですが、私が入団した当時は(20年位前)演奏はともかく偉そうにすましているという悪い印象が強かったN響ですが、最近は雰囲気がかなり変わってきています。昨日の座談会もその一つの現れと言えるでしょう。
 これからのN響にとって必要なものはN響と一緒に育って動いてくれる若い日本の指揮者でしょう。日系の指揮者の大活躍に較べ日本人の指揮者に有望な人は少ないです。日本では指揮者が学校を卒業して活動を始めただけですぐ大先生になってしまうことが原因でしょう。昨日のような座談会でベストテンには入らなかったがこういう有望な若い人がいるというような話が出てもおかしくないのに、そのような話は1つも出ませんでした。技術だけでなく人を引っ張れる人間性も大切です。名の売れた指揮者でも性格の悪いことで有名なようでは楽員の支持は得られません。
 今年のN響は1月はスクロヴァチェフスキー、2月はスヴェトラーノフ、4月にデュトワ、5月にプレヴィンとそうそうたる指揮者が続いています。これはとてもありがたいことです。次の6月には日本人の3人(大植、上岡、大勝)が登場します。この中に次の世代を担うエースのいることを願っています。(今巨匠である人たちだけではなく、次世代を担う若手を発掘することもとても大切です。10年後20年後のことを考えれば。)

 明日からはロシア音楽の小品の定期です。マーラーの6番とはまた違うスヴェトラーノフ先生のもう一つの面が見られるでしょう。N響があまり取り上げないこれらの曲を一体どう料理するのかとても楽しみです。


2.21

 今日は午後2時から練習所で前に書いた定期会員と楽員各4名づつの方々が集まって昨年のベスト・コンサートについての座談会がありました。この内容は4月に出るフィルハーモニーの中に掲載されるそうです。定期会員の皆様の選ばれたベスト・コンサートは9月のチョン・ミュンフンさんの2つの定期でした。特にヴェルディのレクイエムの初めのチェロのピアニッシモが印象的だったという意見の方が多かったようです。

 

 

 最初の写真は練習所の外観です。次の写真はいつも練習に使っている第1練習室で、ここが座談会の会場になりました。後の2つの写真は座談会の出席者で、初めの写真は右から会員の小澤さん、クラリネットの磯部さん、コントラバスの吉田さん、会員の中谷さん、次の写真は右から会員の杉山さん、ファゴットの菅原さん、会員の林さんと写真をとっている私の計8人です。座談会の内容についてはフィルハーモニーをごらん下さい。私にとって印象的だったのは皆さんとても熱烈なN響ファンで、そんなに買い被られても良いのかなと思わず感じてしまいました。(勿論とてもうれしいのですが。)

 私自身の感覚でいうと去年のコンサートで印象的だったことは、3つあります。
 まず東洋人の活躍です。つまりチョン・ミュンフンさんのフレッシュな登場と、準・メルクルさん、アラン・ギルバートさんの活躍です。私の個人的な印象から言うとチョン・ミュンフンさんについては同じ東洋人なのにどうしてこんなに感覚が違うのだろうかと思ったのですが、他の楽員の方々とはその点については意見が違いました。
 次はアンドレ・プレヴィン先生が私としてはベストだと思ったのですが、会員の皆様の投票では10位でした。これは私としてはちょっと意外でした。
 更にこれは今日の座談会でもデュトワ効果ということで私も言ったのですが、デュトワ先生が来られるようになって今までN響が進んできたドイツ音楽の路線の良さを再確認することが出来た事です。サヴァリッシュ、ブロムシュテット、シュタインという方達が選ばれていることがそれを表しています。これはデュトワ先生が選曲の点で今までよりインターナショナルな方向へN響を導いていかれたことによって、このお3方の良さが逆に浮き出てきたということのように感じます。特にサヴァリッシュ先生の充実していることが私には印象的です。これもレパートリーが広がったことによる良い影響だと思います。会員の方々からはデュトワ先生の更なる続投を切望する声が多かったです。


2.20

 今日レッスンをしていて感じたことに拍子感の問題があります。これはどういうことかというと、たとえば2/2と4/4の違いです。どちらも1小節に4分音符が4つ入ることに変わりはないのですが、両者の違いはとても大きいです。まず速さそのものが2/2の方が4/4よりも速くなります。また1小節に4拍ある4/4の方が同じテンポでも重く聞こえます。書かれている拍子をちゃんと守ることによって曲のキャラクターが浮き上がってきます。でもこのことはレッスンで説明して生徒に分かるというような簡単な問題ではないのです。理屈として理解しても実際に曲を目の前にしてそのことを守れるかというとはなはだ疑問です。
 レッスンの時に先生がちょっと速くと言っているとき、実はテンポのことを言っているのではなくこの拍子感の問題だということが多いように思います。ここら辺が音楽のセンスといわれる部分ではないでしょうか。

 もう1つ今日のN響アワーで中国演奏旅行の時のペトルーシュカを放映していましたが、画面はともかく音はあまり感心できませんでした。色々な楽器の音が全部並列に聞こえてバランスが悪いのです。(音を細工しろと言っているのではないです。こんな音ならマイクを2本だけ立てて録った方がもっとマトモにとれるでしょう。)その点NHKの録音の方がずっとずっと良いです。結局向こうの放送局が北京のホールの響きをちゃんと掴んでいないということの証拠だと思います。やはりクラシックに対する経験の差がこの録音の違いにマトモに現れているように思いました。(北京の録音にはNHKのスタッフが入っているはずですが、実際にやるのは現地の人でしょうから。)でも世の中には上には上があるもので、ロンドン・デッカのスタッフの録音の腕はそのNHKの更に何段階か上を行っているように見えます。その意味では我々演奏する側にも問題があるのでしょう。演奏する側が良い音を出していれば録音する側もそれに引っ張られるという部分もあるわけですから。録り方だけの問題ではなく、弾く側との相乗効果がまだ現れていないと言ったら良いのでしょうか。
 これを見ていて中国の後の定期でダウンしたことを思い出しました。あの強烈な寒さの後で上海の暖かさにさらされ(2時間の移動で20度の温度差があったのですから大変でした。)、また2日後に日本に帰って温度が下がったのです。(帰国した日は暖かかったのですが、すぐ温度が下がりました。)
 20年ほど前北京に行ったときは準国賓待遇だったので、食事は本当においしかったです。今回は言ってみれば青少年センターに泊まったのと同じですから、食事もホテルもたいしたことはなく前回のことを想像していた我々としてはがっかりしました。(デュトワ先生だけは近くの超1流ホテルに滞在されていました。)前回の事情を知らない人たちが何人もいる時代になってしまいました。


2.19

 この2月からN響の練習所の電話番号が変わりました。代表番号は5793-8111ですが、事務所1人1人にダイアルインで番号が割り当てられています。それに伴い今メールのやり取りにしか使っていないパソコンとインターネットをもっと有効に使うようにするようです。ひょっとするとN響の公式のホームページがスタートするかもしれません。(そうなってもこのページは意味合いが違うので続けていきます。)ただ公式のページだと誰に責任があってどの範囲までインターネットでやるかなど沢山の問題があるので簡単には行かないのです。

 私達には降り番という制度がありますが、この降り番というのは不思議なことにすぐ終わってしまうのです。定期を降りると1週間休みになるのですが、すぐ日が経ってしまい気がついたら明日から出なくては行けないという風になってしまいます。出番の1週間は本当に長いのですが、降り番の1週間はあっという間です。(これは誰でもが言うことで、私だけの感覚ではないようです。)降り番と言ってもゆっくり休んで遊んでいられるわけではありません。N響は休みでもレッスンや自分の練習があったりで大変です。演奏という作業は前に一度弾けたらもう練習しなくて良いと言うものではありません。(一度弾けたらもう覚えたと勘違いするという間違いはとても多いです。子供の場合などほとんどそう思っています。)いつでも弾けるようにしなければいけないのです。(一度弾けたから少し時が経っても弾けるというほど簡単ではないのです。)横から見ていて格好の悪いゆっくり弾く練習がとても大切です。腕自慢のスタンドプレーのような練習というか気休めでは役に立たないのです。
 アマチュアであれプロであれ難しいところはゆっくり確実に弾けるように練習しなければ絶対にいけないのに、時間が押し詰まってくると気が焦ってほとんどの場合(特に本番間際になると)速く弾くだけになってしまいます。子供が初めての曲を弾くときのような練習をしないといけないのです。生徒には偉そうに言っていても自分でやる時はやっていないというのはやはりダメですね。(今反省しながらこれを書いています。)速く10回弾くよりゆっくり1回弾く方がずっと得るところが多いということは分かっているのにゆっくり弾けないのです。上達の秘訣はごく当たり前のことをやるところにあるのに。

 


2.18

 今日はまず昨日ページを更新しなかった事情の説明とお詫びをします。実は昨日は家内の誕生日だったので家族3人でそのお祝いをしたのですが、その時ワインを飲んで気持ち良くなってしまいちょっと布団に入ったらそのまま寝入ってしまい気がついたら朝になってしまいました。それで昨日はメールの確認もページの更新も出来ませんでした。すみませんでした。

 「音楽の友」3月号にこのページが紹介されています。音楽の友3月号の224ページ「ウェブで情報をゲット!日本のオーケストラ」というコーナーです。昨日酔っぱらって寝入ってしまって恥ずかしいのですが、ここで紹介していただいたことを励みにまた頑張っていきますのでよろしくお願いします。最近はデジカメをもって歩くのが少々重いのでさぼっていましたが、またちゃんと持って行こうと思っています。
 実は今朝新しいパソコンのかばんが家に届きました。これはBurstというところが作った2400とDuo専用のかばんです。モバイルの時に2400をかばんから出さずに使えることを主眼に考えられたものです。このかばんの良いところは実際に自分で使うことを念頭に作られたので良く考えられていることです。

 ところで昨日は夕方我が愛機2400/180の心臓を入れ替えました。今最も評判のインタウェアのBooster PB2400 G3 320です。まだ使い込んでいないので詳しいところは分かりませんが、ちょっと触った感じではとても快調です。昨日の午後松戸のパスカルにG3 320が入ったという連絡があったので、入れ替えに行きました。この前納車になった車で片道10kmを往復しました。これでしばらくの間2400は現役で使えます。それに伴って以前使おうとしてうまくいかなかったNewerのG3/240のボードが余っています。(余っているボードは前に事故のあったボードではなくそれを交換してもらったものです。時間がなくて交換に行けなかったのですが、そのうちにインタウェアのボードが出てきたのでそちらを注文したので余ってしまったというわけです。)私はもう使わないのでもし使ってみたいという方がいっらっしゃいましたら差し上げます。ただご自分で入れ替えるのは難しいと思うので、どこか入れ替えてくれるところを捜して下さい。それでも良ければ差し上げます。(NCRあたりに持っていけばいくらか工賃を払えば入れ替えてくれると思います。)

 今日は音楽に関係のない事ばかりでした。今日でB定期は終わり明後日は名古屋の愛知県芸術劇場での演奏会です。今度の日曜日に練習所で定期会員と楽員が集まって去年の演奏会で印象的だったものについてのインタビューがあります。私も楽員の1人として参加することになりました。いつ何に掲載されるかなどちゃんと聞いていないのですが、日曜日に行ったらご報告します。


2.16

 今日いただいたメールの中にNHKホールでの演奏会の時の食事の場所についてのお話が合ったので、そのことについて書きます。定期初日はゲネプロの後お昼を食べに出ますが、その場所は色々です。NHKの中で食べる人、家に帰る人もいます。ですがほとんどは外に出ていきます。西玄関からちょっとあるいたところにある魚屋さん、ウナギ屋さんは有名どころです。また近くのホテルの地下のてんぷら屋さんとか、ホールの向かいの渋谷公会堂近くのラーメンで有名な店に行く人もいます。夕方5時半くらいになると本番前に軽く食べる人たちは近くの蕎麦屋さんやラーメン屋さんに行ったり、NHKの中で定食を食べたりします。
 私自身はお昼は西口の魚屋さんとか東急ハンズ近くの定食屋、道玄坂の回転寿司などに行きます。本番前の食事については私はほとんど食べません。(食べる時はNHKの中で済ませます。)本番前にしっかり食べて家に帰って食べない人と、私のように本番前は適当に済ませて家に帰ってしっかり食べる人の両方がいます。

 サントリーホールの時はアークヒルズの中で食べることが多いですが、時々は六本木のアマンドに行くこともあります。本番前の食事についてはアークヒルズの中で食べる人もいますが、サントリーホールの前にメンフィス、サブウェイ、アンデルセンとテークアウトの出来る店が沢山あるので、そこで買ってくる人も多いです。(私はいつもサブウェイのサンドを買っています。)

 実をいうとこの食事以上に問題なのは昼食から5時半くらいまでの時間です。何が問題かというとこの時間渋谷などを歩いていると(ロフトやハンズ)お金がいくらあっても足らないのです。私などこの時間にパソコン売り場を歩いたら大変なことになります。(何度も大変な目に会いました。)ただ最近は魅力的な新製品がほとんどないので、助かっています。前はゲネプロ本番の間に大抵何か買っていたものです。最近はHDDを衝動買いしましたが。
 この時間に楽屋でPowerbookを使って何か有効なことをすれば良いのですが、結局どこかで遊ぶ羽目になってしまいます。

 このゲネ本(ゲネプロ本番の意味)のやり方はヨーロッパスタイルなのですが、これはホールから家まですぐ帰ることが出来るようでなければあまり意味がありません。日本でこれをやると1時にゲネプロが終わって家に帰ると私の場合は2時過ぎになります。それからお昼を食べると3時、ちょっと休んで4時半ぐらいにはまた家を出るというようになり、交通費と時間を考えると家に帰るのは疲れるだけです。専用ホールがあって、広い設備の整った楽屋があってそこで時間を潰せるようならこれでも良いのですが。(何年か前は将棋をやっていたので、ゲネ本の間は休憩室で将棋をやっていれば良かったのです。その時は無駄にお金を使わずにすみました。)


2.15

 私は今の所に引っ越す前はずっと車に乗っていたのですが、今の所は便利なので引っ越したのを機会に車はやめたのですが、また車を再開することにしました。今日はその車の納車の日でした。10年ぶりの運転なので最初は恐る恐る動かしていましたが、だんだん慣れてきました。今週は少しづつ運転に慣れようと思っています。色々便利な機能があるのですが、使い方に慣れるのに時間がかかりそうです。明日は以前住んでいたところまで行ってみようかなと思っています。片道1時間くらいの道のりです。

 来年の初めに地元の市川市文化会館小ホールでニューイヤーコンサートとしてヴァイオリン・リサイタルをしようと計画しています。曲目等は未定ですが、楽しく聴ける演奏会にしたいと思っています。曲目選びは簡単に弾きたい曲を選ぶと調性が全部同じになってしまったり、全体に暗い調になってしまったりで難しいです。曲のキャラクターも同じようなものばかりを集めるとすごく単調になってしまいます。もう少しプロを練ってみないといけません。細部が決まったらご紹介します。


2.14

 今日からB定期の練習ですが、私は降り番です。私は今日は市川市文化会館の主催の第9公演(オーケストラは市響です。)に出ました。指揮は黒岩英臣さんでした。合唱団はアマチュア合唱団の寄せ集めです。演奏そのものは練習中に予想していたよりずっと出来は良かったです。コーラスが入るためにオケがステージの前の方に押し出されているので、他のパートの音が良く聞こえず、とても弾きにくかったです。それで危ないと思った時もあったのですが、結果的には事故にはなりませんでした。(NHKホールでも同様の問題がある。)このところ難しい曲ばかりやっていた拡大路線のせいか色々合っても何とかしてしまう強さが身についているようです。オケについては今日は問題はあるにしても出来は良かったです。

 コーラスの皆さんも楽しく歌っていました。演奏会初体験という人が多いようなので、これをきっかけにステージマナーなど他の協演者のことにも気を遣えるようになって欲しいです。普段の市響の演奏会でお目にかからなかった出来事が、写真のフラッシュです。撮っているのはコーラスの関係者でしょうが演奏中に写真を撮らないのは常識です。コーラスの指導者の方は「練習の時には静かにする」とか、「写真や録音は厳禁であること、携帯の電源を切ってアラームは音がしないようにする」のが常識であるとか演奏会にあたっての常識を普段の練習でちゃんとしつけておいて下さい。(普通の演奏会でフラッシュなどたいたら間違いなくつまみ出されますよ。フラッシュをたくのは演奏者にとって迷惑であると同時に他のお客さんにも迷惑だからです。)

 今日はいつもの市響の演奏会よりはるかに多くのお客さんが入り大盛況でした。市響の人がうらやましそうに客席を見ていました。


2.13

 昨日の話の続きです。スヴェトラーノフ先生はマーラーをあのように演奏できてN響は世界一流のオーケストラだと言ってとてもご機嫌だそうです。
 色々な演奏会を弾いてみて今回の定期と出来の良くないときの演奏を較べると、「これが同じN響?」と言いたくなる位出来が違います。なぜなのでしょう。弾いているメンバーはいつも同じN響のメンバーなのにです。これが指揮者のオーラの違いです。ただ棒を振っているだけに見えますが、私達弾く側から見ると分かって振っている人と分かったふりをしている人の違いです。大指揮者は皆口数が少ないのです。昨日紹介したスヴェトラーノフ先生の著書にもある通り、指揮者はプレーヤーに自分の感じを伝えることが仕事なのです。その時たくさんしゃべって伝えようとするのではなく必要最低限の言葉で伝えようとするやり方が一番良いのです。
 私達オーケストラの練習というのは音楽大学の学生のレッスンとは意味が違うのです。私達も色々な経験をしていますからある曲を弾くときに一般的に言って指揮者による誤差がどのくらいあるかは知っています。問題はその時の指揮者がその誤差の範囲の中でどの路線を進んで行こうとするかを知ることが練習の一番大きな目的です。大指揮者ほどレクチャーをするのではなく自分はこうしたいのだということを口数少なく的確に伝えてくれるのです。
 私達の側から見る名指揮者というのは世間の風評とはかなり食い違います。指揮者は私達の前に立って棒を振るのですから(そして高いギャラを持っていくのです。)私達に意志が伝わらないのでは指揮者としての責務は果たしていないのです。

 昨日おとといの定期の演奏があまりにも良かったので今日も新たに追加しました。


2.12

 今日も良い演奏でした。どちらかというと昨日の方がいくぶん良いかもしれませんが。今日ある方からメールでスヴェトラーノフ先生の自伝が出ていることを教えていただきました。(私は初めてこの本のことを知りました。)その中には以下の記述があるそうです。
 「リハーサルは基本的に、できるだけ会話を少なくするように努める。」、「指揮者は口をきかない。ただし、耳は鋭敏である」。「会話は少なければ少ない程良いのである。もっとも大切なのは、楽員は私が何を必要としているか、何を望んでいるかを感じることで、オーケストラと私との間には、すでにそんな接点ができあがっている。(中略)結局、自分から出ている流れの方法ですべてを伝えることができる。私はそれを深く信じている」
 また「私が探求しているのは、練習過程で自分が指揮台に立つ資格があるという保証を得てから指揮台に立つことを一生かかって努力することである。そうでなくては全然意味がないと考えている。全くその通りに、仕事をした同僚を大勢知っている。昔の偉大な指揮者たちもそのように働いた。それが当然至極、唯一の正当な過程だと思う。」
 私が先生が立派だと思うのは先生の実際のやり方とここで述べられている能書きとが見事に一致していることです。立派なことをいう人はたくさんいますが、自分の行動がその通りになっている人はほとんどいません。先生はその最善の意味での例外です。
 先月のスクロヴァチェフスキー先生もすごい指揮者でしたが、人間的音楽的スケールという意味ではスヴェトラーノフ先生の方が一枚上手という印象を持ちました。(ですが決してスクロヴァチェフスキー先生が良くないという意味ではありません。持ち味が違いますがお2人とも大指揮者です。)

 今日本番前にNHKの中の食堂で夕食をある人と一緒に食べたのですが、その時に昨日の演奏の話になってこの1時間半の大曲を弾いてこれほど楽しくのって弾けることは珍しいということで意見が一致しました。この1時間半という長さを今回は少しも感じないまま終わりまで弾けてしまいました。これはとても珍しいことです。同じマーラーでも1時間くらいの巨人を弾いたときの方が長いと感じるし疲れるのですが、今回は確かに疲れるのですが爽快な疲れなのです。
 こんな事言っては悪いのですが、練習時間半分くらいは話をし続けるB氏、我々に弾き直しを要求する時に何が気に入らないかをちゃんと言わずに腹芸で理解しろと要求するI氏などスヴェトラーノフ先生の爪の垢でも煎じて飲んでもらいたいです。練習の時など私が聞いているともっと色々注文があるのだろうにと思うほどチョコッとしか注文を出されない先生ですが、本番を迎えてみると我々はお釈迦様の手のひらで飛び回っている孫悟空のようなものです。

 というようなわけで最初の定期は無事終わりました。とても気持の良い演奏会でした。


2.11

 今日の演奏会はN響の演奏会の中でも何本かの指の中に入る名演奏だと思います。本番の時は練習の時よりテンポが速くてびっくりしました。本番が終わって楽屋に帰った時皆スヴェトラーノフ先生のすごさに感服していました。練習の時余計なことは何もしゃべらないし、本番中も私達を惑わす余計な動作は一つもないし、これぞ指揮者という感じです。技術的に言うとテンポを変えた後元のテンポにちゃんと戻るのがすごいです。テンポを遅くするときも妙にもたれないし、新しいテンポになるときもきちっと変わります。それに指揮している時にちゃんと冷静に音を聴いていて、クライマックスのような大きい音の時にも指揮の動作はコンパクトにしっかり動いています。
 今回は先生も体調が良いようで、これだけの大曲でも初めから終わりまで緊張感がゆるまずに続いています。更にすごいのはその緊張感に余裕がある事です。これだけの演奏はなかなか出来ません。明日はどうなるか分かりませんが、今日の演奏は私も弾いていて4楽章の真ん中あたりからうれしくなってきました。このスケール感といい音色といいなかなかお目にかかれません。
 本番が終わっての楽屋では先生のテンポ感の確かさに話が集中していました。弾く側から言うと先が予想できるテンポ感を持っていない指揮者は最悪なのです。スクロヴァチェフスキー先生もスヴェトラーノフ先生も共にすごい指揮者です。こういう経験をすると何と言っても一番残念なのは日本人の指揮者にこのような人がいないことです。しっかりしたテンポ感というのが一番の問題点でしょう。(2人のミスターSは共に70才代なのに、指揮者として当然とは言えしっかりしたテンポ感をもっていらっしゃいます。テンポ感のことを盛んに言いますが、テンポ感というのはただ速ければ良いと言うような単純なことではありません。遅くてもリズム感のある遅いテンポというのはあるのです。テンポは心臓の鼓動と同様、安定していないと心不全のようにしか聞こえませんし、ただ遅くてテンポが延びているようでは音楽に最も大切な生命感が出てきません。この点については日本の指揮者はテンポ感の大切さが分かっていないとしか言えないです。)今日の本番を聴かれた方は滅多に聴かれない良い経験をされたと思います。スヴェトラーノフ先生はN響のことをとても気に入られているようで、とてもご機嫌が良いそうです。今日も本番が終わった後とてもうれしそうなお顔をなさっていました。
 またこれはことあるごとに言っていますが、練習の時に無駄な話をしないのも名指揮者に共通した現象です。スヴェトラーノフ先生などとても口数が少なくあの程度の注意で良いのかなといつも思うのですが、本番をやってみると必要なことはしっかり注意されているのです。どうしてこういう名指揮者の時に練習を見に来て勉強する指揮者の卵がいないのでしょうか。指揮者に何が必要か良く分かると思うのですが。


2.10

 体調を回復された先生は快調に飛ばしている感じです。非常に充実したマーラーが出来上がったと思います。今日の練習の最後に先生から一言がありました。「普通トレモロというとオペラの場合など細かく刻まずに適当に弾いてしまうものです。その点について自分がチェロを弾くヴェルディがトレモロをちゃんと弾けるようにならないと奏者としてはダメだということを言ったそうです。私も同意見で、マーラーやショスタコーヴィッチなどの場合トレモロをちゃんとトレモロで弾くと適当に弾くのよりずっと効果が上がるので、大変ですが頑張って下さい。」ということでした。普段はかたことの英語で短い注意しかされない先生ですが、時々通訳の方を通してこのような話をされます。こういう話をされるときはロシア語でしゃべられ、あの一見恐そうな顔ではなくユーモアを込めて楽しいお話をされます。このお話をした後は「また明日。」と言われて今日の練習はあっさり終わってしまいました。もっともっと有名になってもおかしくない人だと思うのですが、世界的に見ても不当に過小評価されています。
 N響の練習は1時間やると15分休むというやり方ですが、この休憩時間が終わって次の練習が始まるとき先生は必ず着替えるのに手間取って指揮台に立つのが何分か遅れます。でも誰も文句を言わずに先生が登場するのを待っています。

 明日はいよいよ本番です。前に日本人にとってマーラーなど一番理解しがたいものだと書きましたが、今回は違和感なく最後まで行きます。日本人の演奏するマーラーとしては最高の部類に属するものだと思います。ご期待下さい。


2.9

 今日もマーラーの練習でした。今日はまず4楽章をみっちりやりました。今回は前回より先生は若々しく元気良いように感じます。前回は前に比べて年をとられたかなと思ったのですが、今回は本当に元気良いです。以前どのオケでもマーラーを取り上げましたが、今ではほとんど取り上げられていません。日本人の感覚からはかなりかけ離れた世界としか言えない気がします。マーラーもブルックナーもとても素晴らしい音楽なのですが、日本人の感覚(特に日本人の持久力)からは一般的に言ってとてもついていけないものがあります。同じ意味でワグナーもついていけません。ゲルマン人のこの壮大さがドイツオーストリアの音楽の神髄をなすものだと思うのですが、これが馴染まないところが日本人がこのジャンルを演奏するときのもっとも大きな壁だと思います。フランス人から見てもこのジャンルは馴染まないようですから、これは何も日本人だけの問題ではないと思いますが。好き嫌い以前にこれだけの規模の音楽に同化していけないところが一番の問題です。
 そういう事を考えても今回のマーラーはこれを弾いていて長さ重さに辟易とすることがないのはさすがにスヴェトラーノフ先生です。皆日本人にはついて行けないと言いながらも先生に引っ張られて良い音、良い音楽を醸し出していくのですから、素晴らしい統率力です。(今回お元気なためになおのこと統率力の強さが目立ちます。)先月のミスターSとはまた違う持ち味です。
 スクロヴァチェフスキー、スヴェトラーノフ両先生に続けて指揮していただけるのはとても幸せなことで、N響にいることの幸せを感じます。お二人に共通していることはバックボーンにしっかりしたテンポがある事です。二人とも70代ですが速いにせよ遅いにせよテンポはしっかりしています。プレヴィン先生だって当然テンポはしっかりしています。音楽にとってテンポは心臓の鼓動と同じもので、テンポがちゃんと進まないのは心不全と同じことなのです。ベテランという名前の元にテンポが延びまくっていてももてはやされるのは、非常に不思議な日本だけの現象です。
 また練習も無駄がないのも共通しています。自分のために練習する必要がないほど曲を熟知されているので、練習はご自分のイメージを私達に知らせて理解させれば良いだけなので、何度も意味もなく繰り返し練習する必要がないのです。ご自分のイメージに合わないと何度も繰り返ししますが、イメージがハッキリしているのでこちらとしてはどうしたら良いのかが分かるので良いのです。(有名な人でも何を注意しているのか分からない人は結構います。何度繰り返しても訳の分からない注文しか来ないとこちらとしてはやりようがありません。)ですから同じ練習時間でもはるかに効果が上がります。(効果が上がるからこちらも飽きずに練習できます。無駄なことをしない人だとわかっているから注文をよく聞きますから。一生懸命話を聞いているのに最終的に何を言っているのか訳の分からないことで何度も繰り返しなどさせられるとウンザリします。それが続くと誰も話を聞かなくなります。まあ当然ですが。話だけ立派そうでも実は何も分かっていないような人はすぐにわかってしまうのです。)


2.8

 今日はスヴェトラーノフ先生の練習初日です。私自身は今日の練習はとても集中できました。曲が充分手の内に入っているという感じで、こちらも弾いていてとても安心できます。今日は第1〜3楽章のみをしっかり仕込まれました。まず最初に第1楽章から第3楽章までをざっと通してそれから細かいことを調整します。曲が良くわかっているので、練習の時不必要に何度も繰り返しさせられることがないのがとても良いです。(実は自分がうまくできないので何度もやりたいのに私達のせいにして何度も繰り返す指揮者というのは結構たくさんいるのです。私達にばれていないと思っているのでしょうが、そんなことはこちらからは丸見えです。)その意味では先月のミスターSも今月のミスターSも不必要な練習は絶対にさせません。ここら辺の呼吸を若い指揮者の皆さんはよく見習って欲しいです。今までスヴェトラーノフ先生というと割と速めのテンポで弾かせるというイメージが強かったのですが、今回の第1楽章はかなり遅めのテンポです。スケルツォもそれほど速くありません。テンポもしっかりしていて、とても弾きやすいです。
 私がテンポのことを盛んに言うのは、テンポのきちっとしている人は音楽も立派だからです。ユルフン(ゆるんだフンドシのように伸びまくったテンポ)のようなテンポでオケの様子を探りながら顔だけは偉そうな顔をして振っている指揮者がとても多いのです。

 昨日の更なる補足です。今日話を聞いてみたらC定期の時ミスターSは同音の繰り返しの伴奏のところはものすごく小さい音で弾けと言う注意を強調されていたようです。ということになるとボリュームの操作をしているのではないかという私の予想は全然違っていたということになります。


2.7

 5日に書いたことについて少し補足します。ステージ上の配置が変わってオケが全体に前に出るようになって、客席で聴くと細かい音が聞こえるようになった反面普通は聞こえない音が目立ち、ソロ楽器の音が全体の中に溶け合っていないように聞こえ、全体としてまとまりがなくなったと思うのです。これは録音の問題ではなく座る位置の問題です。ですがホールでの録音がホールトーンをとるのではなく各楽器がクリアに分離していることを強調するあまり、ステージ上の配置の良くない部分をことさら強調するようになっているのではないかということが私の心配なのです。客席で聴いてまとまって聞こえないのは弾く側の責任と今の位置に座らせる人の責任ですが、放送で殊更それを浮き立たせて欲しくないなというのが真意です。(弾く側は全体がまとまっている中で、自己主張をしているのです。全体がバラバラに聞こえるのでは困るのです。)
 5日は放送を聴いてその勢いで書いたため書き方が良くなかったようで、もう一度私の真意を分かって頂きたくて書きました。

 明日からは2月の定期の練習で、スヴェトラーノフ先生の登場です。初めはマーラーの6番「悲劇的」です。またお元気な先生のお姿が見られるのが楽しみです。ご高齢のため大体練習は短めなのですが、練習はとても要領よく進められます。


2.6

 今日は午後2時から衛星放送を見ようと思っていたのですが、用事があって1曲目のパヌフニクのノクターンを聞き逃してしまいました。私もN響に入ってから23年経ちますが、その間には色々なことがありました。もちろん良いことも悪いこともありました。自分自身のことについて言うと、一時期弾くことにあまり興味がなくなった時期がありました。その頃は今から考えると恥ずかしい限りです。上手くなるための手がかりを見つけられなくなっていたのです。それを抜けられたのはちょっとした事だったのですが、きっかけは協奏曲の時たまたま降り番だったのですが、モニターを見ていたらソリストの仕草から迷いがなくなったのです。要するに楽器の持ち方の問題だったのですが、一生懸命練習しても上手くなっていかない原因というのは後から見れば大したことではないのです。ですが迷っている時はつまらないことに捕らわれてしまっているのです。

 その昔Kさんという大先輩がいましたが、その方はとても趣味の広い方だったのですが、私にMacintoshをさせるように導いて下さったのはこの方です。Kさんのいらっしゃる間は私はMacを始めなかったのですが、興味は持っていたのでMACLIFEをずっととっていました。(創刊号から持っていたのですが、雑誌だらけになってしまうのであるとき全部始末してしまいました。)そして私が今の所に引っ越してからしばらくしてMacを買ったのです。その時は往年の名器MacIIciを買いました。IIciとモニター、プリンターを含めて100万位かかりました。その時は68030というCPUで25MHz、メモリーは8MB、HDDは100MBでした。(100MBのHDDが10万以上した時代です。)お互いに知らなかったのですがその時ホルンのYさんもIIciを買われたのです。
 それからヴァイオリンのYさんが始め、だんだんMac人口が増え今では一体何人Mac使いがいるのか分かりません。iMacを持っている人も何人もいます。今では8GBのHDDが4万円で買える時代です。私が始めたころに較べると同じお金で200倍の容量のHDDが買えるのです。この進歩の速さは信じられないものがあります。

 どんどん新しいものが基準になっていくパソコンの世界と150年位前に作曲されたものを扱っている音楽の世界とは接点があるのでしょうか。これからの時代21世紀になった時音楽はどう受け取られるのでしょうか。

 今月の18日に出版される音楽の友にこのページが紹介されるようです。各オーケストラの公式のホームページを紹介するページの中に個人でやっているホームページを紹介するコーナーがあり、その中で私のホームページを紹介して下さるということです。


2.5

 今日はC定期初日でした。私はFMで途中から聴きました。ショパンの2番の1楽章の途中でした。ギャリック・オールソンという人は時々派手に外すのですが指はとてもよく回るようです。聴いているとスクロヴァチェフスキー先生の手が入った譜面で弾いているようで何ヶ所か普段とは全然違うところがありました。アンコールのワルツも見事でした。
 運命は冒頭からすごい勢いの迫力満点の演奏でいささかびっくりしました。もう少し軽い感じで始まると勝手に想像していたからです。とても若々しい演奏でした。
 最初に音を聴いたときN響の音が変わったのかなと思いました。放送の音はホールで聴く音とかなり違うのです。よく聞くと高音を絞って中低音を延ばしているのです。オーケストラが全体としてまとまって聞こえません。各パートがてんでんばらばらに弾いているような感じがします。何度も言っているステージ上のオケの位置の問題です。会場で聴くのとは全然違う音が放送で流れているように聞こえます。今はこういう音が受けるのでしょうか?それにしてもこんなに音に手を入れなくても良いのではないでしょうか?時々第1ヴァイオリンの音を聴いているとメロディーから伴奏に移るとまるでボリュームを絞っているように聞こえるのです。(会場で聴いていませんからよくは分かりませんが、4楽章で何ヶ所かボリュームを操作されているように聞こえました。ひょっとすると指揮者がその音を出さないように押さえているのかもしれませんが。もしそうだったらお詫びします。)もっと実際の会場の音をそのまま流して欲しいなというのが感想です。
 演奏が終わったときの拍手を聴くと一時期定期会員が少なかったころとは随分違います。やはり私達から言えば少しでも多くのお客様に聞いていただくのが一番です。


2.4

 この前のB定期を聴かれた方からこの定期を聴いて長いとは感じなかったというメールをいただきました。ここいら辺が弾く側と聴く側の違いだと思うのです。聴いている分には大フーガはとても良い演奏だったそうです。たしかに私ももし聴いている立場だったら同様な意見を持つだろうと思います。ただ弾いている側からいうと緊張を持続できる限界を超えているように感じるのです。たしかに決して悪い演奏だとは思いませんが、私としては緊張が持続しているかどうかあまり自信が持てないという限界すれすれのような気がするものですから、聴いていらっしゃる方にとってはどうなのだろうかという疑問があるのです。(この演奏会がつまらなかったというご意見の方はいらっしゃらないようなので、平均的には評価していただけたのだと思って良いようです。)ショパンについてはミスターS以上にダヴィドヴィッチさんが上手かったということだと思います。テンポ音色ともに素晴らしかったです。
 前半だけで帰った人がいるという件については、曲がルトスワフスキだったからではないかというご意見でした。普段の定期の感じから言うとルトスワフスキであってもほとんどの方は聴いていかれると思います。(このルトスワフスキのオケコンはバルトークに較べればつまらないかもしれませんが、決して悪い曲ではありません。いやでもバルトークの影は引きずっていますが、違う路線を狙っているように見えます。)
 B定期やオーチャード定期について「?」を表明しましたが、これはミスターSが悪いというわけではありません。協奏曲については前に書いた通り疑問な部分はありますが、ブルックナー、ルトスワフスキ、火の鳥についてはとても良い演奏を出来たと思います。
 これはいつでもどの指揮者でも言えることなのですが、私達はずっと付き合っていると初めは良い部分が目立つのですが、しばらくすると良い部分と同時に「?」な部分がいやでも見えてきます。ですから後になればなるほど否定的に見るようになります。これは弾いている側のわがままなのかもしれません。でも指揮者の評価は演奏会でどう弾かせるかで決まるので、私の言っていることは私達の気持を表現しているのですが、お客様から見れば大した問題ではないのかもしれません。この前サヴァリッシュ先生と似ていると書きましたが、似ている部分というのは自分の得意とするジャンルをちゃんと守って、そこでしっかりとした演奏効果を発揮しているということです。最近私はサヴァリッシュ先生を再確認したのですが、スクロヴァチェフスキー氏についても今回はびっくりさせられました。このように素晴らしい演奏されるスクロヴァチェフスキー氏が前にいらしたときの印象がどうして希薄なのか自分でもよくわかりません。
 最近は指揮者だけでなく、N響の演奏も良かったと私達の演奏を特に取り上げて評価して下さる方が多いのも大変うれしいです。明日はいよいよC定期です。明日は聴く側はどういう感じを持つのか自分で体験してみようと思っています。


2.3

 この前のオーチャード定期の時のこぼれ話ですが、オーチャードでもNHKホールと同じようにステージの前方に出て並んでいるのですが、打楽器の後ろから反響板まではものすごく空いています。どこの会場に行ってもこの見た目の悪さは同じです。たまにホールの大きさからステージの前に出るという配置が出来ない会場があるのですが、そういうときは仕方なく従来の配置をしています。ホールでの配置について楽員側のアンケート結果を事務局には伝えてあるのですが、楽員の意見は無視されてしまいました。今の配置を評価する人は1/8、まあ我慢できるという評価をしている人を含めると1/3の人が評価しています。つまり半分以上の人は「No!」という評価をしているのです。またお客様のアンケートについても皆積極的に評価しているという結論を出してすべてを終わりにしています。(つまり全部自分の都合の良いように編集しているのです。)この問題については私達も色々な会場でやってみて反響板の大切さは充分感じているので、今のようなステージの前に出てくるという形の配置で良い響きが得られるとは思っていません。
 大体会場は反響板を含めてどのような響きにするかを考えているので、反響板の存在を無視するような配置にして良い結果が出る筈がないのです。風の便りによると事務局のある人の独走ではないかという話です。

 このところは我がMacは順調に動いています。今ではG3も400MHzの物が出ています。(私は604e/200MHZという今としては寂しい機種です。)でも2400のG3カードの件で不都合があって、デスクトップのG3化の熱は一遍に冷めてしまいました。15〜6万かけて不良品など掴まされたら馬鹿みたいなものです。(私はNewerのボードを入れてその速さを楽しんだのはたった4,5日です。その後は前にも書いた大騒ぎが待っていました。)いくら不良品を交換してくれるとしてもその間にカードの値段がぐんぐん下がるのを見ているとはっきり言って頭に来ます。(この不良品交換だってすぐ出来るのではなく1月近く待たされます。それにNewerのボードなど秋葉原でいくらでも店頭にあるのに不良による交換ボードは1月も来ないのです。この点についてはインタウェアも同じで、秋葉原で2400用の320MHzのボードが並ぶようになっても注文したボードは入ってこないのです。こういうことを経験すると本体にボードを入れて速くするということは基本的にやらない方が良いと言うことになります。
 それぞれの時期でその時の入門機種を買っておくほうが値下がりしても頭に来ないで使えます。今なら安いG3の入門機種(iMac)を買っておくほうが結局はお得です。


2.2

 今日からのC定期は私は降り番です。ミスターSについては今度の定期の放送を聞いてから判断しようと思っていますが、今までの演奏会の感じからいうと全体的にはすごい指揮者だと思うのですが、うまくはまらない時もあるようです。最初の定期(ブルックナーの7番)では手放しに素晴らしいと思ったのですが、次のルトスワフスキの定期では協奏曲の時にソロの動きがよく分かっていないように感じられる時があってその部分については「?」でした。この定期についてはプログラムビルディングの失敗で弾いている側が冷めてしまっていて、ブルックナーの時のようにのめり込めなかったです。1つ1つの曲についてはなかなかの出来だし、求められている音のイメージについては素晴らしいものです。更にこれは私の想像ですが、ミスターSは私たちの気持がわかるので、ルトスワフスキの定期では私達をもり立てようとして少し動きすぎていたように感じました。またもう1つ小節の頭がどこにあるのか弾いていて掴めないという問題もありました。(音が動いていないときに棒を止めてしまって、突然次の小節の2拍目から動き出したりするものですから、とても困るのです。)次のオーチャード定期については会場の響きの問題もあってあまり良い出来とは言えません。今までの3つの定期を見ているとメインプロについてはどれも良い出来でした。でも最高の出来はブルックナーだったでしょう。
 こういう指揮者にはよくある事なのですが、協奏曲になると交響曲ほどの良さを発揮しない人もいます。今回も最初のシマノフスキーについては良いと思ったのですが、あとの協奏曲は今一つしっくり来ないものを感じました。(シマノフスキーについては私たちが曲をよく知らないだけかもしれませんが。)
 そういう疑問符はあるのですが、テンポ1つとっても70を越えるお年になってもきちっと進んでいるのは大したものです。日本ではお年よりがテンポを維持できなくて伸びまくっているのを「巨匠の芸」と言って珍重する変な風潮がありますが、スクロヴァチェフスキー氏はどんなにテンポを落としてもご自分ではっきり意識してやっているので、次のフレーズに入るとちゃんと元の正しいテンポに戻っているのです。これが出来る指揮者は年齢に関係なく、とても少ないのです。昔ながらのヨーロッパの名指揮者というイメージを強く感じさせられました。タイプは少し違いますが、ご自分の考えを妥協しないで徹底的に通すという意味ではサヴァリッシュ先生と似ています。お2人とも弾いているとシンドイのですが、演奏は素晴らしいです。スクロヴァチェフスキーさんのブルックナーなど日本人の指揮するブルックナーとは違う世界の異次元のものです。ごく部分的には匹敵するような個所はあっても、全体としてのイメージとか音楽性の高さは比較の対象にもならないくらい素晴らしいです。今度の定期は運命をどう指揮されるのか楽しみです。(FMで放送されるのなら聴いてみようと思っています。)


2.1

 ついこの間新年を迎えたばかりだと思っていたのにもう2月の声を聞いています。明日からは1月分のC定期の練習です。今回はパヌフニクの「ノクターン」、ショパンの2番、運命というプロです。パヌフニクという作曲家は初めて聞く人です。ショパンの2番はオーチャードのソロをしたギャリック・オールソンさんが弾きます。ショパンの2番は作曲年代は1番より前です。若々しさはこちらの方が1番よりあるように私は思います。2楽章などは1番より2番の方が私は好きです。3楽章は2番の方はf-mollで始まり、途中で突然F-Durに転調して終わります。また途中にcol legno(弓の木の部分で弦を弾く奏法)が突然現れます。何となく未消化な感は免れませんが、若々しい楽想に満ちあふれた曲です。


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