ひとりごと98年9月分  

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9.30

 今日も先生のお話しを一日中うけたまわりました。練習が少し進むと途中で止まり、終わりの方から前の方に順番に注文を付け、一番最初の注文の場所の少し前からもう一度やるというやり方ですから、ちっとも先へ進んでいかないのです。楽譜にはブッフシュターベというアルファベットの記号があります。(練習の時どこからやるかを合図するためのもので、Aの2小節前というような感じで使われます。)たとえばNの所をやっているとすると、結局Bに戻ってもう一度やるというようなのです。それに弾き始めようとするその時にまた長い時間お話が始まるのです。
 演奏についていうと、なかなか良さのある反面テンポ設定については首をひねらざるを得ないところもたくさんあります。たとえば4楽章の拍の頭とシンコペーションが8分音符差で重なるところなど「初めのテンポで」という指定のテンポよりかなり速くてとても合わせにくいです。速いテンポのところでは時々拍が足りないように感じます。
 明日は午後モーツァルトの協奏交響曲の練習があります。ヴァイオリンが堀米さん、ヴィオラが今井さんのソロです。この曲はヴィオラの方がうまく聞こえる曲で、ヴァイオリンの人にとっては大変な曲です。でもとても内容のある名曲で聴いていてとても充実感があります。このような形式の曲ではブラームスのドッペルコンチェルトもあります。私はどちらも好きです。ただベートーヴェンのトリプルコンチェルトは好きではありません。聴いていて楽しくもないし、内容的に良いとも思えません。
 今回のプロは前半の方が充実感があるような気がします。前半の弦の編成はかなり小さく、室内アンサンブルの伴奏のような人数です。


9.29

 今日からブロムシュテット先生の定期の練習が始まりました。今回もご機嫌で元気よく現れました。今日は一日ブルックナーの練習でした。それも第1,2楽章のみの練習でした。先生のトレードマークのお話も快調でした。2楽章の途中に弦楽器の後ろの方だけ(第1,2ヴァイオリンが3プルト、ヴィオラとチェロが2プルト)弾く部分があります。私はセカンドの6プルトの表なものですから白羽の矢が立ってしまいました。遠くから聞こえてくるようにということで後ろの方で弾くのだそうですが、最初が pp で始まるのでとてもやりにくいです。また今回は指揮者の希望で第2ヴァイオリンがいつものヴィオラの場所(第1ヴァイオリンの反対)で弾くことになっています。この曲は所々とてもきれいなメロディーがあります。でももっと後の作品に較べるといささか......と言う感じです。
 ところで今日の練習の初めに第1楽章の途中まで弾いたときに、先生の指揮のタイミングがよく分からなかったのです。皆「えっ?」という顔でお互いに顔を見合わせてしまいました。やっていくうちに徐々に分かってきましたが、それでも拍が足らないように見えるのです。これからやっていくのはなかなか大変だと思います。

 今年の11月の中国旅行の時のホームページのアップロードはメドがつきました。中国のローミングサービスに電話をしてみたらちゃんとつながりました。向こうで自分宛に来たメールはちゃんと読めそうです。問題はホームページのアップロードです。来年のアメリカ旅行はIBMにページをアップロードしてやっていこうと思っています。


9.28

 私は弾いている時いつも何か新しい発見がないかなと考えながら弾いています。このことは長所と短所をはっきり持っています。いつも何か考えながら弾くのは何も考えずに弾くのよりは何倍も良いのですが、弾くということは考えながら弾いてコントロールできるほど単純なことではありません。というか、考えることが邪魔をしてしまうのです。ですから何かとても良い事に気がついても、それを練習して考えなくてもそれが出来るところまでやらないと良い奏法は身につきません。私自身は色々やっている時何か自分の感覚にぴったり来るものがあるとそれを追いかけます。でもしばらくやっても「これだ!」という感覚の続くことはとても少ないです。この感覚を教えようと思っても感覚的なことであればあるほど口で説明しても分かってもらえないのです。だから結局いくら本を読んでも奏法など身につかないのです。
 とても良い事が書いてある本はあるところから先は哲学のようなものが理解できないとその先に行けないのです。それくらい奏法を身につけることも教えるということも難しいことなのだなと思う今日この頃です。
 今日はそれを追い求めてずっと弾いていたのでこの時間になってしまいました。奏法はその人の性格、技術、好みと密接に関係しているのでAという人にとって良い奏法でも、Bという人にはダメだということもザラです。(更に言うと今日これをやっても明日からの練習にすぐ役立つほど物事は単純ではないのです。)アマチュアの人を教えていると共通して言えることは「弾き方を考えながら、譜面を読みながらでも弾ける。」と思っている人がとても多いということです。暗譜して弾こうと努力する人などまずいません。自分が選んだ曲を弾いている時でも曲を覚えてもいないのです。いつもこういう人を見ると「考えが甘いな。」と感じます。でもこういうことって、いくら言っても絶対に直してくれないのです。


9.27

 今日は水戸の市民会館の演奏会でした。Yさんがメールが読めないというので本番前に色々やっていたらステージの上からの写真を撮りそこなってしまいました。本番5分前にあわてて撮った写真です。

 

 右はステージに出る直前のマエストロです。水戸は県民会館(文化センター?)の方しかやった覚えがありません。先輩に聞いたらずっと前にここでやったことがあるとのことでした。キャパも小さそうでオーケストラがのるとステージがとても狭く感じます。それこそ昔懐かしい響きです。今日のような小さいホールの方が良さが出るような感じです。昨日よりタイミングはつかみやすかったです。すべてちゃんと分かったというわけではありませんが。田園も小さなホールで小さな編成でやるといつもとは違った味が出るのかもしれません。いつも大きなホールで弾いていることの弱点がいろいろなところで顔を出すことも確かです。ヤノフスキという人は室内アンサンブルくらいの小さいオケの方が長所が出るのではと思いました。

 いよいよあさってから10月の指揮者ブロムシュテット先生が登場します。最初の定期はモーツァルトの協奏交響曲(Symphony Concertante)とブルックナーの3番です。ブロムシュテット先生というと練習の時10分弾くと30分くらい話が続くという位よくしゃべる人です。向こうのオケであまりよくしゃべるので「マエストロ、明日は楽器持ってくる必要はありますか?」と聞かれたという話は有名です。

 UさんはとうとうG3のボードを入れたそうです。今のところ順調に動作しているようで、発熱も今までと特に違う感じはしないとのことです。バッテリーも1時間以上は持つようです。YさんもG3のPowerbookを買い、もう一人のYさんもデスクトップのG3/300を買われたそうです。どんどんG3を買う人が多くなっています。私自身は今年いっぱい待ってみようと思っています。次のPowerbookの大きさも気になるし、G4プロセッサーも気になるし今は静観の時期と模様眺めを決め込んでいます。G3はいじってみると確かに速いのですが、13万以上の投資をする意味があるかというと私は「?」です。私には中途半端にしか見えません。
 理由はまず第一にG3プロセッサーの性格です。それから次世代の本命のプロセッサー(G4)の姿が不透明だということ、次のOSではプロセッサーにどの程度の要求をされるのかも不明というように今G3に飛びつくには客観情勢がまだ流動的すぎます。(模様眺めしているうちに2400用のG3ボードが無くなるかも知れませんが、それはそれで何とかなるだろうと甘く考えています。)


9.26

 今日は第1回のオーチャード定期でした。今日一日終わっての印象はテンポは速めでてきぱきしている感じですが、音楽が小作りな感じでした。田園の2楽章などさっさと行ってしまい、全然もたれる感じがしないのは良いのですが、弾き終わってこの楽章一体何だったのという感が免れません。(N響はいつもこういう楽章を弾くとテンポがのびると思い込んでいるようで、間延びしないように必要以上にテンポを速く振っているようにしか見えません。もたれないのは良いですがなんの余韻も残らないのではと不安になります。)会場の大きさと指揮者のテンポ感がうまく噛み合わず弾いているこちらからは合わないのが気になるばかりです。アンコールの一番最後のフェルマータの後何となく1拍どうなっているのかよく分かりませんでした。(私だけかも知れませんから、他の人がどう思っているかは知りませんが。)でもヤノフスキという人は不思議な良さというか面白さをもっている人です。言っていることはとても面白いのです。(普段我々が注意していないことをすごく言っていて、その意味ではとても参考になるし私達が直すべきこともたくさんあると思います。テンポ通りに弾くことにより今まで見えなかった曲の姿が見えてくるという部分もあります。このテンポの速さというのはその曲の練習をピアノで自分で弾いてしているのではと思わせるところがあります。オケというのは何十人という人が集まって弾いて初めて成り立つものです。ソロでピアノを弾いて合わせられるものでもオケでは合わないというケースはたくさんあります。)でもN響の一番の持ち味とはどうも接点がないという感じしかしません。(パリではかのデュトワ氏以上の評価を得ているという話も聞いたことがあります。見ていてそういう部分のあることもうなずけます。)
 この前の定期と言い今回の定期と言い前半が終わるとステージから降りてきた人が皆異様に疲れた表情をしているのです。横で聴いていても必要以上に気を使わされていると言う感じです。もう少し弾き手を信用して任せればいいのにと思います。(恐いお巡りさんを想像させてしまう。)

 明日は水戸の市民会館での演奏会です。


9.25

 今日は練習2日目です。とても細かい表情を要求してうまく行けばとてもきれいな音になると思います。ただ所々ものすごくルバートするのに他の場所でオケがルバートしようとするととても信じられないと言う顔をして、そこでゆっくりするのはおかしいというように言うのはやっていて調子が狂います。自分ではシナリオが出来ているから当然のことでしょうが、他人には何を考えているかは分からないのだから自分の思った通りに人がやらないことをこのように言われると、ここら辺がオケと合わない原因だなと思ってしまいます。色々な所のやり方などとても良いところがあるのに、やり方がちょっと強引だったり言い方が強すぎたりするのですごく損をしていると思います。とても地味ですがとても良いバランスの曲作りです。後はオケとの折り合いがどうなるかです。今回も私は前半は休みなので、ロッシーニと動物の謝肉祭はどうなっているか知りません。

 今日演奏旅行ライブレポートをおいているプロバイダーをSonetからBIGLOBEに移しました。ひょっとするとどこかのページでちゃんとライブレポートに移動しない部分があるかも知れません。一応気がついたところはリンクを直しておきました。(何か不具合が合ったら教えて下さい。)これはSonetに不都合があるからではなく、今年の中国旅行の時の対策です。Sonetのローミングサービスは中国ではないのですが、BIGLOBEはGRICのローミングサービスをやっているので向こうのホテルから日本のアクセスポイントまで電話をしなくてもすむからです。BIGLOBEはSonetを同じくらい国内のアクセスポイントがあるので、移動を決意しました。(ローミングが出来るなら、ローミングをするだけのためにもう一つプロバイダーに入らなくても良くなるからです。)それ以外の国についてはIBMとBIGLOBEのローミングで完璧です。(それでもプロバイダーは3つになる。)

 昨日書いたYさんはとうとう昨日G3のPowerbook 233を買ったそうです。前は8100だったのですごく速いと感激していました。もう1人のUさんは1日遅れて今日ボードを組み込んでもらうそうです。出来栄えは明日聞けるでしょう。楽しみです。


9.24

 今日はオーチャード定期の練習です。「田園」は例によって速めのテンポで弾かせています。すっきりくっきりと言った感じの田園です。ただ時々テンポを揺らせるところは今一つよく分かりません。たとえば5楽章の237〜244小節間では祈りの曲だから少しゆっくりして、そのあとの f の所はもとの活き活きとした田園の歌にして欲しいということでしたが、このようなやり方をしたのは珍しいです。またよく指揮者の言うことですが、ppp の違いをはっきりつけるようにさかんに言っています。同様に fff の違いもはっきり意識するように言っています。このことはヨーロッパ系の指揮者はよく言います。ライトナー先生もよく「Only Forte,yeah!」とよく口癖のように言っていらっしゃいました。またほとんど「In tempo」で弾かせ、いつもならルバートして延びるようなところも先回りして絶対延びないように何回も注意しています。
 N響というか日本人の弾き癖がとても気に入らないようで、「I beg you not to be late.」と言うように真顔で何度も注意しています。
 全体としては悪い演奏ではないのですが、何となく伸び伸びとしない神経質な田園という印象です。もうちょっとおおらかな感じがあって欲しいなというのが私の希望です。細かくテンポを動かすし、どうしたいのかよくつかめないので、弾いていてあちこちで足並みが揃わないところがあります。明日、明後日と勿論変わっていくので本番の時には大丈夫なのですが、今日は「え?.....」と言うところが何ヶ所かあります。私見ではヤノフスキさんはなかなか面白いイメージを持っているので、もう少しオーケストラに任せてくれればもっと良い演奏になりそうなのですが。(練習を積み重ねるにしたがって段々色合いも変わっていくでしょう。)

 今日Uさんが2400にG3のボードを入れに行くそうです。(明日話を聞くのが楽しみです。)G3になると発熱が激しいということが色々な所で言われているのでその点が少し心配です。YさんはPowerbook G3を買おうかなと今迷っています。私もG3のボードはどうしようかまだ決めかねています。決めかねているうちにボードがなくなってしまうかも知れません。でもそれなら今のままでも良いと思っています。今日昼休みにUさんと今度中国に行ったときローミングサービスはどうしようかとひとしきり話をしましたが、結論は出ていません。(今回の中国は2400をもっている人は全員出番です。向こうで皆で色々始めるかも知れません。)


9.23(昨日は日付を間違えていました。すみませんでした。)

 前にも書きましたが、演奏業務部長の竹森さんが今アメリカの視察にいらっしゃっていますが、向こうの様子をメールで教えていただきました。N響はどのホールでも最もプレステージの高い予約シリーズに入っていて、なかなか好調にチケットが売れているところが多いそうです。またワシントンのリンカーン・センターで、ひょっこりSlatkin氏に会われたそうです。リハ中で音も聞きましたが、改装後は、世評ほど悪いホールではなかったそうです。

 明日からはN響は初めてのオーチャード定期の練習が始まります。
ロッシーニの「絹のはしご」序曲、サン・サーンスの「動物の謝肉祭」、「田園」というプロです。ポピュラーなプロで初心者の方にも楽しんでいただけるようにという趣旨のオーチャード定期第1弾です。ヤノフスキさんのイメージとはちょっと違うかなというプロなのですが。まずは明日やってみてのお楽しみ。

 海外旅行がこれから頻繁にあるので皆様にお尋ねしたいのですが、海外からホームページの編集も出来るローミングサービスをしているプロバイダーというのはあるのでしょうか?(ローミングサービスは普通メールとWWWしか出来ないようですが。)実はこの前IBMのネットパスポートにも入りましたので、ほとんどの国では大丈夫なのですが、問題は今年の秋の中国です。IBMのアクセスポイントは中国にはありません。北京にも上海にも他のローミングサービスのアクセスポイントはあるようですが、演奏旅行の報告は出来なさそうなので困っています。まあ色々方法はあるので何とかなるとは思いますが、自力で何とかしたいのです。ご存知の方がいらっしゃいましたらご教授下さい。

 皆様は新しいOffice98を使われているでしょうか。この前Wordを使っていて気がついたのですが、EGBridgeでcapslockを「ひらがな/半角英数」の設定にして、全角ひらがなの後にcapslockを押して半角英字を入力しその後capslockを戻してひらがな入力に戻して文字を入力すると、半角英字から後の部分が漢字まじりの文に変換されません。option+shift+Sを押して半角英数入力にしてその後option+shift+Zでひらがな入力に戻せば大丈夫なのですが。これって仕様というのでしょうか、バグって言うのでしょうか。私のようにEGBridgeでcapslockを「ひらがな/半角英数」の設定にしている人は要注意です。ことえりで試したらなんとフリーズしました。私はWordはほとんど使わないので別に困りませんが。(外国の人がメールを送ってくるとき添付書類をWord書類で送ってくるケースが多いので読むために使っているだけ。何か細工をするときはテキストで書き出して他のソフトで手を加えます。)

 今日一日音楽とは全然関係のない日を送ってしまいました。


9.22

 今日は台風が近づく中を町田市民ホールに来ています。私は3時半前に着いたのですが、その時は風だけで、雨は降っていなかったのですが、ゲネプロ前になると雨もかなり降っていて外に出ていた人がびしょぬれになって帰ってきました。本番の後駅まで無事にたどり着けるか心配です。今日の会場は私は覚えがありません。

 

 収容人員も1000人以下だそうですが、小さなホールです。フルオーケストラには荷が重いといった感じです。設備と言い音の感じと言い昔懐かしき日本のホールです。会場からの反響をあまり感じない良く言えば重厚な響きです。最近会場からアップしようとしてもグレ電のない会場が多くて困ります。良く探すと隅っこに1つ合ったりするのですが、面倒で家に帰ってからアップすることにしています。(17:30)

 今日の本番はホールの時よりゆっくり目のテンポで、練習の時あそこまで速くさせたのは一体何だったのだろうかと言う感じですが、演奏としてはなかなか良かったと思います。私にはヤノフスキという人は結局よく分かりません。最後まで自分のテンポを守るのなら分かるのですが、今日のテンポになってしまうのでは最初に言っていたことの説得力は今一つとしか言えません。

 今日帰りの電車の中でPHSを使ってみたのですが、プロトコル変換を使っての通信はあまり安定しているとは言えませんが、PIAFSを使っての通信はとても快適です。走っている電車の中でも状態が良ければメールを読むくらいは楽にできます。(3つのプロバイダーにきているメールのチェックもちゃんと出来ます。)新しく出たNTTパーソナルの341Sはなかなか良いようで旅行中などにはとても重宝しそうです。今はASTELを使っているのですが、カードとコードをつながないといけないのと、PHSの充電のアダプターをもって行かないといけないのですが、341Sだと直接カードを使えるしその状態で充電できるのでFAXを送れないという問題はありますが、乗り換えようかなと思案中です。


9.21

 昨日の続きです。専門家(音楽学校の先生とか演奏家)の場合でも演奏の評価というのは人によってまるで違う結果が出ます。どういうことかというと、自分でプログラムを作らなければいけないような場合どういう曲をどのように選ぶかということです。私自身は正攻法が一番良いと思っているのですが、人によってはまず他の人が弾かない曲の中から選んだほうが審査員が曲をよく知らないので悪い点をつけられないと考える人もいます。でも私はこれは自信のない人のやり方だと思うのです。自信があるなら他の人と曲が重なることはむしろ歓迎のはずです。また重量感のある大曲の後に技巧的に難しい現代曲で更に印象を深めようという考えの人もいます。でもこれって聴いている人から見るとたまらないのです。ただでさえ重い曲の後にガチャガチャした曲など続けてやられたら聴く気がしなくなります。選曲についてもこれ位色々の考えがあるのだから演奏を聴いてある人がうまいかどうかの判断になると人によってバラバラになるのも当然です。
 この前やったオーディションの時も審査員の中でやはり意見が分かれました。(分かれて当然です。それだから何人もの人が審査するのです。)でも審査員の中には全員が同じ結果になっている方が良いと言う人もいました。(もしそうなるのだったら審査員は初めから1人で良い事になる。)

 演奏の批評を書くとき評価の基準をどこに置くかというと、「良い音」で「良い音楽」を弾くのが大切になると思います。ですが、その良い音ということだけでも曲者で、どういう音が良い音かと言うことをプレーヤーに聞いても人によって全然違うことを言います。たとえばある人は「大きい音だ。」と言うが、他の人は「金属的で汚い音だ。」と言ったり、またある人は「あいつは音が分かっていない。」と言ったりさまざまなのです。私も色々な所で演奏の批評をよんだりしますが、もっともだなと思うことも多いですがその反面「弦楽器のことなど何も分かっていないや。」と言うようなことを平気で書いている人もいます。私は誰でもどのようなことを言ってもまた書いても良いと思うので、それに対して反論を書くということはしません。確かにその人はそう感じたのでしょうからそれはそれで良いのですが、「あまり見当違いなことを大声で言うと後で自分が恥ずかしい思いをするのにな。」とは思います。
 音楽は楽しむために聴くのですから理屈など後で誰かが勝手につければよいのです。聴く人は自分が楽しめば良いのです。ただそれを表現するに当たっては他の人も楽しみに来ていることを肝に銘じて、他の人の邪魔はして欲しくないのです。(おれは今日の演奏は良いと思ったのだから「ブラボー」と言っても良いだろうというのは、単純に良いとも悪いとも言えない大変難しい問題です。ブーイングについても同じです。やって悪いとは決して言えないのですが、どんどんやれとは言えません。)人の邪魔さえしなければ(マナーをちゃんと守れば)自分の考えをどのように表現しても良いと思います。

 結局言いたかったことは、音楽はとても個人的な楽しみだから皆が自分のレベルで自分の趣味で楽しめば良いということです。(プロでも人によって考えが違うのだから、特定の考えを人に押し付けることは良くないということを言いたくて、初めの専門家の話をしたのです。)

 明日は町田(市民ホール)でC定期と同じプロを弾きます。前に行ったことのあるホールだそうですが私は覚えていません。


9.20

 以前として体調不充分です。レッスンをした後自分の練習をしましたが、今一つ調子が出ません。ところで今日は音楽の批評について書きます。

 音楽とは形に残らないものなので、その印象はその人の心の中にしか残りません。(テレビやCDに残ったとしても演奏会場での響きをそのまま残したものではありません。)そこである演奏に対して批評を書くとすると、基本的な部分でとてもたくさんのクリアしなければならない問題があります。演奏を評価するに当たって何が一番大切かということがまず一番大きな問題です。私自身は楽譜通りに弾く中からその曲に正面から向きあい、自分なりの解釈でその曲の魅力を出していくことが弾く時の信条ですから、人の演奏を聴く時も曲に正面から向きあっているかどうかを一番聴きます。その時一番重要視するのは「生命感」です。活き活きとした演奏でないものは好きではありません。細かいところをどのように歌っていくかは人それぞれなので、自分の趣味と合わなくても別にそれが理由で悪い演奏だとは思いません。
 また別の問題として、時間が経つと印象も変わるということもあります。聴いたときに思っていたことでも後になると違う印象に変わってしまうことがあります。その時どちらが正しいかを再確認する方法がないのが音楽(と言うか時間の中で表現する芸術は何でも同じだと思いますが。)の特徴です。
 会場で隣り合った2人がまるで違う印象を持つこともザラです。場所が違えば印象が違うこともあるでしょうが隣り合った人同士で正反対の印象もつということもよくあります。それくらい人の印象はその人の信条、経験、趣味などに深く結びついているのです。
 根本的な部分では印象を言葉で表現することがどれだけ意味があるかという問題もあります。自分が演奏を聴いて得た印象を何か言葉にしないと批評にならないわけで、その印象を言葉にする中で冷めていく部分もあるのではないでしょうか。(勿論感激して一気に批評を書くという場合もあります。その場合はその批評の中に勢いがあるので読めばこちらも動かされるものがあります。こういう批評は大歓迎です。勿論。)

 それぐらい一人一人の印象というのはあてにならないものなのですが、不思議なことに多くの人が良いと思う演奏はやはり素晴らしいものです。(会場はブラボーの嵐なのにその場に居合わせた私は、その演奏は手抜きにしか聞こえないという場合もあります。またその逆もあります。でもそれは稀なケースです。)ですから弾く側は全体としてのお客さんの反応を大事に思うのです。ですから「ブラボー」の声がかかっても普通のお客さんがあまり燃えていない演奏の時は「ああ、ダメだったんだ。」というように思うわけです。そのブラボーも聞き慣れると本当に心の底からのブラボーとパフォーマンスのブラボーの違いがなんとなく解るのです。(どんなに感じているふりをして「ブラボー」と言っても、本当に良い演奏だと感じていないのはタイミングの悪さなどで分かってしまうのですよ。曲の最後の余韻を楽しんでいるはずの時に汚い声〔この際あえてこう書きます。〕で「ブラボー」と言われると本当に他のお客様の迷惑だなと思ってしまいます。そのために曲は好きなのだが、この「ブラボー」を聞きたくないので会場には行きませんという人もいるくらいです。)

 日本の音楽界も転機を迎えています。演奏会の聴き方も段々良くしていかないと、良い演奏家も育ちません。別に音楽の通である必要など全然ありません。専門家としての意見は専門家に聞きますから。ごく普通にあるがままに聴いていただければ良いのです。その中で忌憚のないご意見を聞かせていただけるのが我々弾く側にとって最も貴重な経験なのです。(その中に上達の手がかりがあることも良くあります。)

 書いてみたらあまりまとまりませんでした。でも私の感じ方がお分かりいただければ幸いです。


9.19

 今日も昨日とほとんど同じ印象です。どうも何か一つピンと来ないという感じです。一つ一つ取り上げるとかなり良い線に行くのですが、全体としてはオケがうまくまとまっていないという印象です。N響が今回は今一つ反応が悪いので、指揮者は我々を鼓舞するように動き、それがまたオケの反応速度とうまくあっていないということです。つまり指揮者とN響の歯車が噛みあっていないのです。

 今日はもう遅いし、私もこのところ体調が良くないこともあって今日はこれだけにします。明日時間がとれたら色々書きます。


9.18

 今日はC定期初日です。本番を終わっての印象はお客さんの反応と弾いている側の反応がとても食い違っていたという感じです。終わったときの拍手はとても盛大なものでしたが、私には今日の演奏は良かったとは思えなかったのです。端的に言うと指揮者の意気込みとオーケストラのペースが食い違ったままで終わったという感じです。オーケストラというものは80人位の人が集まってやる共同作業です。指揮者の中には(特にピアノ上がりの指揮者の場合)棒を振れば皆がすぐ反応すると勘違いしている人がいます。何十人という人がいると同じ合図に対しても早めに反応する人、普通に反応する人、遅めに反応する人とさまざまです。それにオケというのはあわないのは気持ち悪いので自分たちで合わせようとするので更に幾分遅れるというように、棒に対して遅れていく要素はたくさんあるのです。それに有名な曲であればあるほどオケ独自の持って行き方があるので、テンポの変わり目などは棒でやってもオケはついていけません。ヤノフスキ氏も幾分強引に引っ張って行き過ぎる感じがします。解釈などは面白いところがたくさんあります。氏の解釈通りの音が出たらそれはそれでとても面白いと思うのですが、私達も機械ではないので振られた通りには弾けません。
 また氏の醸し出す雰囲気がちょっと私達には重すぎるのです。音楽を楽しみながらやるというのとは少し違うのです。もちろんN響にはN響の弱点があります。ヤノフスキ氏のやり方だとその悪い面が特に強く出てくるように感じます。in tempoということの意味が日本人の感覚と違うのです。(日本人のin tempoの感覚の方がおかしい部分もあります。in tempoでも面白く弾けるのですが、in tempoというと抑揚まで一緒になくなってしまうのはおかしいです。)普通に拍子を勘定してその通りに弾けという氏の要求はその部分については確かに合っていると思います。でもオケは1人で弾いているのではないという部分を無視されているように感じるのです。(これはアマチュアオケとかアマチュア合唱団の指揮者の場合良く見受ける問題です。棒を動かしたからついてこない弾き手の方が悪いと言うのは勘違いです。指揮者は1人でも弾き手は何十人といるのです。誰だって自分1人が飛び出すのはいやだから他の人の様子を見ます。自分の信念にしたがって人の様子など見ないで弾けと言ったってそれは無理というものです。勿論弾き手もそう出来るよう努力すべきですが、オケとか合唱団というのはそのように動いていくものではありません。)

 今日ゲネプロの後渋谷のNCRに行ってPowerbookの放熱板を交換してもらいました。

 

 左の写真は放熱板のユニットです。右の写真は私のPowerbookを分解したところです。交換の作業自体は30分もかからず終わりましたが、順番が回ってくるのに1時間近くかかり全部で1時間半くらいかかってしまいました。帰りの電車の中で色々やりながら帰ったのですが、今までのように熱くならないので安心しました。


9.17

 今回の指揮者ヤノフスキさんは前回の時よりずっと余裕と自信があるように見えます。前回のショスタコーヴィッチの時など見ていて不安になるようなところがあったのですが、今回はこちらがちょっと間違えても一つも動じず、自分のやりたいことをはっきり主張されています。(いささかというかかなり暗い感じがするのが難点ですが。)氏は本国でとても苦労されたそうで、その苦労が実を結んできたということなのでしょう。私も前回は注文を聞いているとイライラしてきたのですが、今回は前回と同様細かく注文が来るのですが言われることはもっともだなと思わされます。逆に我々の弾き癖が多いことを教えられています。
 聴衆の皆さんには暗すぎるように聞こえるのか、良さが通じるのか私には予想がつきません。弾いている立場から言うとサヴァリッシュ先生に似た感じのなかなかの名指揮者に感じます。明日の本番での反響がどのようなものか楽しみです。

 今日演奏業務部長の竹森さんがアメリカに出発されました。来年の春のアメリカ演奏旅行の下見だと思います。今日昼休みに竹森さんのPowerbookの設定をしましたが、出先ではダイアルアップでインターネットに接続するそうですが、プロバイダーがOCNのダイアルアップのためアクセスポイントが日本にしかないという最低の状態です。ローミングサービスをしているプロバイダーかIBMのようにワールドワイドなところに入るかのどちらかにしないといけないです。そういえばデュトワ先生はIBMに入っていらっしゃるそうです。


9.16

 昨日の時点で今日は午前中の練習は取り止めになっていたので、朝は台風に悩まされることもありませんでした。ただ駅に行って電車に乗ったら快速電車が運転取り止めになっていたため、快速に乗る人が全部各停に乗っているのでとても混んでいました。
 ブラームスの練習の印象は昨日と変わりありません。2楽章についてはテンポは速めです。速度表示はAdagio non troppoですがAdagioよりnon troppoの方を大事にした解釈です。いつもの粘っこいN響の弾き方だとおいてきぼりを食らいます。全体にすっきりしたブラームスといった印象で、物足りなく感じる人もいそうです。こういうところを見るとドイツ音楽の手法というのは日本人の感覚とは相いれないというか食い違う部分が沢山あります。
 たとえばフレーズのつなぎ目など、時間がきたら待たずにちゃんと弾くことを要求されますが、N響はそういう場合独特のためをもって弾く癖があります。それがN響の持ち味であると同時にN響の弱点とも言える部分です。ラテン系の指揮者などそういう間が大嫌いで、デュトワ先生などもその1人です。ただこのタイミングもメンバーの年齢層が変わっていくにしたがって段々変わってきています。今はちょうど過渡期のようで、パートによって時間通りに進んだり、ちょっと待ったりするのでずれる場合が時々あります。方向としては待たないでいくほうに段々移行しています。(ただしずれる主たる原因は全然違うところにあるのですが。)ヤノフスキさんもそういう間をあまり好きでないようです。
 明日ももう一日練習です。


9.15

 今日は敬老の日ですが、曜日に関係のない我々は練習です。ヤノフスキさんというとあまり良い印象が残っていなかったのですが、今日の練習を終わってみて見直してしまいました。若い時のサヴァリッシュ先生に似ているような感じもあります。弾かせ方も少し似ています。今日はブラームスの1,4,3楽章をやりました。どの楽章も譜面に書いてある通りに弾くように言われています。意外だったのは4楽章のテンポです。初めにはAllegro con spiritoとあるのですが、まるでPrestoと書いてあるような速いテンポです。確かに2/2(アラ・ブレーヴェ)で書かれているので決して遅いテンポではないのですがここまで速くなくても良いのではという感じです。でも3楽章などはAllegretto grazioso(Quasi Andantino)とある通りかなりゆっくりやっているので、4楽章のテンポははっきりとした意図の下にやっているようです。細かい表現についても楽譜通に弾かせてそれなりに充分効果を上げています。(好きか嫌いかは別の次元の問題です。私はこれは一つのやり方だと思いますが、N響でこれをやった場合必ずしも指揮者の意図通りにはならないように見えます。普段のN響とはかなり違うやり方ですので、どうしてもうまく噛み合わないような感じです。)
 午後の後半はバッハ=ウェーベルンの「リチェルカータ」の練習がありましたが、私は曲降りですので様子は知りません。
 私はヤノフスキさんの印象というとこの前のショスタコーヴィッチの印象が強すぎてどうも受け付けなかったのです。時々笑ったときにはとても良い顔をしているのですが、細かい注文を付ける時の顔は見ているととても暗くて恐く見えてしまうのです。今回の定期は良い演奏になりそうな予感がします。(演奏スタイルは日本人に普通受け入れられるスタイルとはかなり違ってドライな感じですから、人によっては受け付けないかも知れません。ドライすぎるように聞こえるかも知れません。)

 今晩から明日にかけて台風が来るようですが、影響を受けないと良いのですが。


9.14

 明日からのC定期とオーチャード定期はヤノフスキさんの指揮です。前にN響に来た時はショスタコーヴィッチをやったりして何となく暗い人というイメージがあるのですが、今回はブラームスの2番(C定期)と田園(オーチャード)とちょっと前回とは違うかなという感じです。特にオーチャードではサン・サーンスの「動物の謝肉祭」をやりますが、これは特に意外です。
 前は定期によるキャラクターの違いというのは割とハッキリしていたのですが、このところAでもCでもそんなに変わらなくなってきました。ここでオーチャード定期が始まり前のC定期あるいはプロムナードコンサートに近いものが始まったのは将来の音楽ファン開拓のためにとても良い事だと思います。この線で行くとブリテンの「青少年のための管弦楽入門」とかプロコフィエフの「ピーターと狼」などもそのうち弾くのかな?
 こういう完全な入門編も良いのですが、それ以上に古典やロマン派のいわゆる名曲をもっともっと弾く必要があると思います。一月の定期の曲がたとえばマーラーにブルックナーにジャンヌ・ダルクなどというのはバランスが悪すぎると思うのです。私達がよく話をするのですが、すべての定期がすべて普段弾かない大曲(言ってみれば変わった曲)で網羅されている必要はないと思うのです。もちろんこういう曲を弾くこともとても重要なことです。
 ですがオーケストラの演奏能力が上がるのはこういう大曲を弾いたときではないのです。古典派の曲をちゃんと弾けるようになったとき初めてこういう大規模な曲がきれいに弾けるようになるのです。最近は一時期のこの傾向が少しずつ是正されているようでうれしいのですが、時々またこの傾向が顔をのぞかせます。勿論指揮者であれば大曲をやりたいでしょう。私達もそういう曲もやってみたいです。でも限度があるということです。
 聴いていらっしゃるお客様はどのように思われますか。(勿論そういう曲が好きな方もいらっしゃるでしょう。でも大多数の黙っているお客様の印象は少し違うのではないかと思うのです。変わった曲の後大声でブラボーがかかったりすると、普通のお客さんはどう思っているのだろうと私はいつも思っています。拍手の感じである程度は想像つきますが。)弾いている我々でさえ「普通の曲をやってよ!」といいたくなるようなプロだと聴いていて絶対に良い印象ではないと思うのです。このところはまともなプロが多いですから、その点うれしいです。


9.13

 今日は昼頃京都から帰りました。昨日の会場の話の続きです。
 私達はステージの上で弾くだけですから、どうしても弾きやすいという観点でホールを見てしまいます。弾きやすいというのは自分の出した音が適度な反響とともに帰ってくること、他の人の出した音が聞き取りやすいことが判断の中心になります。弾いても弾いても音が帰ってこないホールというのはやはり弾きにくいので好きにはなれません。また判断の基準がお客さんとは異なるのです。お客さんはそのホールの響きに慣れているので、そのホールの響きはそんなものと割り切っているし馴れているのですが、私達はそのホールに慣れていないので色々なホールの平均値と比べて判断します。ですからお客さんはとても良い演奏だと言って下さるのに、私達はそれを鵜呑みに出来ないというかそのまま受け取れないのです。
 ただどんなホールであってもうまい人が弾けばそれなりに良い音がします。ですからどんなホールでもそれに合わせてよい響きを作り出さなければいけないのです。よほどひどいホールでなければ使い方次第で響きを改善することは可能です。最近N響は全然行きませんがつくばのノバホールも初めは評判が悪かったのですが、響きを調整してとても良い響きになったという話です。このようにホールを造ってからいろいろ調整をすると良いようです。(この例は珍しいほうで、たいていは出来たらそのまま放って置くのが普通です。)

 もう一つ今日は面白いメールをもらいました。外国の人なのですが、AltaVistaでGuernariusをキーワードにして検索したら貴方のページが見つかったというのです。お父さんがGuarneriusを持っていたヴァイオリニストで、何年か前亡くなったのだが、自分たちはヴァイオリンを弾かないのでメールを貴方に出しているというのです。もっともらしそうな話なのですが、グヮルネリのつづりはGuarneriusでGuernariusではないのです。Guernariusで私のホームページが出てくるはずなどないのです。日本人はだましやすいと思っているのではないだろうかと私は想像しています。仮にグヮルネリが本物だとしたらとても私の手に負える金額ではありませんし、昔ならともかく(1900年代の初めなど)この御時世に良いグヮルネリが見落とされているというような事はとても信じられません。大体世界的なヴァイオリニストでなければグヮルネリの楽器など持てるはずがないです。無名な人がとても持てる代物でないことは周知の事実です。(今なら何千万から億の単位の金がかかります。オケマンに手の出るような金額ではない。)
 私達にも身分相応な楽器というものがあるのです。一流の楽器は一流の弾き手を要求します。ソリストに合った強い楽器などオケの中で弾いたらとても弾けるものではありません。オケマンの仕事では霞むということも大切な要素ですが、ソリストの楽器では霞むということは出来ませんというかとても難しいです。ヴァイオリン弾きは皆自分に合った楽器を持っているのです。弾けもしないのに高い楽器を高望みすると良い結果は出ません。アマチュアもプロも自分に合った楽器を弾くべきなのです。


9.12

 今日は京都コンサートホールでの演奏会です。初めの予定では11:56ののぞみに乗る予定でしたが、早すぎるので1時間後ののぞみに変更しました。今回も途中富士山は姿を拝めませんでした。ホームページを始めてからは富士山の姿を見たことがありません。今日は無理をすれば日帰りできそうなのですが、そんなに急ぐ必要もないので、泊まります。前に一度このホールには来ています。

 

 まだ会場の照明が暗いうちにとったので、少し寂しい写真です。あまり響かないホールだという印象があります。今は午後4時半です。会場練習が終わったあとまた書きます。(16:30)

 会場練習の感じでは、お客さんが入らない状態ではそこそこの響きなのですが、それでもピアニッシモの弦の音などかさかさした感じがします。弾いていてあまり気持ち良くないです。お客さんが入って音が吸われる状態ではもっとこの傾向が助長されるでしょう。(これはステージ上の感じですから、客席ではまた違って聞こえるのかもしれません。)このシューボックスが他のホールの共通の問題点です。(日本にあるシューボックスが他のホールは概してあまり良い響きがしません。申し訳ないですが、オーチャードがその典型です。)会場の壁が石造りだったりすると響きはまた違うのかもしれません。またヨーロッパのホールは木であったとしてもその木の材質が日本で使われるような集積材みたいなものではないですから、形だけ真似するのも考えものです。(18:30 本番30分前)

 本番が終わってからホテルに帰り食事をして今部屋に帰ってきました。今日の会場はやはりとてもデッドな感じでした。1曲目のメシアンの最後の静かな部分など響きがデッドなためファーストが弾いているのを横で聴いているだけで緊張して目を開けて聴いていられませんでした。こんなに弾き手にプレッシャーをかける会場も珍しいです。でも演奏会が終わったときの拍手はこのデッドな会場でこれだけの拍手になるのだからとても皆さんの印象に残った演奏会だったのだなと実感しました。私としても今日はよい演奏会だったと自信をもって言えます。チョン氏はN響にとってとても貴重な存在ではないかなと思います。このような反応を起こす指揮者はとても珍しいです。ただチャイコフスキーの曲が全体に暗すぎるのが気になるのです。本国人(ロシア人)はもっと明るさを強調するのに対し、チョン氏は暗さの部分をことさらに強調されているような気がするのです。でもそれなりに強烈な効果を発揮しているので、これも一つのやり方かなと思います。この違いはアジアはモンスーン気候、ロシアは大陸的気候という自然環境からくる違いなのだという説を聞いたことがあります。ここ2回の定期を聴くとこの説ももっともだなと思います。アジア人の演奏というのはこの違いを宿命として背負っているような気がします。小さいときからヨーロッパで育った人でも少なからずその傾向があります。やはり血が騒ぐのでしょうか。これだけの指揮者をもってしても「血の問題」というのはついて回っているようです。日本やアメリカだけでなくヨーロッパで確固たる地位を築くためには通らなければならない深刻な問題ではないかと思います。出来るだけ早く誰かがこの問題を克服してほしいなと思います。お休みなさい。(24:00)


9.11

 今日は一日休みです。明日の京都の演奏会はとても聴き物だと思いますので、お近くの方はぜひいらして下さい。(もっともとっくの昔に完売という話を聞きましたが。)今まで演奏旅行とというと定期とは違う種類のプロでやっていましたが、去年から東京の定期と同じプロを色々な所で弾くようになりました。これは私達にとってはきついことなのですが、地方の方にとってはとても良い企画になると思います。名古屋、岡山、鎌倉などの定期がその始まりです。N響アワーでしか(テレビでしか)見られない演奏会をその場で見られる(聴けるのは)のはすごい意味があると思います。

 弦は何を使うかという問題は、弾く人が皆悩む問題です。私はE線はPro Arteのゴールド、A〜G線はオリーブを使っています。同じ弦でも太さがいろいろあり、その他にリジッドという堅巻きのものがあるなどヴァリエーションはとても沢山あります。同じ弦でも雲泥の違いがあるのです。このE線はとても珍しいもので普通の店ではほとんど見かけないと思います。でもこのゴールドはとても艶があって太い音がします。弦の交換の時期というのはヴァイオリンのページにも書きましたが、普通皆さんが考えるのよりずっと頻繁に交換しないといけません。(切れないからそのまま使っているなど言語道断。)

 明日は一日だけの演奏旅行ですから、このページに書くようにします。


9.10

 今日も良い演奏会でした。1曲目のメシアンについては昨日の方が幾分良いかなと思いました。メシアンもトゥランガリラの様な曲とは違って、もっとあっさりした感じの曲です。指揮者チョン市はメシアンと親交があったそうで、オリジナルに近い演奏なのでしょう。2曲目のシチェドリンについては昨日と同様名演でした。今日はアンコールにバッハのサラバンドを弾きました。昨日は何もなかったのですから、今日のお客様はすごい得をしました。袖で弾いているのを聴いているかぎりではそんなに大きい音という感じはないのに、会場で聴くとものすごく大きい音に聞こえます。音の出し方がとても効率的だということです。
 最後のチャイコフスキーはちょっと重い感じがするのですが、細かいところにまで注意の払われた良い演奏になっていました。1楽章のテンポについては会場で聴いてみないとどうなのか分かりません。ロシア風ではないことは確かですが。でも一つの効果的なスタイルではあるでしょう。これが良いかどうかは時が決めるのでしょう。
 終わった後のお客さんの拍手は久し振りにこのような拍手を聴いたというような熱狂的なものでした。N響とはとても相性の良い指揮者であるようで、これからもぜひ指揮していただきたいです。(但し我々は弾いていてとても疲れるのですが、このような演奏会になるのならやりがいもあろうというものです。)
 明日は休みですが、明後日は京都のコンサートホールでの演奏会です。この演奏を東京以外で聴けるというのはとてももうけ物という感じです。いつもはこういう演奏は定期でしか聴けないからです。またヴェンゲーロフの生の音を聴けるのも貴重な経験でしょう。


9.9

 今日はチョンさんの2つめの定期の初日です。今回はB定期がサントリーに移った最初の定期ですが、それにふさわしい演奏会だったと思います。まずメインのチャイコフスキーの4番について言うと、ロシアの指揮者のやるチャイコとは全然違いますが、とても面白い演奏でした。単純にロシアの指揮者と違うから良くないと言えないような出来栄えです。前回の定期よりも良い出来のように感じました。
 今日弾き始めたらサントリーホールでこんな音を聴いたことないなと思いました。指揮者のせいか会場が何か音響を変えたのか定かではありませんが、初めの音からいつもと違うなと思いました。いつもと違って深い感じの響きがするのです。チョンさんが盛んに深い音を出すように言っていたことが影響しているのでしょう。
 今日は開演前に当日券を求めて並ぶ人の列がすごかったそうです。最初にステージ上ったとき会場を見て客席がびっしり埋まっているのを見てびっくりしました。演奏会が終わった後指揮者はとても満足しているように見えました。私もこのように盛り上がった演奏会は久し振りです。

 ところで今日のもう1人の主役ヴェンゲーロフさんは素晴らしい出来でした。ゲネプロの時会場で聴きましたがまず音量の大きさにびっくりしました。オーケストラは弦アンサンブルだけの編成ですが、それにしてもオケが弾いていてもちゃんと全部聞こえてくるのにはびっくりです。更に言うとただ大きいのではなく音質が素晴らしいのです。一つも音を潰さずに弾いています。びっくりするのは本番前に外で弾いている音を聴くと少しもうるさく感じないのです。弾き方の素晴らしさと楽器の良さが相まってのことと思います。とにかくメチャクチャうまいというのが楽屋での印象です。

 もう一つ今回の定期で面白いのは、ヴィオラに先輩の渡部さんがエキストラでいらっしゃっていることと、チェロには藤森さんの奥さん向山さんがエキストラで弾いていらっしゃるというとてもぜいたくな陣容です。(今回のチェロのトップは藤森さんです。)この様子を市響の人達が見たらびっくりするでしょう。(春には向山さんが、7月には藤森さんがドヴォルザークチェロ協奏曲を弾かれたからですが、ご夫妻が定期に揃って出演されているのは壮観です。)


9.8

 今日もチャイコフスキーの4番の練習でした。とても素晴らしいと思う反面ロシアの指揮者とは全然違う注文が多いのは面食らいます。たとえば前に書いたスヴェトラーノフ先生の場合とは持って行き方がまるで違います。たとえば出だしなど全然テンポが違います。それに1楽章の最後などロシアの指揮者は盛り上げはしますが全体的にはあっさりとした中にものすごい凝縮力を表現するのに対して、チョン氏はすごく粘っこく歌いまくって表現していくというように色々な個所で違いが見られます。ロシア音楽としてのチャイコフスキーとしてはとても異色だと思いますが、自分の思った通りにオケを引っ張っていくという意味ではとても楽しみです。
 大ざっぱに言って、ロシアの指揮者はもっと大らかな中にチャイコフスキーの世界を表出するのに対して、チョン氏はものすごい緊張感の中にじっくりと表現していくというやり方です。この緊張感というのはお姉さんのチョン・キョンファさんを聞いているときと同じ種類のものです。この凝縮力は日本人にはないものです。
 同じ東洋人と言っても日本人と大陸系の韓国、中国の人とは感性が全然違います。日本人は本能的にお茶漬けの感性で音楽をやろうとしますが、大陸系の人はごってりとした味付けという感じです。特に違うのが音です。日本人で粘っこい音を出す人は比較的少数派ですが、こちらの人は基本的に粘っこい音を出します。(基本的にクラシックはこの粘っこい音を出さないといけないのです。最近は日本人でもヨーロッパ的な音を出す人が沢山出てきました。ヨーロッパで育ったり、音楽教育を長いこと受けたりして感覚的に日本人とは違う物を身につけた人が増えてきたということなのでしょう。日系の指揮者と共演しても同じようなことよく感じます。)
 ただヨーロッパ人でないから正統派のクラシックが出来ないというものでもないでしょう。生まれがすべてを決めるわけでもないですから。ドイツ人でもただの人は沢山いるわけですし。問題はオーソドックスが何かということをどう考えるかです。オーソドックスにやるのなら本国人には絶対勝てませんから、違う国の人は何かアピールするポイントをどこか別のところに求めるわけです。するとオーソドックスでない音楽が出来上がるわけですが、それが良いか悪いかとは別の問題です。保守的にやるのが正しいというわけでは勿論ないからです。また聴いて楽しいのが良いと言うほど単純な話ではありませんが、聴いていて楽しいことも大切なことです。
 ヴェンゲローフさんのヴァイオリンについては今日も聴いていないので分かりません。


9.7

 今日はチョン・ミュンフンさんのもう一つの定期の練習です。
 初めにメシアンの「忘れられた捧げ物」をやりました。非常にゆっくりとした第1部の後速い第2部、またゆっくりとした第3部という3部構成の曲です。他の曲のようにあるテーマを少しづつ拍子がずれて何回も繰り返すというところはありません。響きはいかにもメシアンという感じです。
 次にチャイコフスキーの第4番をやりました。よくやるチャイコフスキーとは全然違う感じで、初めから面食らいました。でもロシア音楽の音を表現するためにすごくこだわりがあるようです。今日の話の中にロシアのピアノ音楽の話が何度も出てきました。初めにピアノを勉強したというチョンさんの面目躍如です。盛んに技術的にも合奏としても良いオーケストラだが、音については注文があるということが何度もありました。要するに即物的な音ではなく心の中から湧いてくるような音を出して欲しいということです。第1楽章の初めは少しイメージと違うということで何度も繰り返して練習しました。
 その後シチェドリンのコンチェルト・カンタービレのカラオケの練習(ソロのつかないオケのみの練習ということ)をやりました。私はこの曲は曲降り(協奏曲とかの場合弦楽器の編成が小さくなってフル編成の場合より人数が少ないためある曲だけ休むこと)ですから、どんな感じか知りません。

 このチョンさんについては前に良くない噂ばかり聴いていたのでどんな人か不安だったのですが、この2つの定期をやった限りではなかなか大した指揮者だと思いました。細かいところの音の処理については人によっていろいろ意見が違うとは思いますが、音のイメージについてはとても自分の意見がはっきりしているのは素晴らしいです。日本人でないことが残念です。(日本の指揮者でこういう感じの人は1人もいません。)


9.6

 最近ある方に拍手のフライングについて言われました。フライングというのはたとえば静かに終わる曲など終わった後いつ拍手が始まるかという問題です。悲愴とか昨日のヴェルディのレクイエムとか沢山そういう例はあります。この余韻をどう持たせるかが指揮者にとっては一つの勝負なのです。自分の思った通りのタイミングで拍手の来た時の指揮者のうれしそうな顔はとても良いです。ここで問題というのは静かに終わって他のお客さんが拍手が出来ないほど余韻に浸っているとき「そりゃないだろ!」というタイミングで拍手の来ることが時々あるからです。この方も静かな曲を演奏会場で聴くと必ず知ったかぶりをして早く拍手する人がいるから、それが恐くてホールには行けないというのです。このタイミングが悪いと他のお客様が白けてしまうからです。CDを聴いているのと違って演奏会場ではこの音が終わってから拍手が始まるまでの間でその日の演奏会の印象が変わるのです。また元気に終わる曲でも拍手が間髪を入れずに来れば良いというものでもないのです。
 グルメの番組で「美味しい!」というタイミングがしらじらしい場合があるのを時々見かけますがそれと同じで、拍手もタイミングが大事なのです。私が聴衆として行った演奏会でもよくこういうことを経験します。拍手もただすれば良いのではないのです。演奏する立場から言うと本当にお客様が満足してたたいている拍手と、そうでない拍手ははっきり違います。拍手をいただく立場が注文を付けるのはおかしいといえばおかしいのですが、他のお客様へのマナーもあるのです。おれは曲を知っているのだぞというふうにしか聞こえない拍手もあります。本当に曲を知っていると静寂を楽しんでいるはずのところなのにです。最後の音の後休符がわざわざ書いてある曲も沢山あります。その休符の間に拍手をする人は自分は音楽を知らないということを公言してはばからないようなものです。その意味ではとても恥ずかしい行為なのです。
 もっともその反対に演奏会が終わっているのにしばらく誰も拍手が出来なかったという例もあります。「悲愴」の終わった後指揮者がじっと動かなかったのですが、普通の例だとこのとき盛大な拍手が来るのでその拍手を間って客席の方を振り向こうとしたのだと思うのですが、指揮者が動かなかったらお客さんもじっと動かなかったのです。しばらく気まずい沈黙が流れてしまったのです。この拍手の問題についてはブーイングと同じで本来演奏する立場がどうこう言うものではないと思うのですが、その点について意見を求められればこのようなことになります。

 全然関係のない話ですが、演奏会の終わった後私達はどれくらいの時間で外に出ると思われますか。正解はお客さんとほぼ同じです。私達は演奏会の後着替えるのは馴れているのでステージから降りて5分もすれば間違いなく衣装ケースをもって外に向かっています。どうしてそうなるかというとこれは演奏旅行の所為もあるのです。たとえば8:30に演奏会が終わり8:50にそこの駅から特急が出るというようなことはよくあるので、それに間に合わせる必要があるのでいやでも着替えはあっという間にすませてしまうのです。また演奏旅行に車で行っている場合最近のホールは終演後とても混むので、終わったらすぐ着替えないで駐車場に直行して車を出すということもザラです。(その場合お客さんよりはるかに前にホールを離れています。)またNHKホールの場合着替えが遅いと駐車場から車を出すのが遅くなるということもあります。


9.5

 今回の定期はお客様にはとても好評のようで、弾いている我々が感じるのよりずっと好意的な反応が多いのは意外でしたし(聴いていていろいろ気になることがあるのではないかなと感じさせられるような部分が少しありましたから。)、またうれしくもありました。弾いている側は演奏とともに興奮するだけではいけないので、聴いていらっしゃる皆様からはほとんど気にならないような細かいことが気になったりするのです。でも演奏というのはリズム感、生命感、躍動感が一番大切ですから、それがまず気になります。次に音程とかもろもろの技術的問題が気になります。その勢いが充実しているということの大切さを再確認しました。「色の白いは七難隠す」ではないですが、勢いのある演奏も「七難」を隠してくれます。

 今日は一日いろいろあってとても疲れました。今日はこれでお休みなさい。明日からまた頑張ります。


9.4

 今日はヴェルディのレクイエムの2日目です。昨日の方が緊張感があって良かったかなというのが第一印象です。私自身も昨日の方が良かったです。とても良く出来た曲で、全然長さを感じませんし、場面の移り変わりも素晴らしいです。チョン氏の指揮はとてもやりよくて、今回うまくいったのは指揮の良さが大変大きかったと思います。いつもにこにことても楽しい指揮です。またステージマナーも素晴らしいです。
 ただ少し気になったのは、高い音になると必ずcrescendoする必要もないと思うのですが、その傾向を感じました。crescendoするとヴィブラートが巾広くなって音程が不明瞭になるのです。オーケストラの方も歌に合わせる人と正しい音で弾く人の2つに分かれて音程が割れていました。
 次の定期は前半が現代曲、後半がチャイコフスキーの交響曲第4番というプロです。ソリストのヴェンゲーロフ氏に捧げられたシチェドリンの「コンチェルト・カンタービレ」がどんな曲かも楽しみです。曲目紹介によるとヴェンゲーロフ氏は1727年の「ル・レーニエ」Stradivariusを弾かれているそうですが、その音も楽しみです。後期のStradはヴィルテュオーゾ向けの楽器といわれています。
 今回のレクイエムとは全然毛色の違う音楽が聴けるでしょう。面白いと思います。是非聴きにいらして下さい。


9.3

 今日はヴェルディのレクイエムの初日でした。聴いている方はとても楽しめたと思います。初めのチェロのフレーズからとても小さな音で弾くようにいわれ、ほとんど弓を動かせないくらいのピアニッシモから始まりました。NHKホールの弱点がもろに出た感じでした。このように小さな音で弾くと会場が広すぎて、響きが死んでしまうのです。ヨーロッパの石造りの残響の多いホールならこの弾き方で効果が出るのでしょうが、日本の普通のホールではこの弾き方ではうまく行きません。ここら辺が専用ホールが欲しいという意見が出てくるゆえんです。ただこの経済状態では新しいホールなど望むべくもないので、今あるホールをどのように使うかという次元で物を考えるしかないのです。(専用ホールが出来るのが一番望ましいのは勿論ですが。)
 今月からB定期はサントリーに移り、オーチャード定期も始まります。今のまま行くとN響の音が決まらないということにならないかと心配な部分もあります。世界のメジャーなオーケストラは自分の専用ホールを持っていますから、N響も早くそうなって欲しいです。

 毎回定期の初日はゲネプロの後本番まで6時間ぐらい時間が空くのですが、これがなんとも時間とお金の無駄なのです。昼食を食べた後渋谷の街で時間を使って無駄な買い物をしないで過ごすのは至難の業です。ヨーロッパのようにゲネプロの後20〜30分で自宅に帰れると良いのですが。午前中にゲネプロ、夜本番と形だけヨーロッパの真似をしても住宅事情が全然ついてこないので、時間とお金の無駄が多くて困ります。たとえばゲネプロの後私が家に帰るとすると家に着くのは2時過ぎ、それからお昼を食べて少し休んだとしても4時半過ぎにはそろそろ家を出ないといけません。家に2時間いるために往復3時間弱をかけるのは疲れるだけですから、どうしても渋谷にいることになります。(自分の部屋があるわけではないので、練習する場所もありません。)

 今プライベートに忙しいので、ページの更新が思うように行きません。しばらくお待ち下さい。


9.2

 今回のチョン・ミュンフンさんはおおむね好評のようです。勿論中には好きではないという人もいますが、才能のある人であることは皆認めています。今回の定期はソロや合唱、オケを聴くというより指揮者を聴くといった感じが強いです。音の発音についてすごく大事にしています。自分のイメージと違うところはこちらが分かるまで何度も丁寧に説明しています。ちょっと変わっているとも言えますが、自分のイメージを強く打ち出した指揮ぶりです。
 いつものことながらオーケストラと合唱、歌のソロは音程の取り方が違うのでアカペラからオケが引き継ぐと音程に落差が出ます。その点は指揮者も気にしていました。

 今日は練習の後オーディション(N響のオーディションではありません。)の審査をしました。結果はとてもはっきりしていて、1位の人は全員一致でした。皆それぞれに頑張っていましたが、1人だけ場違いな人がいました。つまりずば抜けて下手だったのです。全員で18人だったのですが、上位グループ4,5人とその他の人の差はとても大きかったです。時間が短いので1人6分で演奏をカットするのですが、切れの良いところで切ろうとするとなかなか止めさせられないのです。皆制限時間をオーバーしてしまいました。聴いていて一番感じたのは、どのように弾くかという次元にまで行っていない人が多すぎるということです。中途半端な音でおっかなびっくり弾いている人が多いのは残念でした。思いきり弾いている人は皆高得点を取っています。更にびっくりしたのは思いきり弾いている人は皆女性なのです。男性は何となく安全運転をしているのが見えてもっとしっかりしろという気持ちです。演奏の感想を書く欄があるのですが、文字では表現しにくいのでほとんど書けませんでした。
 難しい曲を選ぶのならその曲をちゃんと弾けなければダメです。暗譜が不充分とか曲本来のテンポにならないようではなぜその難しい曲を選んだのか理解に苦しみます。その点難曲を選ぶ人より、中程度の難しさの曲をきれいにきちんと弾いている方がずっと印象が良いです。(ヴァイオリンについて言うと去年も今年もブラームスの1番のソナタを選んだ人が、良い演奏をしていました。)
 私自身は基礎的な技術がしっかりしていて、音がちゃんと出ていて、自分の弾きたいものがある人を選ぶようにしました。他に難点があってもです。


9.1

 チョン・ミュンフンさんの指揮は期待に違わず良かったです。曲に対してとってもはっきりしたイメージを持っていて、要求されることは非常に明快です。ただ同じ東洋人であっても日本人とは基本的に感覚が異なるように思いました。これはチョン・キョンファ、ヨーヨーマなどの人達に共通した感じです。(チョン・キョンファはお姉さんですから当然ですか。)N響が指揮者の要求に対して素早く反応することをとても喜んでいました。(これは我々にとってよいことかどうかは分かりませんが。)ヨーロッパのオケは指揮者が要求を出しても全然応えないケースが多いという話です。ですから向こうの指揮者が日本に来て一番喜ぶのはその反応の良さだそうです。(中には段々エスカレートして何を言っても自分の言うことが通ると思うようになる人もいます。)時間の使い方などはとても上手で、短い時間で自分の思ったことをどんどん実現させていきます。N響との相性は良いのではないかなと思いました。

 この写真は練習の初めにチョンさんがコンサートマスターの篠崎さんと握手をしているところです。(黒い服が篠崎さん、白い服がチョンさんです。私の座っている所からでは少し遠いのでこれ位にしか撮れませんでした。)


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