今日の練習は私は降り番の「ブルレスケ」から始まりました。ちょうど練習の始まるときにシュタイン先生が練習室の前にいらっしゃったので写真を撮りました。先生はおなかが引っ込んでいる写真を撮って欲しいとおっしゃっていました。

こうやって見るかぎりではすっかり前のお元気な先生に戻られたようです。練習のやり方、注意のされ方など以前のお元気なときの先生そのままです。ただ前にくらべて幾分体の切れが悪いかなという程度です。明日からの本番が楽しみです。明日はマチネーです。このところ続けて3回サントリーホールに行っています。
実は前回の若杉氏のブルックナーの本番の後着替えたときに、私は小銭入れを落としてしまったのです。この前ダン・タイ・ソン氏の演奏会の時楽屋事務室に行ったら財布の落とし物はないといわれ、半分あきらめていたのです。しかし昨日練習所に行ったら、その財布が届いていたのです。この財布は今まで2回〔オーチャードの時と、去年の大分での演奏会の時)やはりなくなって、いずれも会場の人に拾われていたので、これで3度目です。これはヨーロッパ旅行の時の記念の財布なので、なくならなくて良かったです。
ところで今回の演奏会については「ドン・ファン」以外あまり弾く機会のない曲なので、どうなのか良く解りません。ワグナーについては「さすがにスペシャリストだな」と感じさせるところがたくさんあります。ドン・ファンについては前にヨーロッパに行ったときデュトワ先生が振ったのが強く印象に残っています。〔デュトワ先生ほど速くなくても良いですが、もう少し速いと流れに乗れるのだがという感じです。)でも注意されることを聴いていると、なるほどこれも良いのかなと感じます。本番を聴かれた方はぜひ感想をお聞かせ下さい。お待ちします。
今日からシュタイン先生が指揮されます。今回はサントリー定期で、シュトラウスの「ドン・ファン」、「ブルレスケ」とワグナーです。久しぶりの登場です。少し年をとられた感じはありましたが以前とそんなに違いはありません。「ドン・ファン」ではちょっとテンポが遅めで、もう少し活き活きしていた方がいいなとは思いました。でもさすがに得意な曲ですから、とても頼れる指揮です。不安感など全然ありません。〔練習のしかたも、任せておきなさいという雰囲気でした。)
ワグナーの曲は遅い曲だと1ページくらい進むのに10分かかることもざらです。ページ数ではかかる時間は想像できません。この重量感は並の日本人では太刀打ちできないものがあります。シュトラウスぐらいだとまだ何とかなりますが。
日本の演奏家と向こうの演奏家の違い(3)
今日は練習でワグナーをやったので、これに関連して書きます。
日本人は農耕民族で草食の民族であるのに対し、ヨーロッパ人は狩猟民族で肉食です。これが音色にも、音楽表現にも大変影響していると思います。ヨーロッパ人はいつも2つの要素の対立というテーマの中でものを考えるのに対し、日本人はそういう観念はありません。この事自体はどちらが正しいわけでもありませんが、ことクラシック音楽について言うと、いつも2つの対立で音楽は成り立っています。たとえばソナタ形式の第1主題と第2主題の対立〔だから展開部でその2つがぶつかりあって自分を主張する)、長調と短調とか強弱とかいつも2つの対立するもののバランスをとっていかないといけません。それに対し日本人は雪を楽しむときは無条件に雪だけを楽しんでいます。ヨーロッパ人だと雪を楽しむときにも夏の暑い時期のことが頭によぎっているのです。
日本人は自然の恵みを自分から勝ち取っていかなくても手に入れられるので、その恵みを「よしよし」というような感覚で楽しんでいられるのです。これは日本の自然環境が恵まれているため、出来たものをただ取って食べれば良かったからこうなったのだと思うのです。自然環境が厳しければ、ないところからでも何かを見つけていかないといけないのです。獣を捕まえて食べなければいけなかったヨーロッパ人に対し、日本人はそれほど格闘しなくても食べ物はあります。その意味ではヨーロッパ人と同じ大陸系民族である中国人、韓国人は同じような傾向があると思うのです。昔から中国は漢民族とモンゴル民族の対立があり、自然環境もはるかに厳しいし、日本人より深い部分でクラシックに近づける要素があるのではないでしょうか。〔もちろんチョンキョンファやヨーヨーマのような人たちもいますが、一般論としては音色に対する彼らの現在の感覚はクラシックとはまだ異質なものである。)
日本人も留学しているときはその感覚を持っているのですが、日本に戻って何年も経つと日本人の血が騒いでしまうようです。〔その昔「日本人は留学してやっと良い音を覚えても、日本に戻ると1週間でその音を忘れる。」と嘆いていた先生がいました。)
もう一つ日本では要領よくやって行くのがセンスが良いといわれて大事にされますが、ヨーロッパの人は自分の正しいと思うことは絶対に譲りません。これも演奏上でとても大きな要素だと思います。〔先生に直された時の反応にその違いが大きく出る)
もう一度強調しておきますが、日本人の生き方が悪いと言っているわけではありません。日本にいれば日本人の生き方が一番なのです。ですが、ゲルマン民族の生み出したクラシック音楽を演奏しようというなら、このことを良く承知していなければいけないと思います。
今日はダン・タイ・ソン氏のリサイタルを聴いてきました。とても温かい感じの演奏会でした。実は今日の演奏会に皇太子殿下ご夫妻が聴きにいらっしゃいました。開演直前に上手側の2階席にお座りになられました。私は2階下手側、ちょうどご夫妻の反対側の位置に座っていました。
今日の演奏会のプロはロシアものばかりで、重苦しいのではないかと勝手に想像していたのですが、心配無用でした。演奏会も初めは皇太子ご夫妻がいらっしゃることもあって、少し堅い雰囲気でした。ですがすぐに会場はダン・タイ・ソン氏の演奏で和んでいきました。とにかくびっくりしたのは音が柔らかくてしっかりしていることです。また細かいところが実にきれいです。スケールなど粒がそろっていて見事でした。今朝朝食の時スクリアービンの3番のソナタをCDで聴いたのですが、細かいところなど結構適当に弾いていました。それがすべて実に見事に弾かれていました。この後1日おきに色々なところで演奏会をされます。ぜひ聴かれることをお薦めします。
もう旧聞に属することですが、私たちのやっているMuse音楽教室にあるEasteinというピアノについて書かれた「響愁のピアノ-イースタインに魅せられて」という本が出版されるそうです。随想舎というところから出ています。
今日午後あさってからのワグナーを練習〔自分の)しました。仕掛けは難しくはないですが、実際に合わせるとどうなるかはやってみないと分かりません。シュタイン先生が今回はサントリー定期とB定期の両方でワグナーをやられます。私はどちらも出番です。先生のもっとも得意とするジャンルですから、指揮は分かりやすいでしょうからその点は安心です。早くあのオデコを見たいです。
今日今までずっと休眠状態だったNiftyを活かそうと思い、NiftyManagerをインストールしてみました。おかげでインターネット、AOL、NIFTYいずれもISDNで繋げるようになりました。出たてのNiftyManagerではTCPの設定を書き換えられて困りましたが、新しいバージョンでは書き換えられないようになったので、少しNiftyも使ってみようと思っています。
明日はダン・タイ・ソン氏のリサイタルを聴きに行きます。ロシア音楽を特集したプロで、チャイコフスキー、ラフマニノフ、プロコフィエフ、スクリアービンの4人の作曲家の曲を弾かれます。夜7時からサントリーホールです。半年ぶりくらいにサントリーの客席で音楽会を聴きます。とても楽しみです。
そういえば昨日四谷から南北線に初めて乗って、溜池山王で降りてそこから歩いてサントリーに行ってみたのですが、南北線の駅からホールまで15分かかりました。丸ノ内線で赤坂見附に行って銀座線に乗り換えて溜池山王で降りるほうがまだ良いようです。でも銀座線の溜池山王からホールまで10分かかります。途中赤坂見附で乗り換えるくらいなら四谷からバスで行ったほうがずっと速いです。〔バスを待ったとしても)
NHKホールもサントリーホールも駅から10分以上かかるので不便です。文化会館や芸術劇場のように駅から近いと助かるのですが。〔楽器と衣装、それにPowerBookの入った4kg弱あるカバンを持つので15分も歩くとウンザリします。)
今日はゲネプロのあと適当に時間をつぶして、夕方5時少し前にホールに戻りました。毎日12時、15時、17時にサントリーホールの入り口の上の壁の一部が両側に開いて、中から下のようなオルゴールが外に出てきて、C.S.ラング作曲の「トランペットの調べ」という曲を演奏します。今日はちょうどその時間に戻ってきたので久しぶりにその音を聴きました。

演奏会は7時なので、みなさまなかなかこのオルゴールにお目にかかることはないと思いますが、お時間のあるときに是非ご覧になって下さい。本番まで後1時間半、軽く夕食をして準備をします。(17:30)
今日の演奏会は2時間を越すとても長いものでした。ステージの袖に戻ったとき時計を見たら9時10分でした。サントリーホールでの演奏会はいつも休憩時間が20分で、普通の会場での休憩15分より長くいやでも公演時間は長くなります。お客さんも帰らなければいけないので、この長い休憩は賛否両論だと思います。今日の本番は練習やゲネプロの時とは少し違って、なかなか良い出来だったと思いました。特に音がきれいだなと思った瞬間が何回かありました。テンポ、表情については「?」が拭いきれませんでしたが。たとえば同じテーマが何回か出てくる時毎回微妙にテンポが違うのです。意識してやっているのか、単に成り行きでそうなっているのか良く分かりません。
サントリーホールのように演奏会場として作ったホールでは、段差があっても段がみな指揮者の方を向くように同心円上に並んでいるので、抵抗はないのです。NHKホールはやはり紅白用のホールだからでしょうが、段差が一直線状にしか作られていないので、演奏会には適さないのです。
今日ゲネプロと本番の間の時間にYさんが新しいG3の本体を見に行ったそうです。233MHzで25万位、266MHzで30万弱ということでした。カードも20万位するので、どちらにするか迷っているようです。私もG3のカードは欲しいと思ったのですが、HPのプリンターでエラーが出るということなので、今の状態ではそれに切り替えられません。やるならカードではなく233MHzのものでもいいからG3の本体を買ったほうが良いでしょう。今の状態ではQuadra840AVなど出番がありません。
今日も一日ブルックナーを仕込まれました。通し練習をしているときに感じたのですが、若杉先生は合唱のようなつもりで振られているようです。弾いている途中で合唱が聞こえてくるような気がしました。昨日書いた違和感というのはテンポのことなのですが、毎回微妙にテンポが違うように感じるのです。またフレーズの変わり目でのテンポの変わり方も良く分からないのです。
明日はサントリーホールに一日います。サントリーホールは時間をつぶすのにとても困るのです。明日もどうしようかなと今から悩んでいます。秋葉原に行ってもいいのですが、行くと帰りに袋を持っていそうで怖いです。〔今欲しいものは余りありませんが、それでも面白いものがあるとすぐ買いそうだから)買いそうなものといえば、G3のボード、2400用の4GBのHDDあたりだけです。そうそう、ディジタルカメラの解像度の高いやつも結構魅力です。みな高いですね。
最近ソフトですごく魅力的なものがほとんどありません。今のソフトはみなそこそこの機能を持っているので、改めて機能が欲しいわけでもないのです。それより、HDDとメモリーを消費しない軽いものが欲しいです。
イスの配置について送って下さったご意見を今日事務所に見せました。〔送って頂いたご意見のうちイスの配置に関係する部分だけをコピー・ペーストでまとめたものです。お名前等は伏せてあります。)
2月の11日に地元の市川交響楽団のジュニアのオーケストラの演奏会があるのですが、今回私も弾くことにしました。ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」など弾きにくいので、市響のシニアの人たちとともに手助けすることにしました。
また2月22日にはアマチュアオーケストラ・クリニックという催し〔松戸の「森のホール」が会場です。)に講師として参加します。このクリニックは講師にN響の弦の各パートの人〔第1ヴァイオリン:永峰高志、第2ヴァイオリン:私、ヴィオラ:中竹英昭、チェロ:三谷広樹、コントラバス:吉田秀の皆さんです。)にお願いして、「英雄」の第1楽章を題材に弾き方のクリニックをするというものです。
どちらもアマチュア・オーケストラのページでご紹介します。1回の講習で上手くなれるわけはありませんが、一つの手がかりになればと思っていつもやっています。
若杉先生のブルックナーはちょっと普通と変わっていますが、ご自分のイメージはすごく強くあるようです。テンポとか表情とかよくやられるものとはかなり変わっています。それだけ主張が強いということなのでしょう。私自身はちょっと歩調が合わないところがありますが、全体がうまくかみ合えばとても良い演奏になるでしょう。
それより2月の「ニーベルングの指輪」と「パルシファル」の方が心配です。譜面を借りて練習しないとお手上げになってしまいます。N響はワグナーをあまりというかほとんどやらないので、曲そのものも良く知らないからです。シュタイン先生の得意中の得意のジャンルですから、こちらも用意しておかないと。病気されてどのように変わられたか興味があります。今はとても元気で、ヨーロッパでの仕事をこなされているという話ですので、今までと変わらない先生の姿にお会いできると思います。
イスの配置の件については私たちは弾きにくいということと、客席で聴いても余り良く聞こえないという2つの理由で批判的なのです。問題の本質はイスの配置がどうかではなく、客席で聴いてアンサンブルが良く取れてバランスのとれた響きになるかということなのです。私たちが批判的なのは第一にアンサンブルが取れる以前に他のパート〔特に自分のパートの首席でも)の音が聞こえないということがあります。また客席で聴くと響きが統一がとれていなくてバラバラに聞こえるということがあります。(ただ場所によって聞こえ方がものすごく違います。)もちろん私たち自身の演奏法について反省すべき部分は多々あります。そこが一番大切なのはもちろん承知しております。ですが、同じ演奏でもより良く聞こえる工夫はもっとすべきではないかということで今回のイスの配置替えが始まったのです。これからこの結果を活用するよう努力していくつもりです。ご期待下さい。
今日は若杉氏のブルックナーの5番の練習初日です。ブルックナー全集を3年かけて演奏するという企画です。すごく手をかけて良い演奏にしようという若杉氏の意欲は強く伝わってきます。後2日たっぷり時間をかけて練習するでしょうから、良い演奏になると思います。
昨日東フィルの定期を聴きに行きましたが、オーケストラの演奏会は余り前で聴くものではないなとつくづく感じました。オーケストラの中で起こっていることがあまりにも良く分かるので、自分もオケの中で弾いているような錯覚に陥り落ち着かないのです。「あっ、ずれた」とか「大丈夫かな」とか余計なことに気が行って音を素直に楽しめないのです。せめて1階の中央より後ろでないと楽しめません。これからは絶対に最前列の方は買うまいと思いました。〔今回は券がなくてここしか手に入らなかったのです。)
昨日皆さまにお願いしたイスの配置についての印象の件ですが、とても詳しく書いて下さった方もいらっしゃってとても参考になりました。さらに多くの方に印象を教えていただきたいのでよろしくお願いします。FMを聴かれた方もいらっしゃいましたら、その印象も教えて下さい。お名前は公開いたしません。
今日は東フィルの演奏会にダン・タイ・ソン氏が出演されるのでそれを聴きに行きました。ベートーヴェンの4番です。昨日のブーニン氏とは好対照のベートーヴェンでした。他のオーケストラの演奏会を聴くことはめったにないのでとても参考になりました。1曲目は三善晃の「連梼冨士」、2曲目がベートーヴェンのピアン協奏曲第4番、休憩後ラフマニノフの「交響的舞曲」でした。私が座ったのは前から3列目だったので、弦の音がみんな上に抜けてしまって1曲目などはバランスが気になって仕方ありませんでした。2曲目になったら音に慣れてきたせいかそれなりに楽しめました。〔第1楽章でちょっと船を漕いでしまったのですが)休憩後のラフマニノフは聴いていたら前に弾いたことがあるなと思い出しました。前から3列目に座っていると、オーケストラの中で何が起こっているかよく聞こえてその意味では面白いのですが、演奏を聴くという意味では落ち着きません。ここで聴いていてN響のイスの配置についても全体に前に出ると同じような感じがするのではないかなと思いました。
今日は午前中グラフィックのボードの件でATIジャパンに行きました。どうやってもボードがちゃんとスロットに入らないので見てもらったのですが、技術の人にやってもらったらあっという間に直りました。NexusGAという新しいボードです。スクロールについてもそこそこにスピードアップしました。まあ普通に使うのだったらコストパーフォーマンスは良くないと思いますが、用途によってはとても有効です。
このところ書いているイスの配置の問題についてですが、演奏会を聴かれた方はその印象をお教え願えないでしょうか。どの定期をどこの席で聞かれたかも書き加えていただけると助かります。その情報をぜひ活用させて頂きたいです。メールはこちらへお願いします。
今日は昨日のことと重ならないようにイスの配置については書きません。今日の演奏会は昨日より落ち着いた演奏だったように思いました。ブーニン氏は楽屋の神棚に手を合わせてからステージに出ていかれました。依然としてブーニン節が健在でした。またお母様が本番中ずっと食い入るようにモニターを見ていらっしゃいました。
ブラームスの4番は今日の方が良い出来でした。お客さんに聞いた話では、場所によって音がすごく違うそうです。1階ではうるさく聞こえるのに、2階に行くと物足りなく聞こえるといっている方もいらっしゃいました。
明日私はダン・タイ・ソンの協奏曲を聞きに行きます。楽しみです。今日のブーニン、明日のダン・タイ・ソンとショパンコンクールの優勝者の演奏会に続けていきます。〔今日はモニターを楽屋で見ただけですが)
明後日からは若杉さんのブルックナーシリーズです。今回は5番です。
今日会場練習の時、降り番だった人たちの間で今のイスの配置についてずいぶん議論がありました。ブーニン氏の協奏曲の時私も会場で聴きましたが、正直なところ響きがバラバラです。色々な音が耳につくので聴きようによってはクリアに聞こえるだけです。確かにあるメロディーが「あっ、今はここから、あっ次はこちらから」というのはよく分かるのです。ですが、オーケストラが全然一つには聞こえません。大体今回のイスの配置の変更の話については演奏する側から疑問噴出です。〔音楽的にも運営上も)
大体中で弾いていて、他のパートの音の動きがよくわからないのに、会場で聴いていて今の配置の方が音が良いというようなことがあるわけがないです。それに10cm程度の段差で音が全然違うということも信じられません。大体そんなことで基本的な音が変わるはずがないです。イスの配置をいじるならまず今までの配置でコンパクトにまとまってみてその結果を見て、次に段差をつけてみるというように一つ一つやらないと何が一番大きなファクターか分からなくなってしまいます。またその音を誰が責任をもって判断しているのかも不明なのです。〔音楽総監督のいないN響の宿命ですが。)
運営上の問題はともかく、これだけ変わると弾くとき大変困るのです。たとえば今の私の席からは、弦楽器の1プルト〔第1ヴァイオリン〜チェロ)のことなど全然分かりません。第1ヴァイオリンの音は第2ヴァイオリンに隣り合っているところの音しか聞こえません。また管楽器との時間差の問題もあります。〔これは座っている場所で全然違って聞こえるようです。)こういうことに戸惑いながら弾いているのに聴いている人に今の演奏の方が良く聞こえるのだとしたら、そう言っている人は何も分かっていないことになります。演奏している側では今のイスの配置は良くないという意見が圧倒的に多いです。〔N響は演奏している私たち楽員の意見は一度も聞いていない。)
今日の演奏では今回のイスの配置は裏目に出たというのが私の印象です。弾いていて何か切れの悪いモコモコした音でした。デュトワ氏の場合はまだ良さがあったような気がしましたが、ドレヴァンツ氏の場合は良いとは思えませんでした。
はっきり言って今日は演奏のことより、イスの配置のことの方が気になって仕方なかった一日でした。
今日も練習でした。ブラームスについては私は所々良く分からないところがあります。たとえば弾き出しのアウフタクトの前に棒がぴょこっと動くのです。それが弾き出しの表情とマッチしないのであれっと思うのです。また再現部の拡大されたテーマの部分がすごくのんびり感じるのです。これは私だけかもしれません。場所によってはすごくいいなと思う部分もたくさんあります。これは指揮者とプレーヤーの間では必ず起こる食い違いでしょうから、別に取り立てて言うほどの事ではないかもしれません。
今のイスの配置では管楽器と弦楽器の発音のタイミングがほんの僅かですが微妙にずれています。これは前の配置でちょうど良かったタイミングでお互いに弾いているからだと思います。発音のタイミングも弦管ともに調整しないといけないのでしょう。ただしこれはオーケストラの中でしか気にならないかもしれません。指揮者も特にそのことを言わないのだから、これは私の座っている場所によるのかもしれません。(もっとも私だけでなくチェロの人も同じことを言っていましたが。)
日本の演奏家と向こうの演奏家の違い(2)
昨日の話の続きです。内外のプレーヤーの違いのことですが、建築の違いも原因であるという説もあります。日本の住宅の中では音が響くということはありません。これは雅楽にその特徴が強く出ていますが、雅楽にはテヌートという観念はありません。向こうの住宅、特に教会は音が良く響くので、そこで弾くときにはその響きを保たせるということを一番に考えるようになります。このように住宅の違いも音に対する発想の違いを助長するというのです。昨日述べた「子音」、今日書いた「建築の違い」、両方とも有力な原因だと思います。特に建築の問題は大きなことで、我々はどうしてもその住宅の中で練習するので、響かない建物の中で練習すればどうしても無理して音を出そうとするのです。
練習するとき音を潰さない事ばかりを考えていると他のことに頭が回りませんし、それを忘れるとすぐ音を潰すようになるのです。石造りの教会のような所で弾いていれば無理しなくてもいいわけで、日本人が無意識で陥る「大きい音症候群」に捕らわれないですむのです。
私も日本人ですから、この「大きい音症候群」に捕らわれます。弾くとき無意識に大きい音という方向に向いているのです。大きい音ではなく良く響く音でなければいけないのですが。ただ日本の住宅で練習している人すべてが音を潰しているわけではないのです。これも賢ければ陥らない病気です。
もう一つ建物について回る問題として、音と音の間の無音の空間を意識していないという問題があります。雅楽では音の長さを正確に伸ばすことなど問題になっていません。ですがクラシックでは音の長さと音のないところの長さの違いというのは大きな問題です。そのバランスでレガートやデタッシェ、テヌート、スタッカートなどの色々の表情が出来ます。
ただもう一度強調しておきますが、向こうの演奏家が皆うまいわけではありません。指は回らない上に音も貧弱という人もいます。ここで言っているのは全体的傾向についてです。特定の演奏家についてどうかということには触れません。〔言い出すとキリがない。)
今日は建物の問題を書きました。まだこの他に色々な根深い問題がたくさんあります。また近いうちに!
今日はブラームスの4番とモーツァルトの歌劇「後宮からの誘拐」序曲の練習でした。しばらく休まれていた堀さんがコンサートマスターで出られています。今日の練習ではディナミークにすごくこだわっていました。ブラームスの細かい指定を忠実に守るように何度もやり直しさせられました。ブラームスの場合フォルティッシモはめったになく、ほとんどメゾ・フォルテ、フォルテしか出てきませんが、逆にそれだからこそ音量のコントロールが大切なのです。ただテンポがあまり前向きでないのが気になりました。4楽章こそ速めなのですが〔他に較べると)1楽章など管楽器にはとてもきつそうなテンポです。それがドレヴァンツ氏の特徴なのでしょうから、文句を言うのは筋違いなのですが。この4番の初めは音を順番に並べるとシ、ソ、ミ、ド、ラ、ファ、レ、シ(h,g,e,c,a,fis,dis,h)という3度の跳躍の連続という単純なアイデアですが、じつに見事なメロディーになります。その後の部分はミ、ソ、シ、レ、ファ、ラ、ド(e,g,h,d,f,a,c)と今度は3度の上向形になります。また4楽章はパッサカリアで、8小節単位のヴァリエーションが続きます。こういうところがブラームスの面目躍如たるところです。明日はいよいよブーニン氏の登場です。私は編成の都合上ブラームスしか弾いていませんので、会場練習が楽しみです。
日本の演奏家と向こうの演奏家の違い(序論)
いつも協奏曲が終わると楽屋で話題になることに、どうして日本人のソリストは向こうのソリストと違うのだろうかという事があります。指だって良く回るのにどうして一緒に弾いていて良く聞こえてこないのでしょう。私の感じでは発音が根本的に違うと思うのです。言葉の違いに原因があるという説もあります。日本語は母音中心の言葉ですが、外国語は子音が多いです。演奏もその母音的要素と子音的要素のバランスをとらなければいけないのですが、日本人には子音的要素に対する感覚がないというのです。端的に言うと音の存在感が違うのです。また日本人は勉強するときに指の回ることばかり気にしているので、音色を大事にしていないという批判もあります。
もちろん日本人が全部ダメで、向こうの人が皆良い演奏をするわけではありません。日本人でも素晴らしい音色を持っている人もいます。ですが全体的な傾向としてはどうしても気になるのです。
この話は演奏の根本にかかわる問題を含んでいます。近いうちに続編をかきます。
演奏家には譜面に書いてあることを守りながらそこから何かを表現していこうとするタイプと、とにかく面白い演奏をしようというタイプの2つがあります。私たち〔私だけかな?)演奏家は譜面を守りながらそこで何かを表現しようとする演奏家の方に共感を感じます。とにかく面白くというタイプの演奏家は、まず他の人と同じ演奏ではつまらないということから、何か自分の特徴を出そうとそれが先走った演奏になるのです。確かに演奏の中に何か自分らしさを出さなければいけないので、何か今までとは違うことをするのですが、そのことが正面に出てはいけないと思うのです。面白く弾くことが至上の使命だとすると、古典派の曲など絶対に弾けないでしょう。ロマン派以降、現代曲しか弾けないというふうになってしまいます。たとえば私たちは指揮者を見るときモーツァルトやベートーヴェンをどう指揮するかで判断します。クラシック音楽の本質はこの時代の音楽にあるからです。もちろん現代音楽だって大切ですが、まだ時の試練を経てはいないのです。それに対して古典派の作曲家の曲は250年以上の時を経てなお今でも評価されるのです。そればかりに捕らわれる必要はないですが、それを相手にしないというのではそういう曲をまともに弾けないと思われてもしかたないです。
これは価値判断の問題ですから、演奏家でもいろいろ考えはあると思います。しかし私たちオーケストラプレーヤーから言うとあまりに変わっていて伴奏するにも困るようなソリストだと、「協奏曲ではなくてリサイタルにしろよな!」といいたくなるのです。〔もちろん指揮者にもこういう場合はある。こういうときは「他のオケに行って!」と思うわけです。)
私が今まで共演させて頂いた指揮者、ソリスト達を見ても一流の人は、自分のキャラクターは表に強く出しますが、演奏の文法を根本から否定するようなことは絶対にしません。
不器用だがベートーヴェン、ブラームスに挑戦していく人と、器用だがこういう曲はパスして派手な曲ばかり〔それもちょっと変わった演奏スタイルで)やる人がいるとすると、私〔達?)は前者の方により共感を覚えます。
近いうちに私が感じる日本人の演奏家と外人の演奏家の違いについて書きます。〔明日書けるかどうかはちょっと分かりませんが。)
昨日の夜AOLに入りました。なかなか面白そうです。ただインターネットのホームページを見るのはAOLを使わないほうが速いようです。またインターネットのプロバイダーからAOL宛のメールはちゃんと送れるのですが、AOLからプロバイダー宛のメールはちゃんと遅れません。AOLの方でも原因はつかめていないようです。〔ですからMacでAOLだけでパソコン通信とインターネットをやるのは現状では無理です。Windowsでは問題ないそうですが。)それにNiftyに較べると後発である分だけ日本語のコンテンツが充実していません。でも加入者が増えればすぐにでも充実していくでしょう。アメリカのAOLのSharewareライブラリーに直に繋げられるのはとても魅力です。
今日はもう一つご紹介したいことがあります。N響OBの梅原慎平さん〔コントラバス)のご子息隆弘さんがつくられた「Musikverein」というホームページができたそうです。書き込みもできるし、広い範囲をカバーするなかなかの力作です。
今度のB定期にはブーニン氏が何年かぶりに出演されます。ショパンコンクールに彗星のようにデビューしたブーニン氏はN響でも何度か共演しています。デビューしたときと同じようになかなか個性的な演奏をいつもされていました。ラフマニノフの2番の協奏曲を弾いたときは3楽章でつなぎの部分で度忘れして事故があったりしましたが、なぜかこのときの事ばかり強く印象に残っています。
今回は今までN響との共演では取り上げたことのないベートーヴェンの3番の協奏曲を弾かれます。今までとまるで違う曲を弾くので、とても興味があります。ショパンコンクールのころから10年近くが過ぎどのように演奏スタイルが変わったか久しぶりに聴いてみたいです。
同じショパンコンクールの優勝者であるダン・タイ・ソンが今月23日に東フィルの定期演奏会〔午後7時開演:オーチャードホール)でベートーヴェンの4番の協奏曲を、また29日にはサントリーホール〔午後7時開演:サントリーホール)でロシアの作曲家〔チャイコフスキー、ラフマニノフ、プロコフィエフ、スクリアービン)の曲を集めたリサイタルを開きます。これも聴き物だと思います。同じコンクールの優勝者でも対照的なキャラクターです。そういえばおととしの12月デュトワ指揮の特別演奏会でショパンを弾いたアルゲリッヒもショパンコンクール優勝者でした。
そのショパンのピアノ協奏曲について言うと、私がN響で初めて2番のピアノ協奏曲を弾いたときのソリストがベラ・ダビドヴィッチでした。それまで2番の協奏曲の名演を聴いたことがなかったので期待していなかったのですが、それは大したものでした。アルゲリッヒのような派手さはないですが、名演でした。〔この間ダビドヴィッチのショパンの1,2番のCDを買い、そのうまさを再確認しました。)
今日はN響は定期公演です。FMで聴きましたが、普段放送で定期を聴くことはほとんどないので放送をじっくり聴いても余りよく分かりませんでした。指揮者ドレヴァンツ氏の曲のもって行き方は良かったとですが、ソロについては放送ではよく分かりませんでした。特別なことはしない指揮者ですから、聴いていてもわざとらしいところがなくその意味では好感を持ちましたが、では何を訴えたいのかという部分についてはよく分かりませんでした。
こう書くとドレヴァンツ氏が良くない指揮者のように聞こえるかもしれませんが、とても正統派の有能な指揮者です。ただ周りがデュトワ、サヴァリッシュなどのキャラクターの強い人たちなので割を食っているのです。次の定期ではメインはブラームスの交響曲第4番です。曲のジャンルから言うとサヴァリッシュ先生と同じ範囲ですが、持ち味がかなり違うのでどのようになるか楽しみです。
昨日のMacWireで私が大好きだったMacUserが今年の4月号〔3月18日発売)で廃刊されというニュースが流れてきました。その後はMacWireに移行するようです。ついでにMacworld日本語版も廃刊のようです。MacUserは読んでいてとても面白く大好きだったのでちょっと残念です。でも最新の情報はMacWireの方が速いですからOnLineに移行するのも無理ないところではあります。こうなると私の愛読書はMacPowerと日経Macになりそうです。MacFanも候補の一つです。
今日は朝からまた雪。N響は練習ですが、私は休みだったおかげで影響はありませんでした。私は今まで台風とか雪というと必ず出番で影響をもろに受けていましたが、今回は初めて休みでした。〔交通機関は大したことないようでした。)
弾き方を直すというのはそれ一つだけが独立しているのではないので、持ち方を直すと弓と弦の角度が変わったり、左手の押さえ方が変わったり、ヴィブラート、ポジション移動が変わったりとても影響大です。楽器の角度が少し変わってもそれだけ弓も角度を変えなければいけないわけですし、楽器の支え方が変わるとポジション移動のタイミングや移動の勢いが微妙に違うのです。これに慣れるにはいろいろな曲を弾いてみるしかないわけで、今は今まで弾いたことのある曲を手当たり次第に弾いてみて、手ごたえを確認しています。目立った不都合はないので、今のやり方は基本的に正しいと思っています。楽器を構えた時に入れ込みすぎないのが一番大切です。特に大きい音を出そうと力まないことが大切です。あせりとか強迫観念が弾けるものも弾けなくしてしまいます。私たちプレーヤーにとっては弾くときに違和感がないようにするということは、第一条件です。
弾く人は皆自分に何が欠けているかは分かっているものです。ただそれをちゃんと解決しようとしないのです。一応今のままで弾けるとか、今の弾き方を直すのは面倒だとかいろいろの原因でそのことを意識の中から抹殺しているのです。生徒を教えていても〔特にアマチュアの)基本的な部分を直そうという気概のある人はほとんどいません。今までのやり方の延長では今の欠点をいつまでも引きずったままになってしまいます。いつも直している必要はありませんが、たまにはそういう部分に目を向けましょう。
今日夕方自分のホームページを見たら、ちょうど20,000人目の訪問者になっていました。皆さまのおかげです。感謝いたしますと同時にこれからも頑張っていきます。よろしくお願いします。
ところで今日は最近いただいたCDのご紹介をします。タイトルは「Earwitness Transcriptions」というもので、山際で手に入れられたそうです。これはその昔の名ピアニスト、たとえばパデレフスキー、ブゾーニ、コルトー、ルービンシュタイン、プロコフィエフなどの実演が入っているものです。演奏はディジタルに処理した物らしく、そんなに古いLPの焼き直しという感じはしません。紹介したかったのは、この中にチェルカスキーの弾いたリゴレットがあるのですが、これがとても見事なのです。チェルカスキーはN響でも共演しましたが、とても素晴らしいおじいちゃんでした。このCDは編曲物の特集のようですが、スケールを弾いたときの音の粒のそろい方など尋常なものではありません。またパデレフスキーの弾く自分の作曲したキャプリースという曲もとても良い曲でした。早速譜面を取り寄せたくらいです。こういうオムニバス物は大抵演奏は大したものではないのですが、このCDにはびっくりしました。
昨日ご紹介した楽器の持ち方の続編ですが、左手で楽器の高さを調整できると書きましたが、これは左手で楽器を肩に載せるとき楽器の下の端をのどの奥に入れれば楽器の先が下がり、外に出せば楽器の先が上がるという仕掛けです。楽器の下の端をいくぶん外に出せば、楽器の構えが良くなり楽器の先もちゃんと上がります。私のような年になると、今までやって来たことに捕らわれて新しいやり方には見向きもしないようになりがちですが、自分のやり方が本当にしっくり来ないのなら何か発想の転換を図らないと解決しません。人によってその内容は微妙に異なるので、私の場合を説明しても参考にはならないと思いますが、自分のやり方をもう一度ゼロから見直してみるのは良いことだと思います。
姿勢の悪い私が言うのも何なのですが、このように構えると姿勢が良くなります。特にあごが楽になり、顎当にちゃんと載るようになります。「奏法」のページに書いた構え方をして、楽器の端を外に出す感じで構えてみて下さい。ひょっとすると私が感じたような新発見を感じていただけるかもしれません。
今日はもう一つ新しいリンクをご紹介します。越谷市の文教大学管弦楽団のホームページです。なかなか面白いです。
昨日書いたことではあまりにも具体的でないので、今日は具体的なことを奏法のページに書いておきました。今日は午前中家の前の雪かきをしました。雪は見る分にはきれいですが、溶けてくるときが汚いです。
今日毎日新聞の夕刊に特集で「パソコンの運命」という記事が載っていましたが、読んでいて笑ってしまいました。ウィンドウズ95が出てから3年ウィンドウズ98が出るというだけのことです。記事の中にウィンドウズ98が95の時に買ったがお蔵入りになったパソコンの掘り起こしのきっかけになるという部分があります。ですが95の時に買った様な遅いCPUのパソコンで98が満足に動くわけがないでしょう。昔のパソコンに98をインストールしたら、それこそいらいらするだけではないでしょうか。
またこれまでと違って難しい設定なしにプリンターなどの周辺機器が使えるとありますが、これって95の時も同じこと言ってませんでした。こんなことが今でも売り文句になるのですか、Windowsでは。Macintoshは10年以上前からプラグアンドプレイは常識です。こんな事ひとつも画期的なことではありません。自分でパソコンを使わない人が記事を書くからこうなるのですよね。
使いやすいからこそMacはシェアが少なくても決してなくならないのです。両方持っている人はたいていMacを使っているでしょう。初期投資が少ないと言っても周辺機器を追加すれば、Macではかからない金と手間がWindowsではしっかりかかるのです。〔プラグアンドプレーはWindows95ではまだ単なる掛け声ですから。それにインターネットへの接続もWindowsは面倒。)
ついでにもう一つ言うと、OSの再インストールの面倒なことはお気の毒様です。MacはCD-ROMで起動してそこからHDDにインストールすれば20〜30分で作業終わりです。その間コーヒーでも飲んで待っていればよい。〔もちろんOSをフロッピーに保存する必要などない。)
今日からN響はC定期の練習です。私は今回C定期は休みになってしまいました。自分の練習がしっかりできるので大歓迎です。
今日は最近私が感じた奏法の問題点について書きます。自分で演奏されない方にも面白い話だと思います。こちらをお読み下さい。
あるレベルを脱皮するにはたくさんの練習という蓄積が必要です。ですが、練習だけでは良くなりません。そこで本当の意味での頭の良さが必要になるのです。賢さといっても良いです。(正しいものを選ぶ本能とも言える)次のレベルに行くには何かを体得(身に着けるといっても良い)しないといけません。それがわかるというのは理屈でわかるのではなく新しいことを発見するような感じです。(丸ごと氷が溶けるようにわかるのです。氷解とは良くいったものです。)
この感触を持つのが勉強でも音楽でも快感なのです。これが味わえないうちはまだ本物を捕まえていないといえるでしょう。
今日は硬い話でしたが、これが私の勉強していく上でのポリシーです
今日は熊谷の文化創造館での演奏会です。新しいホールのようで、 高崎線の籠原駅から徒歩10分(徒歩充分という話もある)でこのホールに着きました。最近の新しいホールはたいてい駅からかなり離れたところにあり、電車で動いていると不便なところが多いですが、ここもその例に漏れません。小さめのホールで、悲愴のような大編成を収容しきれるのだろうかと心配になります。

まだゲネプロ前なので、会場の音響はわかりません。会場練習で音を聴いてからまた報告します。(13:00)
今会場練習が終わったところです。会場の関係者の方には申し訳ありませんが、今日の会場の響きは余り良くありません。全然響いている感じがしないし、妙に生の音が出ていく感じがします。この規模のホールではやはり室内合奏団くらいの規模がちょうど良いのではないでしょうか。前半の協奏曲でもオーケストラの音が大きすぎるようなのです。シューボックス型なのも一つの原因ではないでしょうか。いずれにしろ今日はこのホールで弾かなければいけないので、こういう時は絶対に無理をしないで弾かなければいけないのです。今日の演奏会は気を使って疲れるぞ!(14:15)
今は帰りの高崎線の車中です。会場の響きについては弾いている側では良くないという意見で一致しているのですが、会場で聴いた人は(プレーヤーではありません)良い響きだったというのです。私たちにはちょっと信じられません。まあそれくらいステージの上と客席では違うということなのかもしれません。ただ新しい会場ですから響きの調整をすれば見違えるようになるかもしれません。そういう例は他にもたくさんありますから。(17:40)
今日はN響アワーにデュトワ先生が出演されました。今そのテレビを見ながらこのページを書いています。羽織はかまで出演され、檀ふみさんと池部さんのインタビューに答えられていました。[池部さんは私の高校(新宿高校)の時の先輩です]。練習風景も放送されていました。放送された部分はご機嫌の良いときの先生そのままです。細かいところが気に入らないともっと厳しい表情になります。
春の祭典が始まりました。放送の中でも触れられていましたが、N響との初公演の時の見事な演奏は今でも印象に残っています。その当時は今よりモーションがもう少し小さくてはっきりしていたような印象があります。こういう曲がデュトワ先生のもっとも得意とする曲です。このほかバルトークのオーケストラのための協奏曲とか色彩的な曲が好きで得意な方です。もう一人のN響に関係の深い指揮者サヴァリッシュ先生は、ドイツの古典からロマン派の曲しか振りません。2人ともそれぞれ得意なジャンルのはっきりしている、正反対の性格のタイプです。
明日は熊谷で演奏会です。今回のドレヴァンツ先生はデュトワ先生とは正反対の持ち味の指揮者で、大げさな身振りはしない人です。一般受けはデュトワ先生の方が良いでしょうが、ドレヴァンツ先生のような人も貴重です。
いよいよ春の祭典も終わりの部分になりました。昔N響が春の祭典を弾くと、終わりの部分など飛びだす人が必ず何人かいたものですが、最近は誰も飛び出しません。その頃を考えるとN響もずいぶん変わりました.またこの放送を聞いていてオーケストラの配置が変わったせいか、指揮者のせいかよくわかりませんが音の質が変わったような気がします。クリアな音になったような気がします。ただ良い音かと言われるとよくわかりません。今日はテレビを見ながら書いたので、とりとめのない文章になってしまいました。「海原の小舟」を聴きながら今日は終わりにします。では今からアップします。
私の家の前の道はまだ雪が深く積もっていますが、歩くところはほとんどのところが普通に歩けるようになっています。昨日の本番の後車で無理をして帰った人はのきなみ午前様だったようです。私など早く帰れた方のようです。
ところで今日の本番は昨日とは違って普通にお客さんがいらっしゃいました。ドレヴァンツ氏の指揮というのは、大見えを切らないかわりにとても内向的と言うか内容で勝負と行った感じの指揮でした。練習の時より本番の方が私は好印象を持っています。しっとりした感じの音楽になっていました。ただ振り出しの時、不意に1拍目が来るような印象があります。これだけは覚悟して待っていないと、おいてきぼりを食らいます。ここしばらくパフォーマンスの激しい人が続いたので、こういう地味な指揮もまた新鮮です。
私の奏法上で感じたことというのはアマチュアの皆さんにも多分参考になると思うので、近いうちに奏法のページに書くつもりです。
今日本番の前に新宿南口のソフマップに行って、24倍速のCD-ROMを買いました。帰ってからそれをインストールしましたが、これはHDDと違ってとても簡単でした。今までが4倍ですから、とても速くなっているはずなので、今までそれを確かめていました。やはりかなり速いです。今までの4倍速はQuadra840AVの倍速の物と入れ換えるつもりです。速くなったのを一番感じたのは、何とDukeNukem〔ゲーム)のイントロが短くなったことです。普通のCD-ROMでもかなり速くなっています。サードパーティーのものよりかなり高いですが〔ドライブだけで4万位でした。)、さすがに純正のCD-ROMだけあって、一発でうまく行きました。古い本体でCD-ROMが倍速くらいの人は絶対に20倍速くらいのものに交換されることを薦めます。本体のカスタマイズについては残るのはグラフィックのボードとSCSIカードを入れるくらいです。
今日は昼ごろから雪が降る最悪の気象条件でした。ゲネプロが終わって昼食を食べに外に出たのが午後1時でしたが、その時すでに雪が降っていました。本番の始まるころには渋谷のNHKのあたりは雪が積もり始めていました。そのために今日はお客さんが少なかったです。今日の演奏会にわざわざ足を運んで下さった皆さまには心より感謝いたします。こんな天気にもかかわらず聴きに来ていただけると私たちもやりがいがあるというものです。
昨日「?」と書いた音響の点は、今日ホールで弾いたら全然気になりませんでした。今日のドレヴァンツ先生の指揮はとても温かい感じで〔いつもにこにこしていらっしゃいます)、良い雰囲気だったと思いました。1曲目の「どろぼうかささぎ」は練習の時はあまり面白く感じなかったのですが、本番の時は不思議な温かさを感じました。藤川さんのモーツァルトも素晴らしかったです。モーツァルトの曲を当たり前に弾けるというのはとてもすごいことです。ただ惜しむらくは悲愴の演奏が終わったときの拍手です。折角の演奏が台なしにされたという感じでした。
ところで演奏会が終わった後、家に帰るのが一仕事でした。Tさんと新宿駅までタクシーで行こうと約束していたのですが、外に出たら車は全然動いていないのです。しかたなく代々木公園の駅まで歩きました。〔案の定総武線は各停、快速ともに運転していませんでした。こういうときは地下鉄の方が頼りになります。)Tさんはお宅が上尾なのですが、無事に帰れたでしょうか。(JR高崎線は運転を見合わせていました。)私はお茶の水まで行って、都営新宿線に乗り換えて終点まで行けばよいのでいつもより30分くらい余計に時間がかかった以外、別に問題はなかったです。
むしろ明日の本番の後の足の便の方が心配です。雪が凍る心配があるからです。
前に書いた私の奏法については良い感触を持ちました。楽器の支え方について感じるところがあったのです。楽に持てるようになり、本番が終わってもあまり疲れません。
いよいよ明日は今年初の定期です。今年も一年よろしくお願いします。
ところで今日の練習では、私はどうしてもリズムが合わないまま終わってしまいました。棒を見ていてもどうも拍子が今一つよく分からないのです。悲愴などいつもなら棒など見ていなくても弾けるのですが今回は棒を見ていても落ち着かないのです。これは私だけの問題かもしれませんが、基本的な部分で不安があるのです。私はこれはオーケストラの配置の問題がからんでいるように感じました。今までの配置だと管楽器はいやでも非常に早いタイミングで吹かないと、遅れると言われていました。そのために今の配置になると発音がとても早く聞こえるのです。〔今の配置だと、他のパートの音が今まで以上に近くクリアに聞こえてくるのです)これは必ず通らなければならない問題でしょう。解決するにはしばらく時間が必要です。
批評家、レコード会社のディレクターなどには今の配置はとても評判が良いようですが、私の親しくしていただいている演奏に直接関係している方は「CDのような響きにはなっているが、実演の音としては良いとは思えない」とおっしゃっていらっしゃるのです。この問題は弾く側が自分で解決すべき、演奏理念を問われる問題です。これが音楽総監督を必要とする理由の一つでしょう。
今の配置を強行する前に試してみることがいくつかあると思うのですが、どうも今の第1ヴァイオリンを一段下げるということにこだわるのが私にはよく分かりません。10cmくらい下げただけでそんなに劇的な効果があるとはとても信じられません。それが事実なら舞台の上で立つ位置が10cm違うだけでものすごく音が変わるはずだからです。トラブルシューティングの基本として、条件を一つづつ変えて調べるのが常識ですが、オケをコンパクトに配置するということと段差をつけることの両方を同時にやっているので、どちらがより影響が大きいのか誰にも分からないのです。まずコンパクトに座る、次に今までの配置で段差をつける、次にコンパクトに座って段差をつけると何段階も試してみなければ何が決定的要素なのか分からないのです。
ドレヴァンツ氏の指揮がどうかということ以上に、オーケストラの配置が気になってしかたなかった一日でした。
今日は休み明け初日の練習でした。お屠蘇気分の抜けきれないまま練習が始まりましたが、マエストロはどんどん私たちを引っ張っていきました。悲愴は楽譜に忠実に弾くようにいろいろ注意されていましたが、特に印象的だったのは以下の部分です。

普通この部分は3小節めにすこしdim.がかかってmfになるのですが、点線を引いた部分はずっとffのままで行き突然mfに落として欲しいと言ったことです。またこの部分、再現部に出てくるときは譜面にdim.が書いてあるのでそちらはdim.をして欲しいと言ったのです。今までいろいろな指揮者でこの曲をやりましたが、このような要求をされた指揮者は初めてです。全体的にはとてもよく研究された印象を持ち、よくまとまった悲愴になりそうです。
ところで「どろぼうかささぎ」序曲は久しぶりに弾きました。いかにもイタリアオペラの序曲という感じで、深刻にならずに弾ける明るく楽しい曲です。軽い〔leggiero)感じが出るということにことのほかこだわっているようです。
ところでホルンのYさんが昨年の暮AppleのColorLaserWriter12/600を買われたのですが、今日そのプリントアウトを見せていただきました。とてもきれいで簡単なDTPになら充分使えそうです。写真のプリントアウトについてはいくぶん注文がありますが、イラストなら充分です。かなり安く手に入れられたようで、うらやましく思いました。ですが、やはり高くて大きすぎます。少なくとも30万前後にならないと買えませんし、今の大きさでは部屋に入りません。
今日から仕事初めです。(N響は明日から練習が始まります)今年のN響の大きな動きとしては「NHK交響楽団」のページをごらん下さい。現在NHKホールでのイスの配置について検討中であるとか、B定期がサントリーに移ったり、オーチャード定期が始まったり今までにない試行錯誤が始まっているといえます。経営陣にも時代は選別の時代に入ったので、ただやれば良いのではなく、質が問題になるという機運が高まっているようです。私見ですが、以前のプロムナードコンサートのようなものが最近全然なかったのは面白くなかったのですが、いくぶんキャラクターが違うとはいえ、ポピュラーな曲を取り上げて若いファンを開拓しようというオーチャードN響定期のような試みはとても良いことだと思います。
明日は今月のA定期の練習が始まります。この休み中に私は奏法についてちょっと気がついたことがあるのですが、明日からの練習でそれが本物かどうかが分かると思います。その事もあって明日からの練習は楽しみです。今月は指揮はハンス・ドレヴァンツ氏です。久しぶりに登場されます。最初は「悲愴」です。
今日も明日もいろいろなところにご挨拶に行かなければならず、練習どころではありません。このページも今日明日は休ませていただきます。来週の月曜日5日に再開します。2日ほど冬眠します。
今日は近くのショッピングセンターに出かけました。さすがにすごい人出でまっすぐ歩けませんでした。欲しいものは2つあって、1つはヴァイオリンを弾いているとき足元を暖めるヒーターが欲しかったのと、もう1つはMacにつなぐモニタースピーカーが欲しかったのです。ヒーターの方は展示品が安くなっていたので買ったのですが、とても具合がよく早く買えばよかったと思いました。モニタースピーカーはいろいろ見てボーズのスピーカーが良いと思ったのですが、値段が少しも安くないのでやめました。なぜ急に欲しいと思ったかというと、昨日私の父の家に行った時父の使っているパソコン〔初代のペンティアムを使っています。)にスピーカーがつながっていて結構良い音がしているので、欲しくなったのです。
その後今年の初練習を3時間ほどしました。昨日一日全然弾かなかったのですが、それほど違和感なく弾けました。場合によるとすごく違和感を感じるときもあるのですが。今日はゆっくりしたペースで弾くに伴ういろいろな事柄を再確認した程度です。〔楽器の持ち方、弓の持ち方、左手の構え、ヴィブラート、Octaveと3Octaveの音階、3度6度オクターブとFingered Octave、10度のスケール、バッハの無伴奏の中から2,3曲、パガニーニのキャプリスなどを練習しました。特に楽器と弓が体になじむという点を大事にしました。)明日からは普段通りに練習しようと思っています。〔普段通りじゃ足らないよという声が聞こえてくるようですが!)最近強く感じることなのですが、楽器を楽にもてるようになると動きが自然になります。これを自分で体得するのはとても難しいです。良い先生(自分で弾くのに苦労している先生の方がよく教えてくれたりします。)について良いアドバイスを与えてもらうのが一番です。こういう基本的な問題は避けて通ってはいけないのです。でも基本的に自分で解決つもりでなければ身につきません。今日は舞台裏の話でした。ではまた明日。
新年になってテレビで音楽番組を見ようと思っても、ほとんど何もやっていません。昔は年末に「今年の名演奏家」を特集した番組をNHKの教育テレビでやっていましたが、最近はないようです。しかたなくCDでバルトークのヴァイオリン協奏曲を聴きました。アイザック・スターンの演奏です。とてもエネルギッシュな演奏で、ぼけた頭にカツを入れられた感じです。そういえば2月のC定期でクリスティアン・テツラフのヴァイオリンで〔ホルスト・シュタイン指揮)やります。その昔確か若い芽のコンサートだったと思うのですが、渡辺玲子さんが中学生でこの曲を弾いたことがありました。
また3月には去年ウィーンで録音したプロコフィエフの交響曲第6番とカップリングするための「ロメオとジュリエット」を録音します。そのために3月のサントリー定期の曲目が変更になっています。
また3月にはデュトワ指揮、ゲルバーのピアノでブラームスのピアノ協奏曲第1番があります。そういえばその昔聖徳学園での演奏会でアシュケナージのソロでこの曲を弾いたと思うのですが、途中でピアノの弦が切れたのです。そこでアシュケナージは演奏をやめ、弦を張り替えさせて、もう一度演奏し直したことがあるのです。その時の曲はブラームスの協奏曲だったのですが、確かこの1番だったと思います。〔もしこの件についてご存知の方は教えてください。昔のことなので、記憶が確かではありません。)
6月のC定期〔ワルベルク指揮)ではギル・シャハムのヴァイオリンでブルッフの「スコットランド幻想曲」をやります。この曲は内容的に深い曲ではありませんが、聴いていて楽しい曲です。学生時代にハイフェッツのレコードを何度も聴いた覚えがあります。
こんなところが今年の前半のN響の定期の協奏曲の聴き物だと思います。