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今日はオーチャード定期でした。今日は出来はあまり良くありませんでした。本番になったら練習の時とはテンポが全然違っていました。ハイドン・ヴァリエーションの速いヴァリエーションになったら特に初めのテンポがよく掴めませんでした。今日はかなり遅いテンポになってしまっていて、練習の時にやっていたものとは似ても似つかぬものになっていました。ショパンではソリストのルバートが指揮者に全然伝わっていないように見えました。指揮者が全体的に音を弱く弾かせるので、オーケストラの中で弾いていると他のパート(特に離れたパートの音)がよく聞こえないのです。これはホールの音響にも原因があるのですが、オケを反響板から離して配置させるという今のやり方が更にこれを助長しています。会場練習の時も本番もかなり派手にソロとオケがずれていました。また曲もあまり面白く聞こえませんでした。前回のダヴィドヴィッチさんの名演奏(とても遅かったですが。)のあとではちょっときつかったようです。渋谷の駅までMさんと歩きながらその話に花が咲きました。火の鳥でもパートによるずれが目立ちました。
皆一生懸命合わせようとしていたのですが、結果的にうまく行きませんでした。最初の定期の時にはブルックナーのテンポ感などすごいと思ったのですが、今日あたりは逆にテンポがどうなっているのか分からないところが何ヶ所もありました。
この落差が生演奏の面白さかもしれません。ちょっとした事で一度外れるともとになかなか戻れないということもあります。今日はその例かも知れません。でもスクロヴァチェフスキーという人、自分のイメージをはっきり持っていて注意なども的外れではないし、音に対する要求も素晴らしいものがあります。やはりただ者ではない人です。今日だけは上手く噛みあっていなかったようです。
今日は明日のオーチャード定期の練習でした。火の鳥、ハイドン・ヴァリエーション、ショパンの2曲という順に練習しました。スクロヴァチェフスキー氏の練習は無駄なことはあまりしないのですが、チョコッと弾くとすぐ注意するというパターンなのでこちらとしてはまとまった印象を受けにくいです。確かに時間配分などを見ていると全体をよく考えているのは分かるのですが、何となくつながりを感じられません。(時間の少ない練習なので、曲のイメージをよくのみ込んでいる先生としてはちょっと聴いただけで良い悪いが分かるのですぐ注意するのだと思います。ですが弾く側からいうとあまりやりやすくありません。ですができ上がった演奏から言うとこのやり方でちゃんと効果を上げています。単に弾く側のわがままなのでしょうか?)
ブラームスも同じように特にバランスについて細かく注意されていました。多分本番は良くバランスのとれた名演になると思います。この後ショパンの2曲の練習をしましたが、急に編成が小さくなったので降り番になってしまいました。今までの私の印象ではドン・ジョヴァンニ変奏曲の方は面白い演奏を聴いたことがないので、どんな風になるのか楽しみです。アンダンテ・スピアナートの方はソロ版で何回も聴いていますので、これも楽しみです。(オケ版で聴いたのはCDでイディル・ビレットという女流を聴いたことがあるだけです。これを聞いた感じでは何もオケ版でなくてもという印象を受けました。)
今日はN響は休みです。家の用事をしているうちに一日終わってしまいました。
レッスンをしていて感じたのですが、一生懸命練習しているのに今一つぱっとしないという生徒がいます。すごく才能のある子でよくさらってあるし上手く行けばとてもよく弾けるのですが、たいてい1回目に失敗するのです。すごく几帳面で人に言われたことを全部直そうとして過剰に反応するようになって、思い切りが悪くなるというケースがあります。大抵は練習しないから下手なのですが、たまにはこういうケースもあります。
こういうときに「こうやってはダメ!」という否定的消極的アドバイスは生徒の芽を潰すだけです。細かいところに拘らず気を楽にして肯定的積極的に攻めの姿勢で弾けるようにしてやらないといけません。何度やっても同じようにダメになるというケースはほとんどの場合気持ちの持ち方が悪いようです。大体音楽をやっている子の場合弾くことが嫌いだということはほとんどないでしょう。ただ練習しても効果が上がらないので足踏みしているのです。
これはヴァイオリンの話ではありませんが、ピアノの生徒で上手いはずなのに今一つパッとしない演奏をしている子がいました。よく観察していると問題はイスの高さにあったのです。体が小さいのにイスを必要以上に低くしていたので、腕の重さが鍵盤に伝わらず、息が深く吸えない状態になっていたので音に勢いがなくなっていたのです。(本人は音がちゃんと出ていないことを意識しているので更に焦ってちゃんと音を出そうとしていたのです。)ところがイスの座面を2段くらい上げた途端に呼吸が楽になりフレーズがつながって弾けるようになりました。ホンのちょっとした事ですが、出てくる音はまるで違います。
このようにうまくいかない場合それがその子の肉体的条件から来るものなのか、練習不足なのか、練習の仕方が悪いのか、演奏するときの心理状態に原因があるのか判断はとても難しいです。(生徒との信頼関係がないとダメです。)
同じような意味でよく見るのはいくら説明してもちっとも直らない場合です。その場合見ているとこちらがこれは大切だからと思って一生懸命説明していても、生徒はそれに少しも興味を持っていないのです。関心のない事など上手になるわけがないです。子供を叱ったり何かをダシにしてご機嫌を取ってやらせようとしても子供は興味がないのだからいくらやっても上手くなりません。そういえば私も受験勉強をしていた時に理科系は興味がありますからすぐ覚えたのですが、文科系の科目は全然興味を感じないのでちっとも出来るようになりませんでした。(覚えなければいけないという気が起きないので義務感だけでやりましたが、ちっとも面白くないので全然覚えませんでした。)上手くならないということは上手くなれるところまでの興味を感じていないということです。まずその興味を持つことが一番です。(もちろん言っている私自身にも当てはまることですから、これは自戒を込めて書いています。)
今日もサントリーでの定期でした。昨日も今日もお客さんの反応に戸惑いを感じました。終わったときにブラヴォーの大きい声はあるのですが、拍手の方はあまり熱狂的なものを感じません。特に1曲目(大フーガ)と3曲目(ルトスワフスキ)にそれを強く感じます。この前の定期は会場が沸いているという感じなのですが、今回は前半が長すぎるのが原因でしょう。(長いだけでなくとても重く感じます。)弾く方にしろ聴く方にしろ緊張が続く時間には限度があるのです。前半が終わって1時間20分というのは聴く側の皆さんの緊張も切れていると思います。ということは弾く方も切れているわけでこうなると後半は絞りきられたボロ雑巾という状態なってしまいます。今回はあまり成功しているとは思えませんでした。(出来は普通かむしろ良いと思いますが決して最高の出来ではありません。折角の演奏を時間管理のまずさがダメにしています。)曲目紹介号に書いてある時間と実際の時間が5分も狂うようではいけません。(そんなに狂うのなら時間を書かなければよいのです。)
今回の定期は空回りしているように感じます。どの曲もなかなかの出来ではあるのですが、全部を通したときの印象が良くないのです。長いプロを弾くのがサービスだと勘違いしているようにしか見えません。長いと感じさせる一瞬前に終わっているようでなければ良いプロとは言えないのです。これは私の個人的意見ですが、今回ショパンの1番を入れるなら1曲目の大フーガはいらないと思います。そして後半はもう少し長い曲にして2曲のプロにするのが一番バランスが良いし、遅めのテンポのショパンが生きるというものです。弾いている方でこのプロは長いのではないかと思うようではもうその時点でそのプロは失敗しています。ちょっと良いものを腹いっぱい食べるのではなく、本当に良いものを少しだけ楽しむという余裕がないといけないです。そうなることによって質が良くなっていくと思うのですが皆さんはどのように思われますか?
今度はオーチャード定期です。曲目はハイドン・ヴァリエーション(ブラームス)とショパンの曲2曲、そして火の鳥です。ショパンの2曲はアンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズはともかくドンジョヴァンニの「奥様、お手をどうぞ」による変奏曲はとても珍しい曲です。日曜日のマチネーの演奏会です。
今日はB定期です。今日一日弾いていて指揮がどう、ソロがどうという以前にプログラミングのまずさが目に付きました。前半の大フーガとショパンの1番というバランスの悪さが目に付いて仕方なかったです。前半が終わったらすでに8時15分です。こんなにバランスの悪いプロはちょっと珍しいです。(現に前半が終わったら帰っていく人がいました。お客さんにとってもこのプロはバランスが悪いということなのでしょう。)いつもサントリーの演奏会で感じるのですがいつも必要以上に長いプロをやるのはどうしてなのでしょうか。また毎度のことなのですが、曲目紹介号に書いてある時間がいつも短く書いてあるのです。大フーガは16分、ショパンは40分と書いてありますが、実際は大フーガは20分、ショパンは45分かかっています。(5分遅れで始めて、2曲目の前のセッティング替えに5分かかっているので、前半が終わると8時15分になるのです。)いつもこの調子です。こういういい加減な時間でプログラムを作るからバランスが悪くなるのです。またサントリーの演奏会は休憩時間が長かったり初めがきちっと始まらなかったりで10分や15分は余計に時間がかかるのです。)
とまあ文句はこれくらいにして、今日の演奏について言うと、一番印象に残ったのはダヴィドヴィッチさんの演奏です。今70才になられるそうですが、とてもそう思えないくらいしっかりした音で弾かれています。今の流行りの演奏法とは正反対のスタイルで、こういうやり方だからこそこのお年でもこれだけの演奏が出来るのだと思います。また指揮者ともやり方がぴったり合っていて良いコンビでした。ダヴィドヴィッチさんは若い時から遅めのテンポで弾かれていると思いますが、どんなところもガツンと弾いたり弾き飛ばすことがなく、テンポは遅いですがちゃんとしたテンポで進んで行くというすごい人だと感じました。(ただ伴奏する我々は息がもたないというかちょっと大変ですが。)後半のルトスワフスキは前半が重すぎてペース配分がうまくいかず色々事故が続きました。私も終わりのところで1小節数え間違ってしまいました。今回の定期では前回と印象が違ってミスターSの棒は時々1拍目がよくわからない感じで苦労しました。(拍の変わり目が突然くるという感じなのです。)
今日は終わって家に着いたら普段の何倍も疲れた感じです。それはひとえにプログラム前半が重すぎるからです。(疲れた割に演奏効果があったとは思えないと楽屋ではもっぱらの評判です。ベートーヴェンを弾いていない管楽器の人でもベートーヴェンは余計なんじゃないかと言っている人が何人もいました。前半が終わるのに1時間15分というのはやり過ぎです。)
さすがに練習最終日になると曲がまとまってきます。(当然ですが。)指揮者はルトスワフスキのオケコンは曲を隅々まで知っているので細かく色々な注意をしますが、それを守るとすごく効果が上がります。さすがという感じです。バルトークと比べてどうかということは別の次元の問題で、この曲はこの曲でとても楽しめます。曲がバルトークに似ているためにどうしても比較したくなるのですが。演奏という点について言うと、初めはとても難しい曲だという先入観念があったのですが、今になってみるとそれほど弾きにくい曲ではなくよくまとまった、バルトークのオケコンよりは弾きやすい曲です。特別に難しいところもそんなにありません。聴いていても楽しめる曲だと思います。
大フーガはワインガルトナー版を使っています。内容的には弦合奏で弾かせたくなると思うのですが、実際音にしてみると弦楽四重奏の方がずっと合っているように思います。でもプログラムとしては面白いと思います。(聴くという意味では。)弦楽四重奏で弾いたことのある人はあまり好きにはなれないと思います。(こういう所が弾く側と聴く側の意見の相違です。)
最後にショパンの1番について言うと、とてもゆっくりとしたテンポでしんみり聞かせるというダヴィドヴィッチさんの弾き方の面目躍如です。音色もとてもきれいで、絶対に叩いた弾き方はしません。今日面白いと思ったのは3楽章の途中のパッセージです。

まずボーイングが変わっていることが目に付きますが、それ以上に第1,3,5小節で2つの8分音符を少し待ちながら弾くようにというミスターSの注意でした。最近はさっそうと速い演奏ばかりがもてはやされますが、こういうところを大事にするのはいかにも本国の人です。全体にすごくテンポが遅く感じるのですが、聴いている方にとっては少し遅いかなというぐらいなのかもしれません。(これも弾く側と聴く側の相違点。)明日の演奏会を聴かれた方は是非ご感想を教えて下さい。私もどう聞こえるのかとても楽しみですから。よろしくお願いします。
今日は大フーガを中心に練習が行われました。弦楽四重奏で弾くのと比べるとオケで弾くのは今一つ魅力に欠けるきらいがあります。今日はとても細かく弾き方を直されました。私自身は曲としては大フーガは好きですが、オケで取り上げるのは「?」です。ルトスワフスキはかなりまとまってきました。弾いているとよくバルトークのオケコンを思いだします。フィナーレのコラールなどその典型的例です。
ところでこのような長いプロは皆さんどう思っていらっしゃるのでしょう。今回の大フーガのあとショパンの1番という長いプロは弾く側からはきついです。聴く側でも大変ではないかと思うのですが。(ルトスワフスキはそれほど長いという感じはありません。)前半が頭でっかちすぎる感じがするのですが。
今定期会員を対象に98年のベストコンサートというアンケートをやっています。楽員に対しても98年のベストコンサートのアンケートが配られています。弾く側と聴く側の見解のずれが浮き出るのではないかと私は想像しています。
明日はベラ・ダヴィドヴィッチさんのショパンの練習です。とても楽しみです。
今月の曲目の中で面白いと思うのは31日のオーチャード定期で弾かれるショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ」です。この曲はオケ伴が原曲ですが、ほとんどの場合はピアノソロの曲として弾かれます。(この曲の場合音楽的な内容はソロ版で充分表現できていると私は思います。ですからコンクールのメインプロとしてよくソロの形で弾かれます。)オケの伴奏の部分もソロで弾くのです。めったにオケ伴では弾かれませんからこの曲の本来の形を聴けるのはとても貴重な経験です。一緒に弾かれる「ドン・ジョヴァンニの「お手をどうぞ」による変奏曲はほとんど弾かれないと思います。
昨日書いたHDD(MELCOのBUFFALOシリーズ)は最近使った中ではもっともお奨めです。1月前にはソフマップで48,000円位だったものが昨日は38,000円になっていました。(容量は8.3GBです。)安いベアドライブでも9GBのものはとてもこんな値段では買えません。1GBほど小さいですが値段を考えたらこれは最高です。使ってみてもなかなか速いです。それにI・O DATAの物のようにフォーマッターとして特定のもの(I・O DATAの場合はB'sCrew)しか受け付けないととても使いにくいです。(他のHDDのドライバーまで替えるのはとても面倒ですから。)BUFFALOはドライブ設定はさすがにダメですが、Drive7でもフォーマットできました。(さすがにアップデートで済むという風には行きませんでしたが。)耐久性については分かりませんが。(普通の使い方だったら速さよりちゃんと動いてくれることの方が遥かに大事です。少々速くても問題が起きたときの時間の無駄は誰も保証してくれないからです。)
今日はルトスワフスキの管弦楽のための協奏曲から練習が始まりました。練習の始めにこの前の定期は大変良い演奏だったと言っていただきました。ルトスワフスキのオケコンはバルトークと同じ路線の曲です。内容的にいうとバルトークの方があるようですが、なかなか面白い曲であることは確かです。ミスターSは曲をよく知り尽くしているので注文はたくさんありますが、注意そのものは分かりやすいです。ミスターSは自分専用の譜面を持ってきてボーイングはこの通りやって欲しいということです。(また音やディナミークなどもかなり変更しています。でも持ってこられた譜面にちゃんと書いてあるので馴れさえすれば特に問題はありません。)自分のやり方があるのならこのやり方をして欲しいです。なぜなら変わったボーイングを全部移させられて、1回定期が終わったら2度とやらないというのはお互い時間の無駄だからです。(こういう指揮者は結構たくさんいます。)ベートーヴェンの大フーガは皆さんよくご存知の通りとても大変です。前に第九の前座で弾いた時の指揮者はクロブチャールという人で、ひょっとするとマタチッチのご落胤という噂のある人でした。その時は割とのんびりしたテンポでやった覚えがありますが、今回はきちっとしたテンポで進んでいます。前回の定期も長かったですが、今回も長そうです。
今日帰りにHDDを買って帰り環境整備は完了しました。内蔵のSCSIバスを外に出し、そこにMELCOのHDD2台をつなぎました。このMELCOのHDDはスピードも速くてなかなか気持ち良いです。これはATA(IDE)とSCSIを直接つなげるようにしたU-SDATという方式だというのでいくぶん恐かったのですがちゃんと動作しました。(I・O DATAのSCSIのHDDを使ったらそれからは起動できなくて話になりませんでした。)容量は8.3GBですが、38,799円という値段はとても安くて、ちゃんと動くなら何もSCSI HDDにこだわらなくても良いのでこれにしました。いつまでこの8500を使えるか分かりませんが、しばらくはこのままで行こうと思っています。速い新機種が出たからといって今使っている8500が遅くなるわけではないですから、これで使える範囲でやめておけば良いのです。
今日は生徒の勉強会を開きました。今回はある方のご自宅をホールとして開放しているところを借りての勉強会でした。午後1時半から5時までで30人近くの生徒が弾きました。

全体を3部にわけて第1部は小学校4年まで、第2部は中学生まで、第3部はそれ以上または音楽学校受験希望者です。(ピアノとヴァイオリンが一緒にやりました。)今回は皆すごく頑張っていてこちらも聞いていてとてもうれしかったです。今回初めて2ヶ月ぐらいの人にも人前で弾くことを経験してもらいましたが、始めてすぐの割には健闘していました。勉強会は公開していないので家族しか聴いていませんが、それでも何十人かの人の前で弾くのは結構プレッシャーになり、普段のようには弾けないと皆思っています。ですから発表会だけでなく勉強会などで弾く必要があるのです。終わったら妙に疲れました。
明日からはN響は大フーガ、ショパンの1番、ルトスワフスキの「オケコン」という弦にとっては大変なプロです。大フーガは何年か前に第九の前プロとして弾いたことがあります。去年はプレヴィン先生の時に作品131を弾きましたが、弦楽四重奏をオケで弾くのは面白い反面とても大変です。前回の定期で素晴らしい指揮を披露したスクロヴァチェフスキ先生(昨日の2日目は「あれっ?」というところが何ヶ所かあった。)の別の面が見られるでしょう。今度ショパンの1番を弾くベラ・ダヴィドヴィッチさんは前にもN響定期に登場されています。(前にダヴィドヴィッチさんがショパンの2番を弾き、とても良い演奏をしたと書きましたが、これは私の勘違いのようでした。今月の曲目紹介を見ると17年前に1番を弾いているとありました。)今回のショパンの1番はアルゲリッチさんが1番をデュトワ先生の指揮でやったのと好対照で、その意味でも面白いと思います。
今日は定期2日目でした。今回の定期は初日の方がずっと良かったように感じました。今日はスクロヴァチェフスキー氏のテンポが昨日と違って今一つ決まり切らなかったという感じなのです。私たちがテンポについて非常に神経質なのは、弾く側からいうとホンのちょっとテンポが変わっただけでも弾く側としてはものすごい違いなのです。部分的にテンポがだれただけでもそれがすごく問題になるのです。(不思議なことにテレビでその演奏会の音を聞くと、ちょっとくらいテンポが遅くなってもあまり問題にならないのですが、弾いているとそういう事はすごい違いなのです。)
今日は最初のシマノフスキーの時からテンポが遅かったようです。ブルックナーについても第2楽章などどうなるのだろうかというくらい遅く感じました。でも会場の雰囲気は皆指揮者の醸し出す雰囲気に見事に魅了されている感じでした。その意味では大したものです。日本人の指揮者では表現できない世界です。
今回の演奏が終わったときの会場の雰囲気は久し振りに味わったような余韻に満ちたものでした。細かいところについては今日は色々感じましたが、全体としてはすごく良かったです。
弾く側の印象と聴く側の印象というのはいささかずれがあります。弾く側としてはホンのちょっとしたずれでもすごく気になるのです。たとえば自分が頼りにしているパートの発音のタイミングがホンのちょっと違うだけでも天と地ほどの違いがあるのです。でも聴く側からいうと(自分が降り番の時に聴く場合など)そういう細かいことより全体の印象の方が大事です。私という同じ人間が聴いていても立場によって印象がこれほど違うのですから、音楽というのは面白いものです。ステージの上で起こっていることはステージにいる人にしか分からないのです。ですがこのことは楽屋裏の出来事ですから、それを知らないから本当のところが分からないというような性格のものでは決してありません。音楽というのは客席で聴いてなんぼのものです。ステージの上の楽屋裏の出来事がどうであれ客席で良く聞こえれば良いのです。今回の演奏については熱狂的な感想を送って下さった方が何人かいらっしゃいますが、弾いていても納得できます。
今日はA定期の初日です。スクロヴァチェフスキーという人、一見は指揮者に見えないのですが(どこにでもいるただのおじさんに見える.........?)、一度棒を持つと豹変します。今回のように自分が自信を持っている曲だと本当にすごいです。1曲目のシマノフスキーのヴァイオリン協奏曲のオケパートもすごい音がしています。またソリストのクルカ氏がとても上手いです。楽屋のモニターで聴いていたのですが途中からずっと惹きつけられました。またブルックナーも良かったです。前にも書いた通り遅いところは本当に遅いのですが、緩んだパンツのゴムのような伸びまくったテンポとは違うのです。速いテンポになるところはちゃんとテンポが戻っています。それに練習の時盛んにバランスのことをうるさく言った効果が出て、本番は普段のN響とは違うヨーロッパの名門オケのような良い響きが出ていました。
今日の本番が終わったあと最後に私たちが退出するとき客席から「N響最高!」という掛け声をいただきました。確かに今日の音はここしばらく聴いたことのない良い音でした。
ソリストのコンスタンティン・クルカ氏についてですが、前回の沖縄への旅行の時チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を弾かれたのですが、その時の様子と違って今回のシマノフスキーの出だしでは緊張して震えていたそうです。アメリカの若手ヴァイオリニストのように緊張することなどなく弾きのけるのと違って、人間らしい出来事に休憩時間に「あれを見てソリストのことが好きになった。」と言っている人がいました。実際の演奏はとても素晴らしかったです。このクルカという人は今52か53才だそうですが、私が芸大にいたころにはもうレコードなどが出ていた人です。感じがグリュミオーと似ています。今回はモニターを見ていて楽器の持ち方などすごく得るところがありました。
指揮者もソリストもヨーロッパの良いところを体現している人で、今回の定期は聞き物だと思います。
今日会場練習と本番の間についふらふらと8GBのHDDを買ってしまいました。昨日書いたように内蔵のSCSIバスを外に出したので、大きいHDDを買ってHDDを整理しようと思ったのです。今目の前に昔のLA CIEの2.4GB、T-ZONEで買った外付けのケースに入ったIBMの4.3GB、メルコの8.3GB、今日買ったI・O DATAの8.4GBがあるのですが、8GBの2つのHDDは他の2つよりずっと小さくてかわいいです。これ以上はもう手をかけるのはやめました。今日も3時半になってしまいました。お休みなさい。
練習が3日も続くと色々気になる部分が出てきますが、全体としてはいかにもヨーロッパ人らしいブルックナーです。私はシマノフスキーのヴァイオリン協奏曲は出番ではないのでどんな感じの出来なのかは知りません。今日は午後やぼ用で色々動き回り、夕方からレッスンがありその後家族の用事でドイツに手紙を書き、その後デスクトップの内蔵のSCSIバスを外に出すのをやったら3時ちょっと前になってしまいました。今日は一応現況の報告だけして寝ます。
今日もブルックナーの7番でした。印象は昨日と同じです。演奏会は多分聴いていて楽しめると思います。普段よくやるのと比べるととてもテンポは遅いです。(1楽章と2楽章)特に第2楽章は譜面の指示よりさらに一回り遅い感じです。ここまで遅いのに単に伸びているだけではないのはさすがです。また普通よりずっと音量のコントロールを細かくやっています。これはなかなか効果があります。
最近N響でも新たにパソコンを始める人がたくさんいます。iMacやVAIOを買う人が多いようです。今では入門機種のiMacでも私の604e/200では追いつかないのです。でも今新しい機種を買う気にはなれません。良いのは百も承知ですが、この程度の新機種ではいちいち付き合っていられないからです。今日もお昼を食べながらMac軍団でその話しに花が咲きました。最近は単なる新機種というだけでなく、USBだのFireWireだのが新規に出てきて、この先何が主流になるのか分からない現状では何も出来ないです。
今週の土曜日に私たちの教室の勉強会をやります。勉強会とは非公開で生徒がお互いに聴くという、言ってみれば身内だけの発表会です。なぜこういうことをやるのかというと、人前で弾く経験をたくさん持って、コンサートの時に緊張しないようになって欲しいからです。今回はヴァイオリンの生徒は私がヴァイオリンで伴奏をつけてみようと思っています。
今日はスクロヴァチェフスキー氏の練習でした。何年か前にやっているはずなのですが、お顔を見てもどうもあまり印象がありません。今日は一日ブルックナーの練習でしたが、氏の雰囲気は今のはやりの持って行き方とは全然違って、いかにも古き良き時代という感じです。すごいこだわりがあるようで自分の専用の書き込みのしてある譜面を使うように指示されています。ボーイングも自分のオケで充分研究済みと思われるボーイングが書き込まれています。またディナミークについてもヨーロッパの年配の指揮者にはよく見られるのですが、細かい音量の差をとても大切にしています。またテンポについてもゆっくり目のテンポにしようとしています。ですがこのゆっくり目のテンポはただ単にだれてそうなっているのではなく、はっきり意識してそのテンポをとっているのです。その証拠にテンポを取り戻さなければいけないところはちゃんとテンポが戻っています。ただ者ではない指揮者です。全体にとてもよくまとまっていますし、多分本番も良い演奏になるでしょう。
ブルックナーの指揮は単にちょっとゆっくり目で大きい音がするだけではダメです。ちょっと遅くて大きい音がすればすぐスケールが大きいと言いますが、そんな単純なことではありません。単にテンポがだれた状態で、伸びまくってているだけの指揮がスケールが大きいなどと評価されているのを見ると、私など非常に抵抗を感じます。今回は遅くてもちゃんと音の中身が詰まっているのです。このゆっくりだが一定のテンポでちゃんと内容が詰まった演奏をさせられるというのは、指揮の技術も音楽の完成も群を抜いているということです。
ただすごいことはよく分かるのですが、このテンポは日本人の感覚としてはちょっとついていけません。こういうジャンルの音楽をやると日本人とヨーロッパ人とは種族が違うのではないかといつも思います。(人種が違うといった程度ではなく別の種類の生き物だという感じがするのです。)お茶漬けサラサラなどと言っている日本人には太刀打ちできない種類の音楽です。私もこういう音楽を聴いている時はこれでなければと思うのですが、自分で弾くときはこの世界にはどうしても入っていききれない自分を感じます。その意味では今回のブルックナーは日本人が弾くブルックナーとしては最善の部類に入るのではないでしょうか。皆さん是非お聴きになってご意見をお聞かせ下さい。
今回のプロ前半のシマノフスキーの協奏曲はかなり難しそうです。協奏曲としては異例なほど練習時間がとられていますが、無理ないなという譜面です。
明日からいよいよスクロヴァチェフスキー氏の練習が始まります。シマノフスキーのヴァイオリン協奏曲とブルックナーの7番というA定期です。シマノフスキーというと小品では「アレトゥーザの泉」と「夜想曲とタランテラ」が有名です。とても魅力的な作品です。私はたまたま買ったレオニード・コーガンのレコードに「夜想曲とタランテラ」が入っていて、聞いてとても面白かったので譜面を買いにアカデミアに行ったことを覚えています。今でもその譜面はあります。私が東大に通っていたときには帰りによくアカデミアまで歩いてヴァイオリンの譜面を隅から隅まで探し歩きました。(物理の建物から10分くらいのところにアカデミアはあります。)そうして珍しい譜面をたくさん買いましたが、買いそこなった譜面もたくさんあります。(お金がなかったので次に行ったらもう売れていたとか。)ビリビリになった珍しい譜面を見つけるととてもうれしかったです。その買い損なった譜面の中で一番残念だったのはモーツァルトの協奏曲の色々な人のカデンツァを集めたカデンツァ集です。それ以来どこでも見たことはありません。
ヤマハにも時々行きますが、ヤマハの場合はアカデミアと違ってカタログがちゃんとあってそこに載っていないものは特注するしかないので、アカデミアのように変わったものに出会える喜びはありません。といってもヤマハでも面白い譜面はたくさん手に入れました。
確か15日だったと思いますが、新しいPowerMacが売り出されましたが、それを見て今はちょっと動けないなと思いました。というのはインターフェースの変更がされているからです。今までの周辺機器がたくさんあると今下手に動くと今までの蓄積が無駄なものになりそうです。今回の新機種の中でもし買うとすれば400MHzのものでしょうが、40万という値段を考えるとわざわざ買う理由もありません。今日WEBサーフィンをしていてIBMのホームページに行ったらHDDのアドバイザーというページがあって「あなたに必要なHDDの容量を教えます。」とあります。面白いのでやってみたら何と16GBのHDDを買えというのです。何回かやり直してみたのですがいつも16GBと出ます。今は本体の中に6GB、外に10GBですが、外は緊急起動用の予備のパーティションとデータのバックアップのパーティションがあるので実質的には8GBくらいしかないのと同じです。勧められたのの半分の容量しかないのです。でもそんな大きなHDDを買うお金もないので今のままで行こうと思っています。今の新品のPowerMacは10GB近いHDDを初めから搭載しているのです。すごい時代になりました。(ついこの間買った私の8500は2GBを搭載していてその時はすごいなと思ったのに............!)
レコードの写真などを見ていると名ヴァイオリニストに共通しているのは顎が楽だということです。なぜこれを急に言い出したのかというとこの前フーベルマンのことを書いたのでそのレコードのジャケットを見たら、なんとも楽そうに楽器をもっていたからです。楽器を顎で押さえるのではなく、楽器を肩に載せてあとは左手で楽器を支えているのです。
どうしてもポジションの移動などがあると楽器を肩と顎で万力のように挟んで固定して、指はただ押さえるだけにすれば良いと思いがちですが、これはとんでもない間違いです。楽器が固定されていると指を押さえた時の指板からの反発力が少なすぎてしっかり押さえられないのです。左手で楽器を支えていると指を押さえると自動的に指板が指に抵抗を与えしっかり押さえられるのです。こうやると肩当てなどほとんど必要ありません。顎で楽器を押さえようとすると必ず楽器を押し出す方向への力の成分があるので、楽器が肩から抜けるような気がするのです。顎はポジションを下げるときに支えとして使うだけです。
季節によって着るものの厚さが違うので、それを調整するためにハンカチが必要になることはありますが、それ以上の付属物はいりません。(ハンカチは汗が楽器にしみ込まないためにも使っていますが。)でもその持ち方に馴れない人は肩当てを使ったほうが安定するでしょう。どういう肩当てが良いかということが大問題になるということは肩が解放されていないことの裏返しだという感じが最近とても強くします。
一番大切なことは肩に楽器を載せるときの角度です。楽器の下の端を少し外に出す感じに持てば良いように感じます。(要するに楽器の先を上げる。やり過ぎるとかえって逆効果ですが。)ただし左手にかかる負担はずっと大きくなりますから、よく練習しないと馴れないでしょう。またその感覚は先生によく教えてもらわないと分からないと思います。
このことをアマチュアの人にちょっと説明してみたのですが、やはり全然その感覚は伝わりませんでした。楽器を持たなければと思った時点で顎が出てくるので、持つ以前で勝負がついてしまっています。でも上手に弾こうと思ったらこういう一番基本の部分をいい加減にしてはいけないです。(といっても具体的なやり方が分からなければやりようもないですが。)楽器を持ったときに顎を載せ直すのは極力やめましょう。顎に力が入っている証拠ですから。
今日は午後1時から5時まで市響の弦練に行きました。今回は3月の室内楽(といってもオベロン、ブルッフの協奏曲、リンツというプロですから普通のオケの演奏会です。)と2月の第九の練習をしました。まず弾けることが目標なのですが、その意味では一緒に弾いていくうちにある程度はのみ込んでいただけるのですが、細かいところの音符の長さなどバラバラなのです。ただ、今は音符を追いかけている状態でしょうからそのことはノータッチのまま残ってしまっています。同じ4分音符で書いてあってもフレーズの性格によってかなり勢いや長さが異なるのです。またディナミークが変わる指示はないですが、少し小さくしないといけないところもあります。音楽的には「?」が残りました。
このところ難しい曲に挑戦することが続いていることのおかげかボーイングやフィンがリングなどすぐ直るようになっていることは確かです。これはいくぶん背伸び気味な曲目選びがもたらした効果とも言えます。ただゆっくり音をとる練習をすると必ず簡単なところで急ぐのです。必要以上に急いで弾いているということが分かって欲しいので、半分くらいのテンポで弾いているのに易しいと思うと(易しくなくても.......?)すぐ急ぐのです。(これは先ほど述べたいくぶん背伸び気味のもたらした問題点です。難しい曲ばかりやっているので、どうしても焦りが先に立つので、ゆっくり練習する忍耐力がなくなってしまうのです。)でも何回か繰り返して練習するうちに随分良くなりました。あと一番問題なのは、本番の一回勝負でちゃんと出来るかどうかということです。ゆっくり練習していないところは何かが起こると必ず乱れます。ゆっくり弾いて、リズム変奏をして、少しづつ速くしてということを徹底してやると出来は随分違います。(ほとんどの場合半分の速さでも弾けないということはないでしょう。それでちゃんとやることを確認して確実にできるようにして、3段階か4段階で本番の速さにもって行けば良いのです。)
今市響は人がすごく多くなっているので、特殊楽器の人などなかなか出番がないという問題があるので、どうしても編成の大きい派手な曲に偏りがちになります。そうなると弦の人はとても弾ききれないような曲が選ばれて困り果てるようになるのです。だからといってロマン派くらいまでの曲ばかりやっていたら管楽器の人たちは出番が限られるでしょう。これってオーケストラの宿命ですね。
昨日のレコードの話の続きです。私が小さいときよく聴いたヴァイオリニストはご多分に漏れずハイフェッツでした。ツィゴネルワイゼンや序奏とロンド・カプリチオーソなどは大好きでした。それが音楽を本気にやるようになってからよく聴くようになったのがシェリングです。バッハの無伴奏とかブラームス、シベリウス、プロコフィエフの協奏曲など、またブラームスのソナタもよく聴きました。そのうち特定のヴァイオリニストだけではなくどんな人のレコードも聴くように努力していったら誰のものも皆面白いと感じるようになりました。自分でもっているレコードの中で特に印象的だったのは、フーベルマンのチャイコフスキーの協奏曲、メニューインのブラームスの協奏曲です。フーベルマンの方はカップリングになっているラロのスペイン交響曲の方は私はあまり好きではありませんが、チャイコフスキーの方はものすごい凝集力とエネルギーで聴く人をぐいぐい引っ張っていく一方細かいところはとても丁寧に弾いています。こんな弾き方もあるんだとびっくりさせられました。メニューインのブラームスは一番好きなのはカデンツァのみずみずしい音色です。このレコードで私はクライスラーのカデンツァを知りました。
最近のヴァイオリニストの中では私は何と言ってもツィンマーマンが一番だと思います。もう1人テツラフもとても面白いです。どうしてもアメリカのヴァイオリニストより、ヨーロッパのヴァイオリニストの方に惹きつけられます。私自身はジュリアード出のヴァイオリニストは聴いている時はすごいと思うのですが、サイダーのような感触で次の日の朝昨日の演奏会を思い出そうとしてもクッキリと像が思い出せないのです。その中ではシュロモ・ミンツとズーカーマンが聴いていて面白いと思います。パールマンは初めて日本に来てから何回かはかかさず聴いていたのですが、途中からスケジュールの都合で聴けなくなってからは聴いていません。この前来たときは券が手に入らず行けませんでした。前はパールマンは好きだったのですがこの前N響でズーカーマンがヴァイオリンとヴィオラを弾いたのを聴いてからはズーカーマンの音の方が好きになりました。(ズーカーマンが初めて日本に来た時一度聴いたのですが、何となくぴったり来なくてあまり印象はありませんでした。特に音色に魅力を感じなかったのです。この前N響の定期で弾いたのはブルッフのヴァイオリン協奏曲とイタリアのハロルドのヴィオラソロです。)
この前人にいただいたダヴィッド・オイストラフのレコードを聴いたのです。曲はモーツァルトの3番とプロコフィエフの2番です。どうするとこんなに自然に弾けるのだろうかというくらい何ということなしに弾いているのです。本当に見事です。ごく若いときのオイストラフは本当に鋼のように強いという形容がぴったりの演奏をしていましたが、後期になると強さより柔軟性の方が強くなっています。聴いたレコードはその過渡期から後期に入ったくらいの時期にあたるような気がします。ハイフェッツがオイストラフの演奏を聴いて青くなったというのもうなずけるような気がします。最近はハイフェッツとかオイストラフのようなタイプの演奏家は出てきません。皆技術はすごいしよく弾くのですが、後に強い印象を残しこれぞハイフェッツの音とかオイストラフの音というような音の個性がある人は少ないです。
もっともこういう印象は聴き手である私の状況も影響しているのかもしれません。オイストラフのレコードを聴いたのは私がヴァイオリンを勉強している頃で、これを手本として勉強しているわけですから、今の若い演奏家の演奏を聴くのとは気の持ち方が違います。このオイストラフのレコードを聴いて若い頃を思い出しました。もっともこれを一緒に聴いた家族もこのヴァイオリンは素晴らしいと言っていましたから、誰が聞いてもその良さは通じるのかもしれません。
私は昔オーディオにすごく興味があって、20年位前にプレーヤーはリンソンデック(カートリッジはオルトフォンのMC20)、プリアンプ、メインアンプはQUAD、スピーカーはタンノイのDEVONを買いました。(大げさなものは嫌いで、生活空間にぴったり収まるものが欲しかったのでこういうものをそろえたのです。)それからメリディアンのCDプレーヤーを買いました。一番凝っていたころは接続コードにも凝っていました。(これらはすべて今でも現役で使っています。QUADだけはプリメインともに変わりましたが。メリディアンはディスクの出し入れが具合が悪いのですが、他はすべて快調に使えています。)最近は復刻版のCDがたくさんあるので、レコードをかけたのは1年ぶり以上です。今ではこのセットを食堂に置き、もう1つちょっと小ぶりで可愛いビクターのセットを防音室に置いています。最近は魅力的なかわいいオーディオセットがないので、新しいものに替えられません。今ではこのほかにDATのプレーヤーをそれぞれのセットに1つずつ、食堂のセットにはMDプレーヤーもつないでいます。皆さんはどんなステレオで聴かれていますか?
私も大きなスピーカーが欲しかったのですが、普通の家では入るところがないしお金もないので、高性能なものを求めるより適度なところで妥協しても楽しく聴けるものを求めるようになっていきました。(ですからモニタースピーカーのようなものは買わなかったのです。)これから何年かしてどれかが壊れたらどうなるのでしょうか。想像できません。それくらい今のステレオは私の生活に馴染んでしまっています。(今の基準で見ると決して音は良くないのでしょうが。)
今朝朝刊を見ていたらロン・ティボーのガラコンサートが2月12日にサントリーホールで、2月18日に大阪のザ・シンフォニー・ホールで、また2月14日にジョイント・リサイタルがサントリー・ホールで開かれるという広告がありました。今年の1位のディベルギアン、2位の梯さん、81年1位の清水和音さん、89年3位の横山幸雄さん、92年1位の野原みどりさんなどが出演します。聴き物はバッハの4台のピアノのための協奏曲でしょう。皆それぞれに個性の違う4人がどのようにハーモニーを奏でるのか楽しみです。
今日は演奏旅行の時の隠し話を紹介します。もう10何年も前の話ですが、場所は確か鈴鹿市だったような気がします。その時はメインプロが英雄だったのですが、テンポが伸びまくる指揮者だったのです。(名前は伏せておきます。日本人ではありません。)2楽章が伸びまくりうんざりするほど遅くなっていたので、この日皆で示し合わせて3楽章のスケルツォの部分を繰り返しする約束だったのを繰り返ししないでトリオに行ってしまったということがありました。この時指揮者はニヤッと笑って済ましてしまったので大して問題はならなかったのですが、一瞬指揮者は何が起こったのか分からないようでした。
また私が入団するはるか前のことだそうですが、某有名指揮者が運命の練習の時にオーケストラが半音高く弾き始めたのですがずっと気づかず繰り返しの後になってポロポロ間違えが出始めてから初めて気がつき「やられた!」と言ったという有名な話もあります。(この事件はその某指揮者がその前の演奏会で新人いじめをしたことへのお返しだったそうです。)ベルリン・フィルでも同じようなイタズラをした時は指揮者が即座に最後までそのまま弾きなさいと指示したという話です。
日本のオーケストラは向こうのオーケストラよりはるかに指揮者の言うことを聞いていますが(N響などヨーロッパのオケだったら当然反発するようなケースでも黙って言うことを聞いています。それを良いことに自分のわがままを押し通す指揮者も時々います。)、目に余るようだとごく稀にこのようなイタズラをするのです。
今日は練習の合間にアマチュアオケの本の原稿書きとレッスンで一日終わりました。練習も効果が上がりましたし、今日一日はうまくいきました。今日一日で8000字くらい打ちましたが、さすがに指が疲れました。気持ちだけが先行して文字が抜けたりするので、まだまだ修業が足りないようです。このオーケストラの本を書いていると自分のことを反省させられる部分がとても多くて自分のためにもなります。それにしても普段N響で弾いていることの幸せを再確認させられます。良い指揮者、良いソリストに恵まれ文句を言いながらもどんなに自分が勉強させられているのかを思い知らされました。このN響という場をこれからは今まで以上に大切にして行こうと思っています。
一生懸命弾きながらどこかで自分を冷静に見ていくことはとても難しいです。冷静になりすぎるとつまらない覚めた演奏になってしまいますし、興奮すると押さえが効かなくなるのです。色々条件がそろわないとダメなのですが、一生懸命しかも落ち着いて弾けるようになると気持ちが全然違います。これには楽器の持ち方がすごく影響しています。どうすれば良いかということはちょっと説明できません。というのは人によって感じ方が違うし、大事にすることが違うからです。決め手は自分の音を聴く耳と音楽的趣味というかセンスです。1つ1つは大したことではなくても、2つないし3つの事を同時に処理しなければいけなくなるとうまくかみ合わなくなってしまうのです。こういうことを上手に教えられる先生が今一番求められているのだと思います。ヴァイオリンに限らずピアノでも他の楽器でも生徒が演奏家の先生につきたがるのはそうしたことを求めての事だと思います。
N響は今日沖縄に旅立って行きました。明日は那覇の市民会館、明後日は沖縄市のコンベンションセンターでの演奏会です。私が入団した当時はまだ返還前でしたからその当時から比べると随分沖縄も変わりました。(私は入団してもう23年経ちますから。)私自身はしばらく沖縄に行っていません。私が入団した直後の旅行では中国地方、九州をずっと回ってから鹿児島から沖縄に行くという3週間の演奏旅行がありました。このときは暑さに閉口しました。(この頃は夏の演奏旅行は一度東京を出ると2週間以上帰らないというものが多かったです。)今では国内旅行は長くても1週間くらいで終わります。随分楽になりました。沖縄は鉄道がないので移動手段はバスかタクシーしかありません。結局乗り合いでタクシーで行くことになるのですが時間が読めないしいくらかかるかも分からないのでとても困ります。この季節に沖縄に行くのは暖かくて良いと思いますが、確かこの時期湿度が高かったような気がします。楽器の管理には気を使います。この旅行から戻ってくると今月の定期の練習(スクロヴァチェフスキ氏)が始まります。今回はちょっと楽しみです。
昨日ある方からお子さんが練習を嫌がり、お母様に叱られてかわいそうだというメールをいただきました。こういうご相談は何か楽器をされている方なら共通して悩まれる問題だと思うのでそれについて私の考えを書きます。
簡単にいうと子供が嫌にならないようにどう持って行くかが勝負なのです。たとえばご褒美をあげるから練習しなさいというのは最悪なのです。なぜなら練習は嫌だけれどお金やご褒美をくれるからやるというようにしかならないからです。そうではなく練習して弾けなかった曲が弾けるようになることが楽しいと思えるようにしてやることが親の勤めです。別府で行われたアルゲリッチ音楽祭の時にリル・ティエンポという幼児教育の専門家がされた話では、向こうではレッスンには親はついてこないそうです。よく音楽の分からない親がついていってもなんのプラスにもならないと力説されていたそうです。子供がレッスンにいって家に帰ったとき「今日レッスンでこんなことを習ったんだよ。」とにこにこ親に報告するようにならなければ上手くなどならないというのです。
子供に「あの子には出来るのに、何であなたは出来ないの!(怒)」などと言ったら子供の立つ瀬などないです。親が一番の理解者でなければ子供は伸びません。ただし子供を甘やかして良いと言っているのではありません。出来た事出来ない事はちゃんと評価しなければいけないでしょう。出来ていないことを出来たなどと言ってやる必要はさらさらありません。そこで出来ないことを克服しようという気持ちを持たせてやることが親の腕なのです。(もちろん先生の腕でもあります。)明日は今日より良くなれると思わせて下さい。子供の夢を潰さないで下さい。
この前秋葉原で4GBのHDDを買ってそれを8500に内蔵させようとしたのですが、結果から言うと失敗しました。もともとSeagateの2GBが内蔵されていて、更にQuantumのFireball4GBを増設してあったのですが、容量が足らないのでSeagateの2GBを外してIBMの4GBに入れ替えたのです。つまり4GBのHDD2ヶにしようとしたのです。そうしたらフォーマットまでは順調に行ったのですが、MacOS8.1をインストールしようとすると途中で止まってしまうのです。何度やってもどのディスクから起動しても症状は同じです。どうも電源あたりの問題のようです。残念ながらケースを買ってきて外付けにしないとダメのようです。それだったら中の2つのHDDを外して9GBくらいのものを1つつけた方が良かったのかもしれません。もとのSeagateに戻したらなんの問題もなくちゃんと動いています。
昨日はアップロードしませんでしたが、実は昨日N響組合の執行委員会というのがあってそれに行ってきたのです。今のN響の状態(音楽的なことや運営上のこと)について色々話が出てなかなか結論が出ませんでした。午後3時半くらいに始まって、夕食を一緒にとりながら話をして結局散会になったのが午後2時過ぎでした。皆それぞれに危機感を持っているのですが、お互いに焦点が少し違っているというのが私の感想でした。
その後私は午前様で家に帰りました。家に着いたのは2時半過ぎでした。今日は市響の3月の演奏会の練習が始まり、その練習に行ってきました。残念ながら本番の日は私は横浜で演奏会なので弾かないのです。今日はその時の曲のうちリンツとブルッフのヴァイオリン協奏曲をやりました。今日はヴァイオリン協奏曲の代ソロをやりました。私としてもとても楽しかったです。自分がソロを弾く時より楽しかったです。初練習でしたから最初に通して弾いた時にはちょっとテンポが停滞して弾きにくかったですが、もう一度やったらずっと落ち着いて弾けました。リンツは違う意味で難しい曲です。フォルテでもロマン派の感覚で言うとメゾフォルテぐらいの音量ですが、その中に込められた音楽的メッセージはすごいものがあります。フレーズの中で一音の長さの扱いが違うだけでまるで違う音楽に聞こえます。今回の演奏会は「オベロン」序曲、ブルッフのヴァイオリン協奏曲、リンツというプロです。編成的にはこじんまりとしたプロで、この前の三角帽子などとは正反対の性格のプロです。こういうプロで弾き方を見直すことも大切でしょう。
今年は今日からレッスンをするようにしたのですが、ずっと休んでいたために今日一遍に生徒が来て大忙しでした。こういう休みのあとというのは一生懸命やっている子とダラダラやっている子の違いがいつも以上によく現れます。譜読みの時のような弾き方をされるといくら初仕事でもいらいらしてきます。一番いけないのは自分が自信をもって弾けるまで練習しないで、間違えるとニヤッとしたりため息をついたりする子です。「ため息をつきたいのはこちらだよ!」と口まで出かかったのですが、初レッスンに免じてやめました。でも仏の顔も3度までなのですよね。大人も人によるのですが、今日来た人の一人は弓の動かし方をちょっと注意したら「先生、こうやって弾くと気持ち良いですね。」といってニコニコ帰って行きました。とてもうれしかったです。それに対して自分の力を出し惜しみしている人を見ると何をか言わんやです。
いよいよ明日からN響は今年の仕事始めです。今までは5日か6日から仕事があったものですが(もっとも無理矢理入れたようなNHKでの名曲アルバムの録音だったりしていましたが。今までは私の誕生日1月6日が休みだったことはなかったのです。)、今年は楽です。最初は大田区の新しいホールと秦野の演奏会のあと沖縄で2ヶ所本番です。外山先生でカバレフスキーの道化師とかビゼーのアルルの女などのN響としてはあまり演奏しない曲目のプロです。その後いよいよスクロヴァチェフスキ氏の出番です。(といっても私は初めの外山先生のプロは降り番ですが)
このところかなりハードにMacを使っているのですが、色々問題点が出てきています。まず起動ディスクのHDDの容量が不足してきています。システムフォルダだけで360MB、OfficeやPhotoshop、Illustrator7と8で345MB、計700MB,こんなに食われるのでは2GBのパーティションでは不足してしまいます。今はあと254MBの空きですがこれでは危ないです。どうやっても3GBのパーティションでないと不足です。8とか9GBのHDDでないと不足です。また昨日書いたFinaleのファイルをIllustrator8.0では開けないのも問題です。さらにASTELのAJ25の電話帳を「携帯ほいほい」で読み込もうとしているのですが、開発元に質問して得た回答の通りにしても読めません。今までしばらく何事もなくほっとしていたのですが、またまた時間がいくらあっても足らないことになりそうです。(8.5にはしていないのでまだ救われますが、いずれはしなければいけないのでしょうね。その時のことを考えると憂うつです。Appleさん、各ソフト会社さん、早く8.5の環境をマトモにして下さいね!)
今日は私の誕生日でした。フィルハーモニーで見た(?)方からお祝いのメールをいただいて恐縮しております。これで私も大台に乗りました。これからも続いて頑張る所存ですので、よろしくお願い致します。今日は例のオーケストラの本の原稿書きと、今月23日(土)の生徒の勉強会の準備で一日かかってしまいました。その後Macのご機嫌を伺ったらいくつか問題が出てきました。「ファイルの共有が出来ませんでした。」というメッセージが出るのです。実際にはその後ちゃんと共有できるのですが気持ちが悪いので直そうと色々やりましたが結局ダメでした。それより困ったのはIllustrator8.0の問題です。何が問題かというと7.0の時はFinaleで書き出したEPSファイルをそのまま読めていたのですが、8.0になると読めないのです。7.0を残しておけば良いのですが、8.0も必要だとするとその2つで156MBもHDDを食うのです。たまりません。色々やってみたらFreehandで開いてMacintoshEPSで保存し、そのファイルを8.0で開けばよいのです。Finaleの書き出す形式が変わっているのかもしれませんが、FinaleのEPSファイルを直接扱えるので買ったIllustratorの存在意義が無くなりそうな出来事です。(FreehandではEPSファイルを分解して扱えないので、Illustratorはどうしても必要です。)
やっと一段落ついた今は午前2時50分です。明日(というか今日)は朝からレッスンです。
今日はとてもうれしいメールを頂きました。田中 宏さんという方からいただいたメールですが、ご自分のホームページにお聴きになった演奏会のレポートを載せていらっしゃいます。(98年のコンサートレポートというページです。是非皆様もごらんになって下さい。)最近では11月のサヴァリッシュ先生の定期について2つ書かれています。他のオーケストラのレポートもたくさんありとてもマメに演奏会に行かれているのがよく分かります。田中さんはスクロヴァチェフスキさんの大ファンのようで前回も全プログラムを聴いて下さったようです。今回は全プログラムを2日とも聴かれるとのことでA,B,Cの3つ6日とオーチャード定期の計7回の演奏会を聴いて下さるそうです。私としてもこういうファンの方がいて下さってとてもうれしいです。
スクロヴァチェフスキさんについては他の方からもファンですというメールをいただいています。とてもお客様に印象の強い方のようです。(それなのにどうして私は印象が薄いのでしょうか。弾いている側と聴かれるお客様の違いなのでしょうか。)
いずれにしても1月のプロはとても多彩なものですから、とても期待できると思います。
去年の暮れに雑誌を見ていて「TOMB RAIDER II」のことが出ていたのでデモ版をやってみたのですが(Windows版ではIIIが出ているようですが。)、とてもきれいな絵と動きが気に入ってインターネットで早速注文したのです。年末の30日の夜注文したのですが、昨日の朝9時ごろ届きました。年末年始のこの時期に正味4日で届いたことになります。FEDEXで送られてきたのですが、驚いたのはFEDEXの検索ページに行って商品追跡番号を入れると今荷物がどこにあるかが分かるのです。実はおとといの夜寝る前に調べたら成田に荷物が着いていると書いてあったので、昨日には着くだろうと思っていました。インターネットもうまく使うとこのようにすぐ物が手に入るようです。
これからしばらくMacとどう付き合っていこうか悩んでいます。いつCPUをアップグレードしたら良いのか決めかねているのです。今の状態ではG3だとわざわざ変える必要もないかなという感じですが、G4とかMacOSXとかが出るようになったら604e/200では役不足でしょう。金ばかりかかって困っています。(今の状態で特に不足があるわけではないですが、新しいソフトが出ると古いCPUでは遅いというふうになるでしょうから。TOMB
RAIDER IIだってG3の方が良いようです。)
今日は朝からオーケストラのとらの巻(仮称)の原稿を書きました。前に一度原稿を書いたのですが、その時は鉛筆と紙で書いたのです。ところが編集の方が私はパソコンで書いた方が文章が良いと言われたのです。そういわれて文章を読み直してみると確かに紙と鉛筆で書いた文章はとても事務的でつまらない文章になっていました。今日Powerbookを相手に書いてみたらどんどん書きたいことが出てくるのです。毎日このページを書きながらMac相手に推敲しているので、原稿を書くときも同じようにした方が良いようです。それにしてもこのホームページが私自身にこれほど影響を与えているとは思いませんでした。毎日短い時間に文章を書いてそれを読み直してアップロードし、Netscapeで出来栄えを再確認しながら文章を推敲するという作業をしているのですが、文章を書くときは私はこのやり方が一番能率が上がります。あとは内容がどうかという問題ですが。
今日のヴァイオリンの練習でやっと普通の感じが戻ってきました。一番の違いは弓の動かし方に違和感があるかどうかです。おとといあたりは右の上腕が固まっているような感じでしたが、昨日今日とその力を抜くことを中心に練習しました。しっかり音を出すことと無駄な力を入れることは全然違うのですが、その加減はとても微妙です。ただ楽に弾くとちっとも説得力のある音になりませんし、無駄に力が入ると弓の返しが汚いですしバランスが難しいのです。
今日はお昼ごろスポーツクラブに行ってきました。エアロビクスのコーナーはとても多くの人がいましたが、私は普通のトレーニングをしました。12月になって中国から帰ってきてからしばらく何もしていなかったのですが、これからはまた通うつもりです。この後ヴァイオリンを弾くと体の力が抜けて良い感じです。
今日も練習していてまだ本調子とは言えませんが、昨日よりはかなりマシになりました。弾くときに気負いが先立つと良いことはありません。この曲はこう弾くべきと決めてかかるのは百害あって一利なしです。
よくヴァイオリンを1日弾かないと取り戻すのに1週間かかるといいますが、風邪を引いたりして2,3日弾かないとしばらく自分の体ではないような感じになります。わざと何日か弾かないで気持ちを一新する場合もありますが、普通は毎日何かの形でも弾かないといけません。特に一度覚えたことでもちゃんと毎回再確認をして何をすべきか、また何をすべきではないかを自覚しないといけないのです。よく一度覚えたことだからもう勉強しないで良いでしょうという気持ちでいる人がいますが、とんでもないことです。たとえば音程や弓の動かし方など毎日確かめないといけないのです。若いうちはともかくある程度の年になると今の技術を維持するだけでも大変なのです。
明日から世の中は動き始めますが、私たちはオーケストラとしての練習は8日から始まります。ですが自分の練習は皆がもう始めているのです。というかいつもやっていないといけないのです。こうやって今年一年の練習がスタートしました。
大晦日元日と2日楽器に全然触らなかったので、今日久し振りに弾いたら楽器と弓に馬鹿にされまくって終わりました。やはり毎日楽器に触らなかった罰が当たりました。特に右手の動きがぎこちないのです。これだからアマチュアの人たちがうまくなるのは至難の業なのでしょう。まあこれであと2,3日練習すれば元に戻ると思います。
今年は個人的に色々のことがあるのですが、その準備を始めないといけません。まず最初は前に書いたアマチュアオーケストラのためのスタディ「オーケストラのアドバイス」の原稿です。執筆者一同頑張っていますのでご期待下さい。この本でどういうことを取り上げて欲しいというようなご意見があったら教えていただけないでしょうか。12月に一応編集方針を話し合ったのですが、教える側だけの観点でなく実際に弾かれる側のご意見も教えていただけると幸いです。
その他のことはまだ霧の中といった状態です。
1999年も明けました。今年もN響が順調に進んで行けることを祈りつつ進んでいきたいと思います。今年の初仕事は太田区民ホールアプリコという新しいホールです。その後秦野、1日おいて那覇と沖縄市という旅行です。(私は降り番です。)来年2000年の初仕事が何と地元市川市文化会館なのですが、これはとてもうれしいです。
1月の定期関連で目立つのはB定期でダヴィドヴィッチさんの弾く1番、オーチャード定期ではギャリック・オールソンさんが「アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ」(この曲はピアノソロの曲として弾かれることの方が多く、オケ版で弾かれることはとても珍しいです。)とドン・ジョヴァンニの「お手をどうぞ」の2曲、またC定期で同じくギャリック・オールソンさんが2番とショパンのオケ版の曲を続けて弾く事です。
ダヴィドヴィッチさんというと私が以前ショパンの2番の協奏曲を初めて弾いたときのソリストです。このときの経験で私は1番より2番の方が好きになりました。今回は1番ですが、アルゲリッチさんとはまた別の意味で名演奏を披露してくれると信じております。
今年はヴァイオリン協奏曲が色々それも普段あまり聴かない曲を取り上げられるケースが多いです。まず手始めにシマノフスキーの1番、2月にはスヴェトラーノフの詩曲(ダヴィッド・オイストラフの思い出に)、3月はコルンゴルドとチャイコフスキーの協奏曲、4月はストラヴィンスキーとバーバーの協奏曲、5月は堀さんのモーツァルトの3番、6月はシベリウスの協奏曲といった具合です。これだけヴァイオリン協奏曲が並ぶことは珍しいので、ヴァイオリン弾きとしては楽しみです。
このように多彩なプロが続きます。皆様是非ご期待下さい。
今日は元日で親戚が集まったものですから、全然楽器に触れませんでした。明日からはちゃんと弾こうと思っています。