
デュトワによってNHK交響楽団は著名オーケストラへの切符を手に入れた。
西欧の主要なオーケストラの多くが定期的に日本公演をするようになって久しいが、日本のオーケストラが西欧世界へ入り込んでいくというのはまだ稀だ。実際NHK交響楽団による前回のアメリカ公演は20年も前のことになる。昨年、シャルル・デュトワはN響はつの音楽監督に就任して以来、この音楽マーケットにおける貿易不均衡を是正する使命を感じ始めている。
デュトワは日本ではもっとも古く、一般的にもっとも優れたプロのオーケストラと考えられているN響を、世界的レベルの集団として認知させていく指揮者になるかも知れない。一晩で達成というわけにはいかないが、デュトワが大変有能なセールスマンになり得ることは、モントリオール交響楽団で彼が成し遂げたことを考えてみれば分かる。
今シーズンNHKは中国公演を行っているし、プロコフィエフのCDをデッカから発売している。また火曜日の晩には、北アメリカツアーの一部として、シンフォニーセンターで演奏を披露した。
デュトワのリーダーシップの質の高さには定評があるし、非常に熱心でそれぞれに高度なテクニックを身につけた100人以上の日本人音楽家達を、一つの感受性豊かな響きを持つオーケストラにまとめていくデュトワの手腕についても、好意的な感想が聞かれた。実際NHK交響楽団は、洗練された調和のとれた、程よく抑制の効いた響きを持つオーケストラである。かつてはベルリン・フィルやウィーン・フィルといった超一流のアンサンブルの響きと混同する人はいなかったけれども、今やこの日本のオーケストラを他の多くの一流オーケストラと、目を閉じたまま聴いて識別するよう言われたら困ってしまうかも知れない。
それでもNHK交響楽団はアイデンティティーを明確にするための確固とした意志も持ちあわせている。火曜日のプログラムに彼らの本格的国際進出という願望がはっきり表明されていた。2曲は通常のレパートリーからでシベリウスのヴァイオリン協奏曲とプロコフィエフの交響曲第5番が演奏されたが、かつてのソヴィエトにおけるもっとも重要な現代音楽の作曲家の一人であったソフィア・グバイドゥーリナの新作も演奏された。
グバイドゥーリナの「イン・ザ・シャドー・オブ・ザ・トゥリー」はオーケストラと琴、十七弦筝、ツェンの3つを演奏するソリストのためのダイアログ。床の上で演奏される日本のツィターつまり琴とその系列の楽器は、2つの弦楽器群と響きあうが、そのうちの一つは四分の一音ずらして調弦されている。グバイドゥーリナは影から光へという精神の旅路をこの作品の中に投影している。ゆがめられたピッチ、靄のように取り巻く不協和音、低いうなりとグリッサンド、こういう音は理解しがたくまた神秘的で、一種の力強さを感じさせる。琴のヴィルトゥオーゾである沢井一恵は凶暴なダルウィーシュのように譜面に切り込んでいき、本当に驚くべき演奏家だ。
プロコフィエフの交響曲の演奏は、明るく軽やかなテクスチャーが魅力的だが、ロシアっぽさは幾分薄められていた。スケルツォには洒脱な都会的なウィットが盛り込まれ、フィナーレではきびきびした木管楽器のチームワークが素晴らしかった。特にクラリネットとオーボエには脱帽。デュトワはアダージョを活き活きとした感じで軽やかに演奏していたが、この曲の持つ深遠なエンディングは表現しきれていなかった。またヴァイオリンはこの作品に要求される鋭さと躍動性に欠けていた。プロコフィエフはこの作品で偉大なソヴィエトの交響曲作曲家の仲間入りを果たした。デュトワの指揮はこの曲の持つレトリックの力を低い音で保持しながらも赤禍を表現しようとはしなかったようだ。
サラ・チャンがシベリウスの協奏曲のソリストとして登場したが、大胆かつ広範囲にヴィブラートを使用したため、高音部でピッチが不安定になってしまったところがあった。デュトワの指揮はチャンを暖かくサポートする好演であった。
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